新着Pick
457Picks
Pick に失敗しました

人気 Picker
あらためて事の問題の本質は、本来起こりえない・起こるべきでなかった、ヒトES細胞株とヒトiPS細胞の「確執」だったことが良く解る記事です。
ヒトES細胞株抜きで欧米に挑むのって、例えるなら数段格下なのに飛車落ちでトップのプロ棋士に挑むのと同じくらいの暴挙。第一人者の中辻先生ならではの重い意見。

ちなみに、記事中に触れている直近の下記の結果は衝撃ですが、手前が担当し中辻先生も監修した2013年時点のレポートで、その傾向はすでに確認されていたんだよなあ…!

「潤沢な支援を得ていた京都大学は世界で30位だった。引用件数(論文の質)は58位でした。(中略) 10年間で8位から58位に転落したんです。」

「日本はES細胞の研究を厳しく制限したドイツと並んで、iPS細胞研究のレベルが世界平均よりも下という結果。」

エルゼビア・京大iCeMS合同調査 ‘Stem Cell Research: Trends and perspectives on the evolving international landscape’ (2013年12月)
https://www.elsevier.com/research-intelligence/resource-library/stem-cell-research-trends-and-perspectives-on-the-evolving-international-landscape
中辻先生のTwitterをフォローしている人や本を読んだことのある人ならわかると思いますが、iPS細胞偏重の日本の戦略に以前からかなり強く反対されています(山中先生の考えがどうとかとなると主観的なものになってしまうため、ここでは文部科学省の意向や予算配分も含めて「日本の戦略」とします)。

ES細胞とiPS細胞の両方を含めた幹細胞研究の重要性は、中辻先生の本『幹細胞と再生医療』(丸善出版)に書かれているので、ご興味をもった方にはおすすめです。

追記
中辻先生のツイートです。

“このネット記事は科学者個人の関係に焦点絞り過ぎで、私の考え全体像ではない。→日本の幹細胞や倫理巡る問題について、私が思索を重ねてきた全体を1時間語った、同志社大良心学センター主催の公開シンポの公開動画を御覧になって欲しい。直後のパネルディスカッションも有益。 “
http://ryoshin.doshisha.ac.jp/jp/activity/20191105/

https://twitter.com/norionakatsuji/status/1199848106533064704?s=21
思い出話になります。大学院博士後期最終年に論文を書き終え、若い頃インターンシップをして関わったのがリプロセルでした。

中辻先生と中内先生が Co-founder として設立されたリプロセルは、当時のビジネスモデルとしては記事中の培地がその主力製品でした。2017年のヒトのiPS細胞作製の論文のMaterialの頁にリプロセルの商品名が記載されたことが、リプロセルのビジネス、その後の上場に貢献していました。
私のミッションは、(当時)日本では大きくシェアをとったリプロセルが、海外にうって出るにはどこに支店を建てるほうが良いか?の答えを提案することでした。ヒトのiPS細胞樹立から5年がたち、国外では STEMCELL Technologies等の培地がシェアを取っていたからです。

そのマーケティング調査をエルゼビアの Scopus という論文データベースを使って、ES細胞とiPS細胞の論文を引用している論文を逆引きして、どこの地域で研究が盛んなのかスコアリングし、マッピングしました。
その結果、アメリカでもカルフォルニア地区、あとバルチモアがスコアが高かったですが、ハーバードやMITがあり、世界トップレベルの病院が集積するボストンのロングウッドメディカルエリアが群を抜いていたことを思い出します。

記事中の調査は 2017年発表。論文データベースの調査は、分析期間、論文の分析方法一つとっても主張したいことによって抽出できますので、是非、個々がデータを自由に判断できるように引用情報も一緒に載せていただければと思います。分析対象の期間を考えることは特に大事です。

その調査後、ボストンに建てることになり、当時の営業部長と一緒に自前のオフィスを設立するに至ります。2012年のノーベル賞受賞のニュースは私はボストンにAirbnbでステイしていたベッドの上で知りました。興奮してオーナーに熱く語りましたが、さぞ迷惑だったでしょう。

