「スペシャリティVC」の勃興──”起業文化”を次世代につなげる

2019/12/18
起業のナレッジを次世代に継承する
UB Ventures(以下「UBV」)は、サブスクリプションビジネス特化型VCという特徴を打ち出しています。
岩澤 「どの領域に投資するのか」と「どんな起業家に投資するのか」の2点において、それぞれ条件を設けています。
 前者については、B2B/SaaSやデジタルメディアなどサブスクリプションビジネスを展開する企業に投資先を絞り、「テーマ特化型VC」として軸を据えています。ステージとしてはシードからシリーズAのスタートアップが対象です。
 一方、どんな起業家を支援するのかは、「UBVフィロソフィー」という判断基準を掲げ、その要素を兼ね備えた起業家を選んでいます。
 たとえば、「原体験に基づいた事業である」「逆境を楽しめる」「共感をうむミッションバリューをもっている」といった点から、主に起業家の人となりを見ています
投資条件に、「起業家自身のパーソナリティ」をここまで明確化しているVCは珍しいです。
 そうですね。SaaSビジネスに関しては、MRR(月次経常収益)やChurn Rate(解約率)、ARPU(1ユーザーあたり平均単価)など定量化された指標があり、そうした指標に対して解像度高く見ているVCはたくさんあります。
 ただ、こと「起業家の人間力を測る」という点では、一般に言語化された指標がありません。それをなんとか明確にしたいと思い、UBVフィロソフィーを掲げています。
投資先のステージとしてシードからシリーズAに設定した理由は?
 このステージは、プロダクトのPMF(プロダクトマーケットフィット)で悩んでいたり、どうやって最初の顧客を開拓していくかなど、多岐にわたる課題に対して起業家が一人で抱え込みがちな時期です。
 だからこそ、自分たち自身の事業経験をベースにした、UBVの伴走が生きやすいフェーズだと考えています。メンタリングはもちろん、顧客紹介や営業同行など、さまざまな具体的支援を提供できます。
 UBVは3人のパートナーで立ち上げましたが、3人ともVCビジネスを手掛けるのは初めてです。
 しかし、僕自身はユーザベースの創業事業でもある「SPEEDA」のプロダクト開発やアジア事業立ち上げ経験があり、ほかの2人も、それぞれSaaSやメディアビジネスの立ち上げを経験しています。事業創出に関わる生々しい実体験を伝えることができます。
 そのため、「VCをやりたい」というよりも、「自分たちの事業経験を次の世代に引き継ぎたい」という言葉の方が、よりしっくりきます。
UBVには、投資家というよりも事業家が集まっている。
 そうですね。また通常、CVCは自社資金100%でスタートアップに投資しながら、本体事業とのシナジーを求めるスタイルが多く見られますが、我々はユーザベースとのシナジーを求めていません。
 2018年に設立した第1号ファンドは、約20億円のサイズになりますが、ユーザベースグループからの投資金額は全体の10%以下です。
 また、1号ファンドには多くの事業会社、金融機関から投資をいただいていますが、投資先スタートアップに対して、“資金以外の価値提供”を同時にお願いさせていただいています。
 新たにファンドに参加してもらう企業には、スタートアップやほかの投資家の前で、投資先に開放できる自社リソースや、これまでの支援事例などをプレゼンしてもらう場を設けています。
 このように、投資家/スタートアップがコミュニケーションできる場作りは、UBVのユニークな取り組みのひとつです。
「VC3.0」の時代が到来する
UBVは「Venture Capital3.0」(以下「VC3.0」)というキーワードを掲げています。
 僕が勝手に言っていることなんですが(笑)、歴史を振り返ると、日本にVCが生まれたのは1960年代のこと。当時は政府や金融機関を母体とするVCが中心となってベンチャー投資を担っていました。まずこの時代をVC1.0とします。
 続くVC2.0は1990年代後半から始まった、独立系VCが活躍した時代です。独立系VCの中にいるジェネラルパートナーが個人でリスクを負い、ファンドを作り、圧倒的な個の力でスタートアップを育成していくというスタイルです。
 そして今、VCを取り巻く環境は再び転換期に来ています。VC3.0の時代は、我々のようなテーマ特化型の個性を持ったVCが増えるでしょう。
 一方で、トップVCの多くは数百億規模の大型ファンドを組成して、オールステージで投資できるようになっています。
 得意なテーマで独自のソーシングや育成を行う「スペシャリティVC」と、全方位で投資する「メガVC」の二極化はもっと進んでいきます。
 実際に、米国では既に動きが出てきており、a16z(アンドリーセン・ホロウィッツ)のような資本集約的な大型VCが、地域・技術・業界に強みを持つほかのVCに出資をする事例が増えてきています。
 そして、この二極は競争関係にあるというより、連携する場面が増えていくと予測しています。
 アーリーステージで僕たちのようなスペシャリティVCが育成したスタートアップを、成長とともにメガVCにバトンパスしていくという役割分担が明確になっていくはずです。
そうした時代の変化の中で、UBVはどのような役割を担っていきますか?
