デザイン思考とエンジニアリングが医療業界の危機を救う

2019/12/23
 2020年代より本格的なDX(デジタルトランスフォーメーション)時代が到来する。デジタル参入の余白が大きい医療現場のクラウド活用による抜本的な効率化こそ、医療をアップデートさせるカギとなる。

 「エンジニアリングで医療の未来をつくる」という壮大なテーマを掲げて邁進する株式会社メドレーのCTO・平山宗介氏に、課題解決を阻む医療ITの複雑化の打破、そして、平山氏が考える「THE エンジニア」の定義について聞いた。
 ──前回お伝えしたように、日本の医療モデルは「近い将来に破綻する」と言われている。
 医療業界はこれまで、長い歴史のもとにレガシーな仕組みを引き継いできた。だが、少子高齢化や増大する医療費負担、人材不足による医療現場の疲弊といった複数の要因によって、システムの限界が近づきつつある。
 この危機的状況を回避し、医療を“持続可能なもの”にしていくために、どのようなグランドデザインを描き、アップデートしていくべきか。
 その先端を走るがごとく、テクノロジーを活用して医療機関と患者をつなぎ、患者が納得のいく医療体験を得られる未来を目指しているのが株式会社メドレーだ。
 10年後、20年後の未来を見据え、迫りくる医療危機を乗り越えるうえで、エンジニアが果たす役割とは──。
2005年、日立ソフトウェアエンジニアリング株式会社に入社。未踏ソフトウェア創造事業に採択され、グリー株式会社に転職。その後、フリーランスなどを経て、株式会社リブセンスに入社。CTOとして組織拡大やサービス開発の責任者を務める。2015年よりメドレーに参画、取締役CTOに就任。同社のサービス開発体制を主導すると同時に、新規事業開発を担う。

医療ITの複雑化を打破するプロダクトデザインとは

平山 医療業界におけるデジタル化は、一般社会と比べると10年遅れているように感じます。クラウドによるカルテの保存が可能になったのは2010年。オンライン診療の規制が実質的に緩和されたのも2015年で、ごく最近の話です。
 医療は社会保障であるため、市場の自由に任される他の業界とはまた違う力学が働きます。医療の安全や品質を担保する仕組みを作るため、厚生労働省や医師会、学会がきちんと制度設計し、少しずつ慎重に規制緩和を進めてきたという歴史があるんです。
  私たちエンジニアは、改修を重ねたことで絡み合い、解読困難になったソースコードを「スパゲティコード」と呼びますが、医療ITの現状はまさに「スパゲティ化」しているんです。
 法令や規制、古くからある商慣習、医師とベンダーの関係なども含め、すべてが絡み合って複雑化している。さらに言えば、医療の進化に伴い、内科、外科、小児科、放射線科..….など、現場が担う領域の細分化も進んでいます。
 それぞれ専門化しているため、互いの領域に関する医療知識だけでなく、使っているシステムや業務フローのこともよくわかっておらず、全体を俯瞰で見ることが難しくなっているのです。
 医療業界には、長い歴史のもとに醸成されたレガシーなシステムがあり、医療を取り巻く環境も医療そのものも複雑になり、スパゲティ化してしまった。これをどう打破するのか、どうアプローチすればいいのか、誰にもわからない状態が今日まで続いてきたわけです。
 だからこそ、そこにどんな背景があるのか、なぜそれが必要なのかを理解した上で、プロダクトをデザインしていける存在が重要になると考えています。
 メドレーでは、すでにオンライン診療や電子カルテのプラットフォームを提供していますが、医療の歴史や背景、そして、社会の全容まで理解した上で、最適なグランドデザインを形にしていくことを目指しています。
 医療業界では、それぞれの病院が異なる業務システムを使っていることが当たり前ですが、本来的には、最適なオペレーションを共有していくことがベストです。クラウド化によって、「鉄板となるような王道の医療業務システム」の型をつくっていければ、すべての病院の業務が効率化されるだろうと考えています。
 この実現のため、自社サービスの開発に加えて、2018年より医療ヘルスケア分野全体にテクノロジーの力を注入していくことを目的とした「MEDLEY DRIVE」というプロジェクトに取り組んでいます。
 医療業界におけるIT技術のオープン化を推進していくために、30億円の投資総額枠を持ち、この業界で長くIT事業を展開してきた企業や、これから開発に向かうスタートアップに対し出資を行っています。
 医療の知見とインターネットテクノロジーに対する知見を、双方が吸収し合い、生かし合う未来につなげていく。
 その第一弾として、国内に普及している医事会計ソフトウェアを開発している株式会社NaClメディカルという島根にある企業をグループ化し、ソフトにアクセスするライブラリをオープンソース化しました。
 また、ブロックチェーンを活用した電子処方箋の管理方式を考案し、特許出願もしています。医師から患者への処方箋の交付は、紙の原本で行うことが基本とされていて、オンライン診療であっても、患者は原本が送られてくるのを待たなくてはいけない現状があります。
 しかし、医療の仕組みの改革は国の主導で行われるものなので、いち民間企業が電子化を進めようとしてもどうにもできない状況でした。
 これまで我々は、様々な仕組みを変えようと国に働きかけ、連携を続けてきましたが、逆に「患者サイドに主体的にデータを預けるとしたら、どうなるのか」を考えたのです。
 つまり、分散型ネットワークのブロックチェーンによって、中央集権ではなく、社会の声で医療をよりよくしていく変革を起こしていきたいなと。特許の申請には、そういう思想の社会への提案としての意味合いも込めました。
 加えて、そのような思想の提案だけでなく、社会における現実的な実装方法としてブロックチェーンを用いないシステム構成も考案しました。厚生労働省が電子処方箋の実証事業を公募したタイミングで、実際にこれが採択されて実証事業を完了しています。

