10年後、私たちを直撃する「医療崩壊」のリアル

2019/12/18
約43兆円(2017年度)まで膨れ上がった医療費──。人材不足による医療現場の疲弊、医療における地域格差や情報格差など、医療ヘルスケア領域の問題が次々とクローズアップされている。忍び寄る「医療危機」は、誰にとっても他人事とは言えない社会課題だ。

日本の医療システムを“持続可能”なものにするために、今なにをするべきか。12月12日、東証マザーズに上場を果たした株式会社メドレーは、この問題にアプローチしている医療ベンチャーの先駆者だ。

東大卒脳外科医から転身した異色の経歴を持つ、同社代表取締役医師の豊田剛一郎氏に、日本の医療が抱える課題と、その未来を変えるメドレーの取り組みについて聞いた。
医師・米国医師。東京大学医学部卒業後、脳神経外科医として勤務。日米で医師としての経験を重ねる中、日本の医療の未来に強い危機感を覚え、医療の変革を目指して臨床現場を離れることを決意。マッキンゼー・アンド・カンパニーで主にヘルスケア業界の戦略コンサルティングに従事後、2015年2月、株式会社メドレーの代表取締役医師に就任。

日本の医療モデルの限界が来ている

豊田 近い将来、日本は医療費の予算を組めなくなり、医療システムが破綻してしまう、という議論があるのをご存じでしょうか。
 現在、日本の概算医療費は約43兆円(2017年度)にまで膨れ上がり、うち約4割を公費、約1割を患者が負担し、保険料で賄っているのは5割程度に過ぎません。
 全体の約4割が75歳以上の医療費であるため、全世代型保障で高齢者の負担を2割にする話も出ていますが、今後、団塊の世代がすべて75歳以上となる2025年には、国民の5人に1人が後期高齢者となります。
 健康保険組合連合会によれば、2025年度には医療費は総額約58兆円となる見通しであり、このまま国民皆保険制度を維持できるのか、多くの人が懐疑的です。
 では、医療費の抑制を進めるだけが正解なのかというと、そう簡単ではありません。医療費をカットすれば、病院の人件費に打撃を与え、設備投資などもできなくなるなど、必要な医療を維持できなくなります。
 医療崩壊を防ぎ、“持続可能な医療”へと変えていくためには、日本の医療モデルを最適化していく必要があるのです。
 すでに制度の疲弊は進んでいます。これまで頼ってきた「現場の医師の使命感」だけでは、もはや太刀打ちできないのです。
 具体的な課題を挙げると、日本では国民1人当たりの受診回数が年間12.6回と先進国のなかでも多く、一方で医師の数は1000人当たり2.4人と少ない。つまり、医師1人当たりが診る外来患者数が世界的にも極めて多いのです。
 その背景のひとつに、Fee-for-Serviceという「出来高払い」の原則があります。診療するたびに病院の収益が増えるため、当然ながら病院側には「総患者数を増やそう」という力学が働く。さらに、よくなりたい一心の患者側にも、同様の力学が働きます。
 もともと患者・医師間の医療知識のギャップは大きい上に、ネットに流れる誤った医療情報を患者が鵜吞みにしてしまうことで、医師とのコミュニケーションがかみ合わなくなってきてしまう。
 そんな中、医療技術の進歩に伴い、医療の選択肢自体はどんどん増えてきています。結果として、よくなりたい一心の患者側が、適切な医療知識を持たないまま、高度かつ必要十分量を超えた検査や治療を求めてしまうことも少なくありません。
 GDPの近いドイツでは、1人当たりの受診回数は年間9.9回と日本より少なく、医師の数は2倍です。日本の医療現場が疲弊するのもやむなしと言えるでしょう。

