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修学旅行は、旅行業界の巨大な利権になっている。本当はもっと安くやれるにも関わらず、一般的な価格競争や相見積も行なうこともなく、前例主義で決まっていくおいしい商売になっている。教育活動の一環として、予算も含めて生徒が中心に企画していく旅行の方がよっぽど価値がある。
修学旅行の行き先は、教師が行きたいところで決められているような気がします。
引率の教師は、旅費等の負担はなく手当も出るのではないでしょうか?

まともな感覚を持った学校は、贅沢な修学旅行などしないものです。

娘が通った高校の修学旅行は広島。
原爆の悲惨さを生徒たちに改めて教えるという、きちんとした目的がありました。
海外行けば高いに決まってる。
増して欧州なんて。

そんなの自分で稼いでから行け!!
と言いたくはなりますが。

ま、いいんじゃないですかね。
修学旅行に金がかかるのは今に始まった話でもないですし。
親としてはしゃーないすよ。頑張って稼ぐしかない。

千葉の高校時代、京都奈良と言うイマドキの高校生からは「は?」と言われそうな修学旅行を経験した身としては、隔世の感がありますがね。
なんのための修学旅行なのか。国内でも貴重な経験は十分できるし、海外に行って視野を広げてほしいとかであれば家庭で海外旅行ができない人こそ参加できるように枠組みを考える必要がある。そもそも高すぎて大学生がバックパッカーで行こうとすれば半額くらいで済みそう。安全面など重視するにしても、もう少し値段についても見直しできるはず。現状では相対的貧困を浮かび上がらせて、修学旅行経験の喪失以上に精神的に負担を強いそう。
信じられん....

うちの高校の遠足
・出雲大社まで歩く(10km)
・大山(鳥取県)でスキー合宿
近い!安い!!
修学旅行を何のために、誰のためにやるのか、当事者である児童、生徒が置き去りになっているケースも多い印象です。

僕は小学5年のとき、上野から伯母の住む札幌まで、列車と船を乗り継いでひとり旅をしました。
(青函トンネル開通1年前、当時は青函連絡船が現役でした)
なかなかサバイバルな旅だったので、断片的ではありますが、いまも記憶に残っています。

先生や添乗員によるエスコート付きで現地に行って何かやるという他人任せな旅よりは、多くの一般人がいる中で、自力で目的地にたどり着く、自分事として動く旅のほうが学びは大きいし、当事者としての充実感や達成感も大きい気がします。
昔から恵まれた家庭、恵まれない家庭はある。
その差を教育現場に持ち込まないために公立学校はあり、給食や制服の制度があることを考えれば、公立学校での行事に不平等が起きることは避けるべきではないだろうか。

しかし格差は存在し、それは決して無くならない。

戦後日本が世界有数の経済国になり、そして今はアジア各国が日本を越えていくのは、その差を埋めるために努力しているからだと考えると、この議論の先にはもっと大きな問題があるのかもしれない。
30万円出すのであれば、例えばExpediaやairbnbを活用したら、すばらしい旅行が実現できますよね。

学校という組織の「旅行企画力」はどうなのでしょう?出入りの旅行業者の言いなりになってはいないのでしょうか?

10万円以上出すのであれば、少グループ旅行でも、すばらしい体験を得られます。それ以下でも十分だと思います。

誰かが「修学旅行市場」をディスラプトすれば、大きく変わると思います。

※個人的な見解であり、所属する会社、組織とは全く関係ありません
私の場合は京都だった。

ほとんど何も覚えていない。

旅行先で友人ができることもなかったし、何を見たかも覚えていない。

運動会のほうが思い出深い。

私個人としては、なくしても問題ないような気がする。ただし、子供は寂しがるような気がする。学校時代の思い出作りなら、近場でいいのではないかと思う。
旅行会社にぼられてますね。どうせエコノミーなんだから最安値を狙うべきですが、学校側も前例主義で相見積もり取ったりしないのでしょう。