上場後はボストンでも存在感のあった会社を日本の小さなスタートアップであったリプロセルが買収し、当時はボストンに乗り込んできている和製バイオベンチャーは殆どありませんでしたから領事館にもとても応援してもらいました。

中辻先生や、記事中で言及される研究者の先生たちの今に至るまでの幹細胞研究、社会における貢献は多岐にわたり、計り知れません。
山中先生を引き上げてノーベル賞受賞の素地を作ったのに、のちに大きな確執を持つようになった中辻先生へのインタビュー。今回もとても読み応えがある。ただ、この連載はここまでiPSへの逆風ばかりクローズアップしているから、最後に山中先生本人からの反論も聞きたい
ES細胞研究の第一人者の中辻教授からの「景色」。ある事実はそれぞれの立場・価値観から違った見え方がするから、多角的に見ていくことが重要だと思っている。
毎日同じようなコメントで恐縮だが、技術オプションは広い方が良いと思っている。だからこそ、iPSシフトしたときのES細胞の扱いが良かったのかは検証・学習すべきだと思うし、一方で今もiPS細胞への研究投資をどこまで絞るべきなのかも論点。その観点で記事の中辻教授の『最も残念だったのは、一緒にES細胞を研究してきた、信頼してきた人たちに対して落胆したというか。ES細胞も大事だよと、なぜ、みんなもっとハッキリと言わなかったのか。』という言葉は重いと思う。

インパクトファクターは、ES細胞が長く研究されていて世界的な研究者層も厚みがあるだろうから、日本が黎明期のiPSシフトすれば下がるのは自然だと思うし、それがリスクを取ったということ。
その中で『ES細胞とiPS細胞は、細胞株の樹立方法以外、全ての利用方法とノウハウ・特許が共通な、「1つの分野」なんです。』という言葉がある。例えばiPS細胞のためにES細胞のように開発していた培地が貢献したように、今のiPS細胞のなかで共通領域と非共通領域がどうなっているのかが気になった。
共通領域が多ければ、ES細胞への研究投資が増えてそちらでも検証が進めば回復していく可能性もあるわけだし、技術オプションとしては増えているわけなのだから。

完全に脱線するが、2002年に「ヒトクローンを認めるべきか」というテーマでずっとディベートをしていた。その時に論旨として「クローン→クローンES細胞→免疫抑えられて回復」というのが多かった。
その時にES細胞関連で中辻教授の研究をエビデンスとしてよく使っていて、懐かしく思い出した…それから約20年。でも研究ってそういうものだと思う。
「──声を大にして異を唱える人が少なかったのは、国に楯突いて研究費を失うことが怖かったからでしょうか。
2001年の政府指針策定で、社会的合意が定まったはずのES細胞の倫理問題を蒸し返して、煽る強風が吹いて、iPS細胞は素晴らしいという強風が吹いた。
そして、iPS細胞だったら研究費をいくらでも付けるという「暴風」が吹いたんですね。
そこには、日本特有の忖度もあったと思います。しかも、専門家や科学に関わる人が、それをやってしまった。それが最大の理不尽だったと思います。」
「その結果がどうなるかは、いずれ誰の目にも明らかになるでしょうから」という言葉には、凄みがあります。それくらいの気概があってこそ、今のES細胞がある。

iPSとESの両方が切磋琢磨して、人類に貢献してくれそうです。
ブームの光と影。ホットワードに人が群がりお金が集まるのは想像の範囲内。二兎を追わずだったんですね。扱いずらさから陰に追いやられた側のお話。
大きな流れに逆らえない時も、地道に研究をつづける人たちがいる。

多角的なインタビュー、非常に学びが多い。
日本の場合、研究機関や大学よりも、企業の方がまだ合理的だと思います。
大学には、まだまだ派閥や年功序列、権威主義、秘密主義、排他的な傾向が色濃く残っていると感じます。
今後、研究成果を上げていくためにも、大学や研究機関のコンプライアンスは、抜本的に変えていく必要があると思います。

>日本特有の忖度もあったと思います。しかも、専門家や科学に関わる人が、それをやってしまった。それが最大の理不尽だったと思います。
明日は松本元総長ですか。核心に迫ってきます。まさか本人登場もあるのか?いろんな方向から読まないと分からないものだ