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皆様に勘違いしていただきたくないのは、大学は教育・研究機関。職業訓練校でも人材紹介業でもありません。これまで世の中で明らかになったことを学問として体系化して教育し、またこれまでわからなかったことを研究で明らかにしていくことが使命だと思っています(ただし、個人的解釈)。

また、学ぶものは特定分野の専門知識という側面もあるでしょうが、自分が興味を持てる特定分野を題材にした問題発見能力、問題解決能力、プレゼン能力だと思っています。むしろ、どの分野でもいつの時代でも必要な汎用的な能力。また、そこで得られる人脈もとても貴重な財産。

例えば、私は画像処理・認識を一応の専門にしています。2012年にDNN (深層学習) が登場し、一瞬にしてそれまでその分野で培われた知見の多くが「過去」のものになってしまいました。それでも物の考え方の根本は変わりません。なので、使う道具が過去の解析的アプローチからデータドリブンなアプローチになっただけという認識です。逆に言うと、いまDNNだけを妄信的に、しかも原理を理解せずただ使いこなすだけに邁進しているとそのうち「そんな能力いらない」と言われる日が来る可能性すらあります。

この記事を書かれた方がどのような就職活動をされたのか存じ上げませんが、私の周りで活躍する博士は自分の専門分野にはこだわらず、けれども博士での研究生活で得た「実力」を他分野でも発揮できる方々。最近特に多いなと思うのが物理学で博士をおさめてAIの分野で活躍する方々。数学的な思考がとてもよくマッチするのだと思います。活躍の場は物理学でなくてもいい。
(ここでは一例として紹介しているだけで、物理学について云々ではないです。あしからず。)
専門にもよると思います。筆者は国際関係学で博士号を取得されたようですが、これがComputer Scienceだったら状況は異なっていたかもしれません。

どのような専門でもずば抜けていれば引く手数多ですが、そうでない場合にはマーケティング力(自分の需要がどこにあるか分析する力、ないようなら市場を開拓するような気概)、コミュニケーション力(自分を表現する力)が合わせて必要です。
日本では肌感覚沸きにくいと思いますが、アメリカでアイビーリーグ大学を卒後に新卒就職した会社から1年未満でリストラにあった身としては、これは本当のアメリカで生きる事の怖さとして感じます。

アメリカの資本主義の根元には競争原理主義があり、
そこには個人の経済格差が生まれる余地が多分にあります。

平等なのはチャンスだけ。その後の個人の成功についてはもちろん「スキル」や「努力」も重要ですが、「運」「競争」「お金に対する執着心」などの方がより影響を及ぼす社会構造になっている気がしています。人生の全ての曲面において、色んな意味で「市場性」が問われる、そんな社会のあり方の是非と幸せの定義について、個人的な知り合いもたくさんいる中で、個人的にもよく考えさせられて来ました。
アメリカは、もしかして今世界で一番不幸せな国なのかも知れません。
なんか話が噛み合わないなと思い(米国の博士号はだいたいタダで給料もでる)、原文みたら、国際関係の修士ですね(お金がかかる)。

原文はもっと分析的(現実は実力主義ではなく経済的に裕福な家庭にいるほうが有利、人種や性差別がある)ですし、最後には誇れる仕事が見つかりポジティブなトーンに読めました。

ちょっと訳がひどいかと、、、

文面からはコロンビア大学のSIPAの卒業生っぽいですね。知人が多くいますが、確かに就職に苦労している人も多くいました。それはやりたいことが公共的な仕事で雇う側に金がないケースも。
アメリカではよくある話に聞こえました。
ここに記載されていない事実として、この筆者が特権階級にはないもので、100%持っているだろうものがあります。それは学資ローン。

前にも書きましたが、アメリカの連邦政府が用意した学資ローンは異常に高い。博士になるとその金利は6.2から7.2%にもなります。大学の学部を出た段階で、学生が背負う借金の額は平均で10万ドル。日本円で1000万円強。。。。その上を目指せば、またその借金が膨れ上がります。

1%の金持ちに不満をもつ一般市民、、、というようなことが語られることがありますが、特権階級でなければ学業を努力しても「借金を返し続ける人生」が待っていると考える人は非常に多いです。優秀な人が救われる方法として、奨学金などもあるでしょうが、それがもらえる人も数は限られます。だから、大学には行かない選択肢をする人も増えています。もちろん学部によっては卒業すれば引く手あまた、、、という場合もありますが。

「生き方の戦略を変える」ことが上手な人は、一旦社会に出てから勉強する場合も多いです。例えば「州兵制度」を使って一か月に一度土日だけ軍従事することで、大学の学費を国に出させるとかも増えていると聞いたことがあります。
いえ、基本は実力だと考えます。仕事のある分野の専門を選ぶかどうかも含め。
社会人を経て博士課程にくる人は覚悟が座っていますが、下から進んでくる学生には、学部を出て社会人になった同期に実力でどれくらい差をつけてる?と意識させます。
こっちが修士・博士で大学院にいる5年ほどの間に、連中が会社で日々どれだけ苦労し、成長しているか理解しているか?博士号を取って彼らを凌ぐ実力をつけたと言えるなら成功も待ち受けよう。どの進路も、甘くない。
今日も明日もぼくは、博士学生の公聴会です。
Not all PhD's are made equal.
米国のアイビーリーグレベルの博士号でも、、、
ただこれは学歴、博士号の問題でもない様な気がします

もし学歴が一切関係ないのなら、むしろそちらの方が中身を見ているので返って健全ではないでしょうか
米国の話で、これは、本人の専門性に関する考え方にも一因があると思います。

何故なら、米国では、日本とは違い、専門性の分野によっては、大学を卒業した段階で、そのままマネジャーといったことも普通です。

ただ、人気(需要)のない分野だと、そうはいきません。

そういった意味では、先まで考えて、いろいろ選択し、先行投資する必要があるのが米国の大学だと思います。

日本は全くの別次元…ここに書かれていることとは本質的に違う課題があることは、多くの方がご存知のとおりです。

※個人的な見解であり、所属する会社、組織とは全く関係ありません
ポスドクの就職が難しいのは、ずっと言われてきたこと。逆にアカデミックでは必要だったりする。ただ学位を取得すればなんとかなるってのは、あまりに無謀かなぁ。