【山形浩生】社会啓蒙論者ピンカーとは、何者なのか

2019/12/20
スティーブン・ピンカーの著書は、いつもビル・ゲイツの推薦図書に含まれるし、多くのビジネス誌のベスト書籍ランキングでも常連だ。となると、なんかお手軽なビジネス指南みたいなのが得られるんじゃないか、とムシのいいことを考えてしまうのが人情というもの。
が、残念ながら、そんなうまい話はない。別に彼の本を読んで、明日から職場で使える交渉術やプレゼン技能が身につくわけでもない。そもそもピンカーはそんなレベルの話は書いていないのだから。
スティーブン・ピンカー(Photo:Jun Morikawa)
主な業績と主張は以下の通りだ。
●人間の言語と精神を進化論的に説明:人の言語や心は、生得的な能力モジュールの組み合わせで進化的に生じた!
●人間はどんな能力でも後天的に学習できるという「ブランク・スレート説」との戦い:人の能力はある程度は生まれつき遺伝で左右される部分がある。それを考慮した社会の仕組みを作ろう!
●ドグマ的な反進歩主義との戦い:人間文明は暴力性、格差、差別、不寛容、環境破壊その他のさまざまな邪悪を悪化させてきたという反文明的な主張は全部まちがっている。生得的な悪い部分を社会と文化で抑えてきたのが人間の歴史で、ぼくたちもそれを先に進めねばならない!
これだけ見ると、しごくまっとうに思える一方で、確かにあまりに話が原理的すぎて、ビジネスとのつながりは見えてこないかもしれない。
だがまさにその原理的なところこそがポイントなのだ。ピンカーにビジネス的な御利益があるとすれば、それが今後重要になる人間存在の本質についての知見を与えてくれること、そしてその社会像が、楽観的ながら最もフェアで整合性を持ちそうな未来のビジネス環境についてのビジョンを与えてくれる、ということだ。
それを理解するには、彼の主張の変遷とともに、現代の文明や社会の状況についても少し理解する必要がある。それを以下でざっと見てみよう。

進化がもたらす新しい世界観