医療費を高騰させないため、外側から変えていく

 私が「日本の医療システムは、根本的な部分から変えていかねば、近い未来に破綻する」と心から実感したのは、医師としてアメリカ留学を経て帰国したときのことでした。
 日米の病院を経験しましたが、日本は圧倒的に医療従事者が不足しています。私が勤務した日本の病院では、5人の脳外科医で365日夜間休日をカバーをしていましたが、それでも比較的恵まれているような環境でした。
 一方、米国ではもっと余裕を持って臨床現場がまわるような仕組み、業務やリソースの最適な配分などがよく考えられていました。
 医療現場の疲弊、海外との環境格差。最近では、公的病院の統廃合による再編成を進める流れもあり、受けられる医療の「地域格差」が広がることも懸念されています。
 医療業界の課題に対して明確な解決の方向性が示されないのは、こうしたいくつもの課題が複雑に絡み合い、かつ、それぞれの規模が大きいためなのです。
 目の前の患者に精いっぱい向き合っている医師や医療従事者には、医療全体のあるべき仕組みを考える余裕はあまりなく、疲弊した医療現場だけでこれらの課題に向き合い、変えていくことは難しい。
 医療全体を変えるためには、外側から多角的なアプローチをしていくことが重要です。10年、20年先を見据え、日本の医療課題を解決するために、私は医師・患者・国の「三方よし」を目指す適正化が必要だと考えています。
 例えば、ICTを活用することで医療現場を効率化したり、医療リソースの配分を適正化する仕組みがあれば、医師・医療従事者が必要のない事務作業に忙殺されることなく、患者と向き合う時間に集中できる。
 例えば、医療の情報格差や地域格差をなくしたり、診療データを一元管理して活用できるようになれば、患者は病気が深刻化する前に適切なアクションを取りやすくなり、より健康な生活を送ることができる。
 こうした未来を一つひとつ実現していくことで、病院運営が効率化されたり、診療回数や内容が適正化される。それによって医療費は適正なものとなり、“持続可能な医療”を皆が信じることのできる社会となる。そんな未来を実現していきたいのです。

日本の医療を変えるために、まず人材不足を解消する

 今、日本の医療を変えようと最も必死になっているのは行政であり、その次に現場の医師たち、そして患者という順序ではないかと考えています。
 行政には財政が逼迫(ひっぱく)している背景がありますが、患者にとっては深刻な病気を経験しない限り、医療や健康について真剣に学んだり考えたりする機会は少ないでしょう。
 しかし、医療は国全体に関わる問題であり、国民全員が当事者であるテーマです。こうした状況の中、メドレーは2つのプラットフォームに取り組んでいます。
 まず1つ目は、現場の人材不足解消を目指した、医療介護分野の人材採用プラットフォーム「ジョブメドレー」の展開です。
 これは医療介護従事者の採用コスト削減や、地域偏在という課題解決に取り組むため、医療事業者の採用力をエンパワーメントする人材採用のプラットフォームです。
 例えば地方の小さな診療所でもその魅力を訴求できたり、全国を対象としたダイレクトリクルーティングが可能になります。
 これらの仕組みによって、医療ヘルスケア領域の最も大きな課題のひとつである「人材不足」という課題の解決に貢献しています。

 医療にかかる時間を短縮し、継続治療にも貢献

 これに続く2つ目の展開が、医療プラットフォーム。なかでも現在注力しているのがクラウド診療支援システムの「CLINICS」です。
 予約やオンライン診療、電子カルテといったクリニック向けのシステムをクラウド化し、医療機関における診療業務の効率化と低コスト化とともに、これまでになかった“患者とつながる”診療システムを実現できます。
 患者はネットを通じて24時間いつでも診察の予約ができる。ときにはオンライン診療を受けたり、カルテと連携して医療機関からデータを共有してもらったりと、医療機関とスムーズにつながるという新しい医療体験を得られます。
 特にビデオ通話によるオンライン診療は、患者側の通院や待ち時間の負担を軽減できますし、「通院の負担が減らせるのだから、病気を放置せず定期受診しましょう」という分かりやすいメッセージングにもなります。
 患者が自分の医療データや健康状態をいつでも確認できることで、生活習慣病などの継続治療にも貢献できますし、健康に対する意識が変わって医療リテラシーの向上にもつながっていくと信じています。
 現在でも国内最大のオンライン診療システムとなっていますが、今後、オンライン診療の規制緩和がさらに進めば、対面診療だけではなかなか解決できない医療現場の課題に対して、ますます効果的にアプローチしていけるはずです。