社会課題を解決する意義と、ワクワクの種がある面白さ

 これから2020年代に向かって、日本のあらゆる産業においてDXが推進されていくと思いますが、エンジニアというものは、やはり壮大なミッションや課題、イシューを求めるものだと思うんですよね。そうした意味でも、医療領域は、本当に面白いと感じます。
 現在、私たちはクラウド活用による医療現場の業務効率化を進めていますが、その先に、さらなる未来を描いています。
 例えば、紙のカルテの電子化、クラウド化を進めていけば、患者が自分の過去の医療情報を一元管理することも可能になる。そうすれば、患者が投薬や手術などの選択や意思決定にもっと参加できるようになると考えています。
 それはつまり、「患者がもっとカジュアルに医療と接点を持てる未来」なのです。
 医療を遠いもの、不可侵のものだと思わず、自分ごととしてとらえることができれば、もっと主体的に医療に向き合えるようになり、受けるべき医療もわかりやすくなります。
 また、電子カルテを病院間で共有できれば、新たな病院で再検査を受けることも不要になる。患者はもちろん、人手不足で疲弊している現場の医師にとってもプラスになる。無駄な医療費を削減することにもつながり、社会保障としての医療制度も持続可能になる。
 エンジニアリングによって、スケールの大きな社会課題を解決していけるんです。
 私は、インターネットサービスをつくることは、「都市をつくる」ことだと考えています。
 プログラムやソフトをつくるのではなく、都市をつくる。IT領域の技術だけでなく、自然科学や人文社会学の知見も用いて、「なぜそれが必要なのか」という原理原則まで理解し、そこにデザイン思考やエンジニアリングを駆使していく。
 そうすることで、初めて未来に行けるのではないかと思っています。
 エンジニアのミッションを、テクノロジー領域に限定して考える人もいますが、テクノロジーを駆使して社会課題を解決するのがエンジニアのあるべき姿だと思いますし、そんなエンジニアが日本にもっと増えれば、様々な課題を解決できるはずです。
 それゆえに、私の定義する“THE エンジニア像”は、「社会の課題を解決するために、日々、自身の腕を磨き、純粋に取り組む」ただそれだけです。医療の世界では、まさにそれを実行・実現できると感じています。
 レガシーなシステムがあり、歴史的背景があり、医療の知識、現場の業務などが複雑に絡み合っているからこそ、それらを理解し、グランドデザインを描いて、業界の構造そのものを未来志向で変革していく面白さがあるんです。
 また違った観点からも、エンジニアとして面白いなと思うことが医療にはたくさんあります。例えば、ひと口に“病気”と言いますが、実はそのなかには色々な定義が存在しているんですね。
 そして「認知症」は“症状の集合体”として病名がつくのですが、その原因には「アルツハイマー病」や「脳梗塞」という病気が存在していたりします。
 同じ“病気”といっても「症状の集合体としての病気」や、「病態に由来する病気」などがあるのです。
 エンジニア思考としてはデータを構造化したくなるものですが、そうした背景まで突き詰めて理解すると、また新たなアプローチが見えてくる。
 より深く背景を理解した上で、どんなアプローチを注入し、何ができるのか。医療業界には、クリエイティビティを刺激してくれる種がたくさんあり、ワクワクさせてくれる要素があちこちに転がっています。
 こういったミクロの視点だけでなく、マクロ視点で見ても、日本の医療業界にはまだ、テクノロジーを活用して業務を効率化していける余地が山ほどあります。
 少子高齢化が進み、医療費もますます増大する中で、このままいけば医療の現場も、社会保障を維持する財源も、そしてその負担を支える家計も、すべてが疲弊していってしまうでしょう。
 そういった観点でも、テクノロジーを活用した業務効率化はまさに最重要課題なのです。
 医療現場の疲弊を防ぎ、医師や医療従事者が患者と向き合うことに集中できるようにする。常に無駄を防ぎ、効率化しようと模索するエンジニア特有の思想は、まさに医療との相性が良いのではないかと考えています。

