【討論】圧倒的に少ない日本での起業。原因は教育? お金?

2019/12/20
 「起業に無関心が7割超」──。日本は他の先進国と比べても起業への関心が低く、実際に国際比較した場合の開業率も低い。
 起業に関心を持つきっかけの多くは「周囲の起業家の影響」で、特に女性に多いのが「家庭環境の変化」だ。
 しかし、起業には依然として「リスクが高い」「収入が安定しない」といったネガティブなイメージも多い。
 では、どうすれば日本でも起業が増えるのか。そもそもなぜ起業が増えなければならないのか。
 NewsPicks Studiosの佐々木紀彦CEOと古坂大魔王氏が司会をつとめる経済情報番組「The UPDATE」(毎週火曜日22時から生放送)に、5人の論客を迎えて徹底討論。今回はその内容を凝縮してお届けする。
渋川 僕は「アイデンティティがあるならば」メリットはあると思います。自分は何者で何に対して帰属意識を持っているかが明確になったとき、起業するか否かが決まる。
 僕が起業したのは、ヒッチハイクで日本中を回ったときに、いろんな人にお世話になり、その人たちに恩返しをしたいと思ったから。
 日本に対しての帰属意識が生まれたことが起業につながりました。
 これからは、個人も組織も“越境”がキーワードの時代だと思っています。自分のメインのフィールドや技術がありながら、それを別の領域に転用したり掛け合わせたりする。
 テクノロジーと金融を掛け合わせた「Fintech」などがイメージしやすい例かもしれません。だからこそ日本で起業すると「越境時代における独立遊軍」的役割を担えると思います。
 これからどんどん企業や業界の垣根はなくなっていくので、業界も個人が持つ能力やスキルも“越境”していく。
 たとえば、30人の軍隊は3万人の軍隊に力では負けるかもしれませんが、3万人の軍隊にはない身軽さで柔軟に動けますよね。
 これからの時代は、いろんな領域を越境して連携できるプレーヤーが必要になると思います。
本間 僕、日本での起業は「競争がないからやりたい放題」できることがメリットだと考えていて。
 アメリカはスタートアップが大企業や業界をディスラプトしていますし、そもそも起業数が多いから競争も激しい。
 その点、日本はスタートアップが少ないから、ある意味“やった者勝ち”。日本ほど大企業が仕切っている国は珍しいんですよ。
 大企業は潤沢なアセットがあって強いのですが、動きは遅い。
 起業家は、大企業がなかなか動けない間に素早く動いて新しい価値を生み出せるので、僕は日本を起業天国だと思っています。
佐々木 大企業として反論はありますか?
山本 大企業にはヒト・モノ・カネ、ブランド、歴史といったアセットがあるので「社内起業」を増やすべきだと考えています。
 一人でゼロから起業するより、アセットを使って新しい事業を立ち上げるほうがレバレッジは利く。
 だから僕は、起業家だけでなく社内起業を選択する人を増やすのもアリだと思っています。
佐々木 いろんな意見が出ましたが、国として日本での起業メリットは何だとお考えですか?
 「社会を変えられる」ことです。
 少子高齢化が進む日本には、先進国のこれからの社会課題がほぼ集まっています。
 それを解決して社会を変えるチャンスがたくさん転がっているからこそ、起業すればヒーローになれる可能性がありますし、何より課題解決は日本社会にとってプラスでしかありません。
古坂 起業することで、具体的に日本の何に影響するんですか?