ITの力で医療はもっと「自分ごと化」できる

 医療格差の原因のひとつが「情報」です。ネット上で流布する誤った医療情報の問題は以前から指摘されていますが、患者が信頼できる医療情報にたどり着けない環境も、医療の情報格差を生む原因の一つだと考えています。
 そこで、700人を超える医師の協力のもと運営しているのが、オンライン医療事典「MEDLEY」です。
 1400の病気、3万の医薬品、16万の医療機関について、「網羅性」「最新性」「中立性」という3つの特徴を備えたコンテンツを発信し、信頼性の高い情報を多くの人々に届けていくことを目標にしています。
信じられる医療情報がITで身近となり、医師と患者の間の知識格差も縮まる
 患者と医療をつなぐ多様なアプローチによって、医療を「自分ごと化」する人が増え、その結果として、例えば不要な薬の使用や安易な受診の抑止につながるはずです。
 また、予防医療や継続治療への意識が高まり、健康的な生活への行動変容が起こり、幸せな人生や納得できる人生を過ごす人が増える。このような変化のためには、インターネットサービスの力が必ず必要になります。
 メドレーは、患者と医療をつなぐ新たなプラットフォームやインフラを広げることで、日本の医療制度の根本的な課題解決にアプローチしていきます。それが、医療機関・患者・国の「三方よし」なエコシステムの実現につながると信じているからです。

医療体験を快適にすることで、未来に何が起こるのか

 私は、今後は医療にも“快適性”が求められる時代が到来すると考えています。
 それが医療現場の最適化や患者の意識改革を推し進め、ひいては医療制度を持続可能にしていくためのキーワードになるはずです。
 ただ利便性を上げるツールを提供するのではなく、人々の生活に医療がもっとシームレスに入り込んで、患者にとって快適になるような環境をつくること。その体験によって、患者の意識が変わり、自然発生的に行動変容を起こすことができる。
 また、医療と患者をつなぐシームレスな仕組みをつくることは、海外で言うところの“General Physician”、つまり「かかりつけ医」の役割を果たすことにもなります。
 日本全国どの地域でも、医療や健康維持について何でも相談でき、正しい情報、必要な情報をタイムリーに受け取れるようになれば、人々の医療に対する意識が変わる。不要な診療や治療を減らすことにつながり、持続可能な医療の土台となるのです。
 このような仕組みを実現していくためには、メドレーだけで何かできるわけではもちろんなく、オープンでフェアな姿勢と文化を持って事業を進めていくことが重要です。
 今後も、行政や医療機関、民間企業など、さまざまなプレーヤーから信頼してもらえるように努力しながら、パブリックマインドを忘れずに事業を展開していきたいと考えています。
 メドレーは次のステージへ進むため、私たちの理念に共感してくれる方にジョインしてほしいと考えています。
 長期的な視野に立ち、自分たちが追いかけるサービスに社会的意義を感じながら取り組んでいける、そのような理由でメドレーを選んでくれる人に出会いたい。
 その一方で、まだまだベンチャー企業としてチャレンジの途中ですから、保守的な考えに凝り固まらずに、主体性と柔軟性を持ち、できる限り早い成長を追い求める視点も大事になります。
 「メドレーで、自分は何ができるのか」。それは、イコール、「未来の社会に何ができるのか」ということ。
 医療の未来を変えていく意義を感じながら、自分を生かす喜びや、再現性のない面白さを味わいたい──そんな想いを持つメンバーと一緒に挑戦を続けていきたいと思います。
(構成:上野真理子 編集:奈良岡崇子 写真:矢野拓実 デザイン:月森恭助)