魅力的な仲間と大きなイシューに挑戦。総合的なスキルが身につく

 メドレーはIPOに先駆けて、新しいプロダクトの種を生み出す「プロダクト戦略チーム」を立ち上げました。
 今後、組織が大きくなっていく中で、より深く、よりソリッドにプロダクトのデザインをすることが必要だと考え、少人数のチーム体制をつくることにしたんです。
 メンバーの経歴は様々で、大手のコンサルティング・ファームで業務コンサルを手がけていた者もいれば、Web系やゲーム系のエンジニア、デザイナーも。カスタマーサクセスやセールスなどを専門領域とする者もいれば、医療現場の経験を生かしたディレクターもいます。
 それぞれの領域のプロフェッショナルが集まったこのチームでは、新たな事業を創造し、価値の種をつくっています。
 メドレーにおけるゼロイチの部分を担い、互いの領域を横断的に理解しながら継ぎ目のないプロダクトを生み出していくことが、チームの存在意義だと思っています。
 これまでメドレーは、医療ヘルスケアの課題を解決することを目指し、まずは医療介護業界における慢性的な人材不足や地域偏在の課題を解決する人材採用システム「ジョブメドレー」を展開してきました。
 そして、その顧客に対して、今度はクラウドを活用した診療支援システム「CLINICS」の導入を展開しています。
 プロダクト戦略チームは、CLINICSの提供範囲を医科だけでなく歯科や調剤などの周辺領域にも広げるような種となるプロダクトを開発したり、新しい医療プラットフォームとなれるような機能の拡張を担うなど、どんどん新たな種を生み出し、形にしていこうとしています。
 2010年代は、エンジニアやデザイナーはゲーム市場やCtoCのサービスに流れていましたが、今、メドレーには、そうした業界から参画するメンバーも増えています。「仕事に社会的意義を感じたい」「社会に大きなインパクトを与えたい」というケースが多いですね。
 また、30代後半から40代前半のメンバーも多く、シニアになるほど、「より大きなイシューに挑戦したい」「より尊敬できる人たちと働いて刺激を受けたい」と考えるようです。
 確かに、メドレーには「医療ヘルスケアの未来をつくる」という壮大なミッションに挑戦できる環境があり、経験豊富なシニアエンジニアやデザイナーと切磋琢磨できる環境がありますね。
 また、2020年以降のDX時代においても、「デジタル活用で医療業界そのものを良くしていく」という意味で、より幅広い、より上位なエンジニアリングスキルやデザイン思考が求められるので、そこも醍醐味なのではと感じます。
 逆に言えば、メドレーにJoinすることで、ソフトウェアの開発だけじゃない広義なエンジニアリングスキルが身につき、上位概念としての医療を取り巻くものをリデザインし、エンジニアリングするという、総合的なスキルを磨くことができると思います。
 もっと成長したい、まだ見ぬ次の世界を創りたいというエンジニア・デザイナーにとっては、非常に魅力的な環境だと思っています。
(構成:上野真理子 編集:奈良岡崇子 写真:矢野拓実 デザイン:月森恭助)