 僕がUBVでやりたいことはものすごくシンプルです。起業したい人がいたら、それが実現できる環境が整っている状態を、サステナブルに継続させたいということ。
 かつて証券会社に勤めていた頃、リーマン・ショックによる不況で、日本のスタートアップ市場から資金が一気に引いていく様子を目の当たりにしました。無数にあった起業家のコミュニティは消滅し、IPOどころか、わずかな資金調達ができるスタートアップすら数えるほどになりました。
 そして、“事業を生み出すナレッジ”は次世代に受け継がれることなく、消えていってしまう。日本はこうした「起業ブーム」の熱狂と消滅を何度も繰り返してきました。
 今、日本の競争力は落ち続ける一方です。だからこそ僕は、どんな外部要因があったとしても、変わらずにビジネスを継続し、次世代に継承していける文化づくりをしたい。
 日本のSaaSやサブスクのビジネスは、世界とも戦えるポテンシャルを持っている。いい流れを絶対に止めてはならないと思っています。
事業家として体感した、一人の限界
岩澤さん自身は、いつからVC事業を考えていたのですか?
 原体験を振り返ると、学生時代にたまたまVCでインターンを経験し、その時に堀江貴文さんや楽天の三木谷浩史さん、DeNAの南場智子さんたち起業家の活躍とともに、その裏でVCが資金提供だけではない大切な役割を果たしていることを知りました。
 大学を卒業してから、20代は金融や経営のノウハウをつけるために金融機関、戦略コンサルタントの経験を積みました。そして30代に入る直前、起業か転職かで迷ったなかで出会ったのがユーザベースです。
 ユーザベースに入り、2013年にSPEEDAのアジア事業を立ち上げるために香港に乗り込んだときのことは強烈な経験として残っています。というのも、完全に一人きりのチャレンジでしたから。
 海外で新規事業を立ち上げるうえで、ハードシングスがあることはもちろん覚悟していましたが、これをシェアできる仲間が誰もいないことが非常につらかった。最初の3カ月くらいは誰にも相談できず、自分で乗り越えていくほかありませんでした。
 ただ、もがきながらも動き回っていると、少しずつ相談できる仲間が現地に増えていったんです。特に心の支えになってくれたのは、同じタイミングで、現地で起業していた同世代の人たちでした。
 彼らもそれぞれに慣れない国でハードシングスにぶつかっていましたから、顔を合わせて失敗談をシェアすることで、何とかへこたれずに事業を続けることができたんです。
 当時の経験が、2019年6月からUBVとして運営している起業家のためのソーシャルクラブ「Thinka」につながっています。
UBVが運営する起業家のためのソーシャルクラブ「Thinka」。半年ごとに10人程度の起業家を募集し、さまざまな支援を実施する
投資先ではない起業家も参加できる
「Thinka」は、UBVの中でどのような位置付けなのでしょうか。
 UBVでは、大きく「Investment」「Contents」「Community」の3要素を融合させた新しいベンチャー支援のエコシステムを築こうと考えています。
 このうち、実践的な学びのコンテンツを伝え、次世代起業家を輩出するコミュニティを育てるためのリアルな場として運営しているのが「Thinka」です。
投資先をコミュニティ化してナレッジを共有することは、ほかのVCでも行われています。ただ、ThinkaはUBVの投資先ではない起業家も参加しています。
