【太田雄貴】競技の常識に風穴をあける「テクノロジーの剣」

2019/12/13
 11月5日から11日までの一週間、トークショーや体験会、パラスポーツの競技紹介パネルをめぐるスタンプラリーなど、様々な角度からパラスポーツを楽しむことができるイベント「BEYOND FES 日本橋」が東京のCOREDO室町テラスおよび日本橋周辺で開催された。
 東京都主催の“パラスポーツを応援する人を増やすプロジェクト”「TEAM BEYOND」の一環として実施されたこのイベント。
 2日目となる6日の18時からは、「パラスポーツ2.0 ~テクノロジーがもたらすアップデート~」と題しトークセッションを実施。
 国際フェンシング連盟 副会長・公益社団法人 日本フェンシング協会 会長の太田雄貴氏と、NewsPicks Studios CEO・車いすラグビーオフィシャルアンバサダーの佐々木紀彦が登壇した。
 テクノロジーとスポーツの交点で何が起きているのか。最前線にいるふたりが語る。

40時間で全日本選手権のチケットが完売

太田氏はメダリストとしてはもちろん、フェンシング競技のビジネス化を成功させた人物としても知られている。
2018年に開催された東京グローブ座での「第71回全日本フェンシング選手権大会個人戦 決勝戦」のチケットは発売からわずか40時間で完売した。
太田雄貴 これまで無料でも空席ばかりだった大会に、今はお金を払ってきてくれる人がたくさんいます。
 今年だと6000円のチケットを1800人のお客さんが買い、フェンシングを楽しんでくれた。嬉しいですね。
フェンシングの人気拡大の一助となっているのが、テクノロジーだという。
太田 この動画は、フェンシングのルール説明のために作られたものであると同時に、剣さばきが早すぎて試合内容がわかりづらい、という課題をテクノロジーで解決したものでもあります。
 RhizomatiksやDentsu Lab Tokyoに協力してもらい、ARの技術を用いて剣が光っているように表現し、リアルとはまるで違う見せ方をしました。
 この動画を見た人は直感的にルールを理解することができる。2013年に作られた動画ですが、いまだにテクノロジー×スポーツの動画という軸では最も完成度の高いものとして評価を受けています。
佐々木紀彦 フェンシングは練習相手の必要なスポーツですよね。ARやVRを使って、ひとりで実践練習ができるようにはなりませんか?
太田 まだ実現できていませんが、VRにはすごく期待しています。先日、株式会社gumiが『ソード・オブ・ガルガンチュア』というVRゲームを発表しました。
 主観視点で遊べるソードバトルゲームで、プレイ感は、フェンシングにも通じるところがある。
佐々木 ひとりで練習し続けることができれば、競技の技術はさらに向上していく可能性もありますしね。
太田 そうですね。むしろそれ自体が競技になる可能性だってあります。今ある競技が100年後も残っているとは限らないですから。
 ぼく自身も『フェンシングとはこういうものだ』といった固定概念は極力持たないようにしています。

「表彰台にあがると、誰も応援してくれなくなる」

両選手が車いすに乗って戦うパラリンピックのフェンシングは、健常者・障がい者もまったく同じ条件で競技を行うことができるという。健常者と障がい者が同じフィールドで戦う未来はあり得るのか。
太田 陸上競技においては、障がい者が健常者のタイムを上回り始めています。すばらしいことですが、一方で難しいのは、壁が溶けたときの摩擦。
 ドイツのマルクス・レーム選手(パラ陸上の世界記録保持者)は『最初はみんなすごく応援してくれた、でも、健常者の大会に出て表彰台にのぼるようになってからは誰も応援してくれなくなった』と言っていました。
 人は、自分の立場が脅かされたとき、反射的に防衛反応が出てしまう生き物です。何をアンフェアとするか、制度と気持ち両面からの整理が必要でしょう。
佐々木 テクノロジーの進歩によって、スポーツはF1のような世界になりますね。選手とメカニックチーム、両方の力が組み合わさった戦い、という感じで。
太田 オリパラの壁をなくすことは諦めて、超人ピックみたいなものを作ってしまうという選択肢もあります。
 誰でも参加できる、『DRAGON BALL』でいう天下一武道会のような形にした方が、うまくいく気がしますね。既存の枠組みの中でどうにかしようとしているからハレーションが起こるわけで。

太田に衝撃を与えたパラ選手

イベントの最後、太田氏は「どうしても覚えて帰って欲しい選手がいる」と語りはじめた。
太田 イタリアの車いすフェンシング選手の、ベアトリーチェ・ヴィオです。来年のパラリンピックで世界的スターになるでしょう。
 彼女は健常者として生まれましたが、11歳のときに髄膜炎にかかり四肢を切断。いまは選手をしながら、アニメクリエイターやモデル業にもチャレンジしています。
 インスタグラムのフォロワーはすでに70万人、企業のスポンサーだけで15社と、すでに相当な知名度と人気があります。ぼく、対戦もしたんですが、めちゃくちゃ強かったです。
 そんな彼女と初めて会ったとき、彼女はぼくにこう言いました。
 『みんな自分が生まれた身体でそのまま死んでいくと思っているんでしょう。私は違う。いつか背中に羽が生えるかもしれないとすら思っているのよ』
佐々木 おもしろい!
太田 彼女はまだ19歳でしたが、とにかく達観していて、価値観も世界観も確立されていました。ぜひ、注目してください。
(執筆:富田七、撮影:吉屋亮、編集:株式会社ツドイ、デザイン:松嶋こよみ)