 日本の未来です。30年前は、「世界時価総額ランキング」のトップ10に日本企業が7社も入り、「世界競争力ランキング」は1位だったのに、2019年は1社もトップ10入りしていませんし、競争力は30位でした。
 AI や自動運転など新しい技術の領域でも日本は出遅れていて、これからの日本は何をウリにしたらいいか見えていない。
 アクションまでに時間のかかる大企業だけに委ねるのではなく、身軽に動けるスタートアップが増えないと日本の未来は危ないと思っています。
古坂 でも、日本は失敗したときに復活しづらい風潮がありますよね。
 起業する・しないにかかわらず、今のご時世で「100%安心」なんて道はありません。
 時代は目まぐるしく変化し続けますから、人生や未来に不変的な保証などないということを日本人全員が自覚すれば、行動は変わるのではないでしょうか。
 進みたい道を自分で見つけて歩んでいく人生を、私は歩みたいと思います。
本間 そもそも起業家は“メリット”を考えて起業するわけじゃないですよね。
 「自分がやりたいこと」や「人生のゴール」は人それぞれなので、自分がそれを成し遂げたいか・遂げたくないかだと思います。
渋川 ただ、多くの人が自分のやりたいことを言語化できていない、もしくは定まっていない。
古坂 それか、月曜から金曜まで働いてなんとなく収入があれば、それでいいと思う人は多いんじゃないですかね。
本間 とはいえ、世界時価総額ランキングで上位を占めるアメリカの企業は1970年以降にできた新しい会社ばかりです。
 起業家が新しい会社を作って新しい価値を作らないと、日本に国際競争力が生まれないのは事実です。
 インターネットの誕生以降、世界は指数関数的に変化していますよね。
 私は今24歳だから昔のことは想像しかできませんが、きっと「80年前の1年間の変化」と「今の1年間の変化」は全然違うと思うんです。
 5年後や10年後、どうなっているか誰にもわからない時代を生きる自覚を持つと、起業家である必要はないけれど機動力を持ってスピーディーに動く働き方をすべきだと思うはずですし、そういったチームが時代に合っていると思います。
山本 大企業もそれができたら理想ですね。むしろ、スピーディーに動けるチームを大企業にいる人が作るべき。
 スタートアップへの支援や協業など大企業も少しずつ変わろうとしています。
 大企業とスタートアップ(起業家)が対立構造で分断されるのではなく、協力するのが大事ですね。それが当たり前になれば起業のハードルは下がるかもしれません。
 社内ベンチャー社長を増やすには、その会社の人事制度、つまり報酬面が壁になると思います。
 私は中小企業庁に入省する前、民間企業で社内ベンチャーを立ち上げた経験があるのですが、何兆円もの売り上げがある大企業からすれば、社内ベンチャーが10億円を売り上げても、ないがしろにされてしまうケースが少なくないと思っています。
 業績と報酬が直結しにくいんです。
本間 仮に、社内起業した30代の社長がものすごい利益を出したとして、年収を5000万円や1億円にできるものですか?
山本 いや、現実的ではないと思います。ただ、大企業の社内起業家は「日本を変えたい」というミッションドリブンな人が多い印象があるんです。
 スタートアップとのジョイントベンチャーや協業なども含めて、大企業では少しずつ挑戦者が増えています。
古坂 でも事業がうまくいけばお金は欲しいですよね。
 100億円あれば違うビジネスに使いたいので、自由と選択肢を増やしてくれるという意味ではお金は欲しいです。
本間 お金が入ってくるというのは、自分が世の中の役に立った証しで、役に立たなかったらお金は入ってきません。そしてそのお金は世の中や人のために使って還流する。
 会社に属していると、自分の年収は会社の人事制度が決めるから、どれだけ社会にコミットして影響力のある素晴らしいものを作ったとしても、会社がそれに真っ当な評価を下せるとは限りません。
 評価したい思いがあっても、年収を1億円にできるかといえば会社の状況に左右されざるを得ないですし、多くの場合はなかなか難しい。
その点、起業するとキャッシュという形で社会からわかりやすく評価される感覚はあります。
渋川 最近、日本財団が9カ国の17〜19歳に聞いた「国や社会に対する意識調査」で、ショッキングなデータが公開されました。
 「自分で国や社会を変えられると思うか」という問いに対して、「はい」と答えた人はインドが83.4%だったのに対して、日本は18.3%しかおらず、9カ国中最下位だったんです。
 あの意識調査、日本は軒並み悪い数字でしたね。既得権益の強さも影響している気がします。
本間 社会構造を変える下克上を自分ができるか、もしくは周りに実践した人がいるかを考えると、若者は「それは無理だ」と考えるかもしれないです。
山本 「将来の夢を持っている」も9カ国中最下位でしたからね。
 そもそも日本は、自分の人生にとって何が幸せなのかを考える教育が足りていないと思うんです。