 僕は、投資を前提としたコミュニティやコンテンツだけでなく、逆にコミュニティやコンテンツを入り口にして、その後に投資をするという順序であってもいいと考えています。
 ナレッジを共有して起業家が育てば、さらに次世代にもナレッジが共有され、巡り巡っていい起業家に僕たちが出会えるようになる。そんなサイクルを作りたいと思っています。
現在、Thinkaでは第1期生として11人のシード起業家を迎え、半年間の支援プログラムを実施しています。
 さまざまな支援を行っていますが、もっとも手応えがあるのは、毎月1回、多様なテーマで起業家の“先輩”からナレッジを共有してもらえる定期イベントの実施ですね。
 クローズドなコミュニティだからこそ話せる生々しい内容を受けて、参加者の熱量は極めて高いです。芯を食った質問が飛び交い、白熱した議論を続けている様子は、運営側として非常にうれしく思っています。
 ただ、本当の勝負はこれからです。ここでシェアされた知見を、第1期生たちが次の代に引き継いでいってもらいたい。
 それができて初めて、本当の意味で「Thinka」の存在意義が生まれると思っています。
 「Thinka」は、ある意味で部活動に近いと思っています。部活のメンバーって、友達とは少し違いますよね。仲間だけれど、適度な“ライバル感”もある。上にはちょっと口うるさいけど頼りになる先輩たちがいて、下には面倒を見てあげたくなる後輩もいて。
 そういうふうに考えると、僕たちキャピタリストは学校の教員のような立場なのかもしれません。生徒たちの多感な一瞬を共有する──。「Thinka」に参加する若い起業家に対して、僕はそんな気持ちを持っています。
最後に、UBVがこれから目指す姿は?
 一言にすれば、「グローバルでリスペクトされるスペシャリティVCになりたい」ということです。
 米国と比較すると、日本には僕たちのような経営経験があるベンチャーキャピタリストの数が圧倒的に少ない
 僕たちがVC3.0時代におけるスペシャリティVCのロールモデルとなり、特定の業界や技術に強みを持つVCが多く生まれていくことが理想です。
 今後、海外展開やアクセラレータープログラムなど挑戦したいことはたくさんありますが、やはり大切なのは、投資先のバリューアップ、そしてThinkaの運営とともに起業家のコミュニティを育てていくことです。
 机上の空論ではない、リアルで手触り感のあるサポートを追求することで、本当のタフタイムに真っ先に頼ってもらえる存在となっていきたいと思っています。
(取材・編集:呉琢磨 構成:小林義崇 撮影:岡村大輔 デザイン:九喜洋介)
 【Thinkaについて】
 「Thinka(シンカ)」は、UB Venturesが運営する起業家のための招待制ソーシャルクラブです。「失敗から学ぶ」をテーマに、事業の最前線で活躍する起業家を招待しての月例Meetupをはじめ、クローズドコミュニティならではの生々しい起業ナレッジの共有によって起業家を支援します。

 『Thinka 第2期』の募集を開始します。B2B/SaaS領域で起業している方の応募をお待ちしています。下記フォームからお申し込みください。

※Batch期間中は、渋谷にある拠点「Guild Dogenzaka」をご利用可能。CFO Day、Legal Day、Design DayなどUB Ventures企画の別イベントもご参加いただけます。
【Thinka 第1期メンバーの声】