「初期の失敗が後の成功を生む」マインドが、実は効く

研究者としてキャリアを歩み始めた若い研究者が2人いる。ひとりは重要な助成金を勝ち取り、もうひとりは同じ助成金を逃した。将来的に、どちらがより大きな成功をつかむだろう?
「考えるまでもなく助成金を得た研究者が成功する」と考える人も多いだろう。特にキャリアの初期には、成功が連鎖的に成功を生むと考えて、失敗はさらなる失敗に繋がると考えがちだ。
一方、「厳しい試練はあなたを強くする」とポジティブに信じている人は、助成金を逃した科学者のほうが、初期の失敗から恩恵を受けると考えるかもしれない。
ノースウェスタン大学ケロッグ経営大学院で経営組織学を研究するダシュン・ワン准教授と、経営戦略を研究する教授ベンジャミン・F・ジョーンズは、こう問いかける。「"失敗から強くなる"という言葉は、苦境にある自分を励ますためによく使われる。しかし、本当に意味があるのだろうか?」
ワンとジョーンズ、そしてケロッグ経営大学院の博士研究員ヤン・ワンが発表した論文によれば、正しいのは楽観的な「初期の失敗が後の成功を生む」マインドだという。
実際、米国立衛生研究所(NIH)の重要な助成金を僅差で逃した研究者たちはその後、助成金を得た研究者たちに比べて、高評価の論文を数多く発表している。長期的に見れば「敗者の方が成功している」とワンは述べる。
研究チームの分析は「失敗が挫折した科学者たちの後押しになり、その後の改善につながった」と示唆している。まさに、試練が科学者たちを強くしたのだ。

キャリア初期に経験した失敗の影響を測る

今回の研究の対象になったのは、R01と呼ばれるNIHの助成金だ。NIHでは最も古く一般的な助成金であり、生物医科学の分野では、キャリア初期の研究者にとって極めて重要で、若い学者が終身雇用資格を得るための確実な道となっている。
NIHの評価プロセスも、この助成金を選択した理由の一つだ。研究者がNIHに助成金を申請すると、専門家委員会が評価し数値スコアが出される。その後、全体の予算に応じて境界線が設定される。上位15パーセントの申請が助成金を獲得し、残りは切り捨てられるといった具合だ。
研究チームにとっては、惜しくも助成金を逃した申請("惜敗"グループ)と、辛うじて助成金を受けられた申請("辛勝"グループ)を特定しやすいということになる。
助成金を申請してからの5年間を比較すると、惜敗グループの科学者たちは特定分野で1年間に引用された回数が上位5%に入る、いわゆる「ヒット」論文を発表する確率が高かった。
研究チームは、惜敗グループと辛勝グループの両者を比較することにした。科学者のキャリアという視点からさまざまな測定を行った結果、2つのグループは「一卵性双生児」のようにそっくりだったとワンは述べる。
助成金を申請した時点では、2つのグループの科学者に差はなかった。キャリアの期間や、発表した論文の本数、論文が引用された回数はほぼ同じだったのだ。
言い換えれば、初期のキャリアにおける重要な違いはただ一つ。辛勝グループは100万ドル超の助成金を受け取ったという点だ。「問題は10年後に、この違いがどれくらいの違いをもたらすか、です」とワンは話す。

仮説検証:失敗に強い人が生き残ったのでは?

初期の成功または失敗がキャリアにどれくらいの違いをもたらすのか、研究チームは惜敗グループ523人と辛勝グループ561人のその後を分析した。
両グループは申請後も同じ程度のペースで論文を発表していた。しかし意外なことに、惜敗グループの科学者たちの方が「ヒット」論文を発表する確率が高かったのだ。助成金申請後の5年間を比較すると、惜敗グループの科学者たちが発表した論文のうち16.1%がヒット論文だった。対して、辛勝グループは13.3%だ。
惜敗グループが辛勝グループ以上の成果を出した正確な理由を突き止めるため、失敗に「ふるい分け効果」がなかったか検証した。つまり、助成金を得られずに諦めてしまった学者が排除され、惜敗グループには失敗にめげない強集団になったという仮説だ。
一見すると、もっともな仮説のように感じられる。実際、助成金申請を拒否された惜敗グループではその後、12.6%の人がNIHの助成金制度から姿を消した。これは、研究者としてのキャリアを諦めたということだ。
しかし辛勝グループのなかでもヒット論文が少ない科学者のデータを排除し、両グループとも優秀な科学者のみを比較して分析しても、「ふるい分け仮説」だけでは惜敗グループの科学者たちの成功を説明できないことがわかった。
ヒット論文を発表する確率は惜敗グループの方が高かったのだ。
ワンとジョーンズは、ほかの仮説も検証してみた。惜敗グループの科学者たちが、「影響力のある共同研究者を探した」、「別の研究機関に移った」、「研究テーマを変えた」、「流行りの研究分野に参入した」といった仮説だ。
分析の結果、惜敗グループの科学者たちが「人気テーマ」の研究を始めた証拠は確かにあったが、両グループの成果の差を説明するには不十分だった。

転んでも再び起き上がる

挫折を味わった科学者の成功を明確に説明できる外的要因が明らかになっていない。これはつまり、失敗のために優秀になったと考えるのが妥当、つまり「試練はあなたを強くする」という言葉が多少なりとも正しいということだ。
ジョーンズは、とても勇気づけられる結果だと述べている。「粘り強くやり抜くべきだとよく言われるが、敗北から価値ある何かを得て、さらに改善できるというのは驚くべきことであり、とても励みになる」
またワンは、失敗が持つ力についてもっと知りたいと考えている。これは科学の世界に限定されたことなのか。ほかの世界でも、失敗に直面した人が成功することはあるのだろうか。両グループの差について、データでは検証できない別の説明が存在するのだろうか(これはワンの冗談にすぎないが、惜敗グループの全員が毎日30分早起きし始めたのかもしれない。「本当かどうかはわからないけれどね」)。
失敗は成功につながる。ワンにとって、この逆説的な考え方には深い意味がある。ワンだけでなく、すべての人に、諦めてはいけないと思い出させてくれるからだ。
もし何かに失敗して苦労していても、粘り強く取り組み続ける限り、「成功できた世界線にいるパラレルワールドの自分」よりも成長することができる。
「失敗は破壊的なを持っているが、同時に、失敗は人々の糧になる」
この記事は「Kellogg Insight」で公開されたもので、ケロッグ経営大学院の許可を得て掲載されています。
原文はこちら(英語)。
(執筆:Susie Allen、翻訳:米井香織/ガリレオ、写真:Zentangle/iStock)
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This article was translated and edited by NewsPicks in conjunction with HP.