本間 ロールモデルも圧倒的に少ないですよね。
 たとえば、アメリカなら「2歳上の先輩が起業した会社を100億円で売却したよ」という会話が珍しくないので、それなら自分も起業してみようかなと思えます。
 でも、日本の場合は頑張って起業して儲かり始めると徹底的にたたかれてしまう。
 もちろんこれは極端な話ですが、日本はお金儲けに対する妬みの感情があるので、出た杭を打つ文化はまだ根強いです。
 お金儲けは悪だと捉えすぎですよね。たとえば社会貢献をしたいならNPOでやれ、NPOでやるならお金を儲けるなと言われてしまう。
 でもアメリカは、事業という意味でも社会課題へのアプローチという意味でも、社会に貢献した人にきちんと還元される仕組みや文化ができている。
 日本もそうであってほしいですし、きっとできると思っています。
 私も辻さんも帰国子女なのでいろんな経験をしたと思います。
 日本の学校では、模範解答を覚えてその枠内で答えを出すことを求められましたが、アメリカの学校では自ら夢を語ってそれを実行しなさいと言われます。
 そうですね。テストに正解はあっても、社会や人生において正解はないから「自分で考える」教育を、私は海外の中学と高校で受けました。
 それに、隣にいる人が自分とは“違う”価値観や文化的背景を持っていると認識することが非常に大事だと思っています。
 違いがあるからこそ人はコミュニケーションをとる。ただ、そのためには自分は何者なのかを自分で理解していないと会話ができません。
 だから、自分は何を大事にしてどんな考えを持つのかにずっと向き合ってきました。
 一方で、日本の学校は学生を一人の人間としてではなく子どもとして見るので、決まった枠内で正解を出すのが学生の本分だという教育を、それこそ社会に出るギリギリまでやっています。
 団塊世代は、みんなで一致団結して一本化した、“総量”の力が日本経済を支えてきたと思います。その時代においては大成功を収めた。
 でも世界は大きく変化し、ミレニアル世代はノマドや副業など「個の社会」を生きるようになりました。それなのに、日本の教育は団塊世代時代から変わらず、個に向き合っていない。
 その戸惑いを受けて、現在のZ世代は自分に向き合いながら社会課題にアンテナを張り、「個と社会」や「小さなコミュニティでの平和と外の広い世界での課題」の両軸を感覚として持っている人が増えているのだと思います。
本間 価値観が多様化しているんですよね。ラグビー日本代表と同じで、日本人だけの価値観だけで戦っても世界には勝てない。
 世界時価総額ランキングの上位企業はどれも多国籍組織で、いろんな国の人が集まっていろんな国にオフィスを作り、世界中の力で戦っています。
 アメリカ発の製品が世界で勝てるのは、いろんな国の人が集まって作っているからで、日本の中で日本人向けに作られたものは海外に出ても通用しません。
 iPhoneもアメリカで設計されて中国で製造され、世界各国でマーケティング・販売されています。
 アメリカの企業だけど多国籍。こうしたグローバルチームをいかに作れるかが日本の課題ですね。
渋川 いずれ国や地域を含めて、いろんな境界線は曖昧になると思います。そのときに必要なのは、まさに辻さんがおっしゃっていた「自分を知る」こと。
 それがあって初めて次の一歩を踏み出せるのだと思っています。
 人にはそれぞれ「自分に向いている役回り」があります。
 自分を知り、自分はどんな生き方が向いているかを考えた結果、「起業家」の道を見いだす人もいれば「COO」や「秘書」「経理」を選ぶなど、役回りは人の数だけあります。
 起業家が増えていったら面白い社会になるだろうなとは思いますが、起業することがすべての人にとって100%幸せな道ではないと思っています。
本間 人は自分がやりたいことを実現させるために行動を起こしますよね。それがビジネスだったら起業家と呼ばれるだけで、本質は同じではないかと。
佐々木 たしかに憧れの仕事にランクインしているYouTuberは、クリエイティブ起業家と言えますね。
 ビジネス起業家も憧れる存在にならないといけないけれど、現状はカッコいいと言えない。
山本 それでいうと、高校生の頃から事業立ち上げをしてきた渋川さんは、どんなことを考えて生きてきたんですか?
渋川 中学に入るまでいじめられていたので、自分の居場所がわからず挫折することが多かったんです。
 だから幼少期から自分とすごく向き合っていたし、自分はどんな人生が幸せで、どうなれば自分が主人公の人生を送れるのかを突き詰めて考えました。
 案外、起業家にはそういった方が多い気がします。
本間 いずれにしろ、AmazonやAppleのような会社が日本から生まれていないのは事実です。
 日本からそういう会社が出て、新たなバリューで世界を席巻したら「自分もやろうかな」と思う人は増えるかもしれないし、未来のためにもそうなるべきだと考えています。
(文:田村朋美、編集:大高志帆、写真:小池大介、デザイン:九喜洋介)