【戦略】NBA「人を集め過ぎない」ことで作る観戦の価値

2019/12/6
『スポーツの熱狂を作り出す規格外のNBA』。第2回の今回はアリーナを見ていく。プロスポーツにおいてアリーナ(球場、スタジアム)といった「プレー・観戦する場所」は欠かせない。この点においてNBAの発想はスポーツビジネス界で最先端を走っている。

他競技に比べて少ない観客数の理由

  NBAの魅力を際立たせるもののひとつとして外せないのが、試合が行われているアリーナだ。
 魅力溢れるスター選手が繰り出す世界最高峰のプレイに加え、現地で観戦するファンにとっても、テレビやスマホで視聴しているファンにとっても、アリーナの質がその体験に大きな影響を与えている。
NBAにおいて象徴的なのが入場数である。
 昨シーズンの平均入場者数は、ゴールデンステイト・ウォリアーズが19,193人でリーグトップ、最下位のミネソタ・ティンバーウルブズでも16,473人。
 Bリーグで平均入場者数(同時期)のトップだった千葉ジェッツが5,204人だったことを考えると、規模が違うことがよくわかる。
 ただ、全体の平均入場者数が67,405人のNFL、28,830人のMLBと比較すると、NBAの17,864人という数字は決して多くない。むしろ、少なく感じる読者も多いだろう。
 実はNBAは、さらにアリーナの最大収容人数を縮小させようとしている。
 最近は収容人数を2万人弱に抑えたコンパクトなアリーナ作りが主流となっており、直近できたウォリアーズのチェイス・センターが18,064人、その次に新しいミルウォーキー・バックスのファイサーブ・フォーラムも17,500人と、リーグ平均の18,234人を下回る。
人気がない訳ではない。観客を呼ぶポテンシャルはあるけれど抑える──NBAのアリーナ戦略の面白さである。
その理由は何なのか。

一体感を生み出すのはどの規模か?

彼らは、チームとの一体感を生み出し、観客が楽しめる空間をつくるためには、2万人弱がベストだと考えている。
 例えば、広い会場に観客を詰め込むのではなく、客席のスペースを広げることでストレスを減らすことを優先している。
 また、飲食店などの施設を設置することで、観戦以外の部分で満足度を上げることにも余念がない。
 さらにはNBAのアリーナのほとんどはアクセスが良く、移動へのストレスも少ない。むしろ街と一体となった“アリーナ文化”がしっかりと根付いていることもあり、遠方からのファンは街の観光なども楽しむことができる。
 他の競技や興行でも有名なマディソン・スクエア・ガーデンは、ニューヨーク市のど真ん中、街の入り口とも言えるペン・ステーションの真上に位置する。
 日本で言えば新宿駅や東京駅の真上にアリーナがあるようなものだ。
 いかにNBA、そしてそのアリーナが市民に歓迎されているかが分かるだろう。
 試合が始まれば、センターコートの真上に吊られている大型のスクリーンには、試合の模様やハイライト、スタッツなどが映し出され、一体感を演出する。
 そのほとんどがフルHD、もしくは4K対応で、先述したウォリアーズの最新アリーナ、チェイス・センターの大型スクリーンは、横25.22m × 縦16.05mと超巨大だ。アリーナの体験向上に費やされる資本の莫大さが分かるだろう。
超巨大スクリーンを持つチェイス・センター(Ezra Shaw/Getty Images)

コートを「デザインする」

 NBAとBリーグの異なるポイントとして、コートの設置方法がある。日本では体育館にテーピングなどを施してBリーグのチーム仕様にする会場がほとんどだが、NBAのコートは約220枚ほどのパネルを組み立ててできている。
 今年行われた10月に行われたNBAジャパンゲームズでも、組み立て式でさいたまスーパーアリーナにNBA基準のコートが設置されていた。
 この簡単に大きくデザインを変えられる組み立て式を活用したのが、最近NBAで流行している“コートの新デザイン”だ。
 2017-18シーズンにパートナーシップ契約がaddidasからNikeに変わって以降、ユニフォームはホームとアウェイの2種類だけではなく各チームの特色を活かしたものも用意されるようになったが、昨シーズンからはコートも別デザインを使用するチームが増えているのだ。
 チームそれぞれの地域性を取り込むブランディングが活発に行なわれており、例えばブルックリン・ネッツのコートは地域に多くあるストリートコートを意識していたり、ユタ・ジャズのコートは渓谷の夕焼けのイメージでデザインされている。
ブルックリン・ネッツはNBAで初めてグレー色のコートを採用した(Steven Ryan/Getty Images)
 これを通常ユニフォームの時は従来のコート、新仕様ユニフォームの時はそれに合わせたコートにするなど、全体のデザインを統一することでファンの一体感やホームシティとの結びつきを強めることに成功しているわけだ。
 テクノロジー面でも近年のアリーナはものすごい勢いで進化を遂げている。
 NBAの試合を見ていると、コート横のオフィシャルテーブルでレフリーがモニターを眺めながら話し合っているシーンがある。これは、微妙な判定のリプレイを確認するための行動なのだが、ここにアリーナとリーグの最新技術が織り込まれている。
 各アリーナには数々のビデオカメラが設置されており、選手の走行距離や走行スピードを確認できることに加え、微妙なプレーを様々な角度から確認して判定できるようになっている。
 また、コートにある一台のモニターでは十分な検証ができないため、ニュージャージー州にリプレイセンターと呼ばれる施設があり、そこで複数の角度から対象のプレイを確認する形式をとっている。
 最も判断しやすいアングルをレフリーにタイムリーに提供できるような仕組みができているのだ。
(Boston Globe/Getty Images)
 いずれも、アリーナにその投資が行われているからこそ、実現するものである。
 レフェリングについていえば、試験的ではあるものの、今季からヘッドコーチが判定に不満を持った場合、タイムアウトを犠牲に1回だけリプレイを要求することができるチャレンジ制度が運用されている。
 こういったルールに対する柔軟性も、NBAの興行としての面白さの要因のひとつだ。
 第3回では、このエンターテインメント性を重視して独自に発展してきたルールを中心にNBAの魅力を紐解く。
(執筆:大西玲央、編集:日野空斗、黒田俊、デザイン:松嶋こよみ)