脳神経科学からみた、未知を切り拓く「希望」の正体

2019/11/26
高校を中退後、モデルを経て留学、米国のUCLA(カリフォルニア大学ロサンゼルス校)の神経科学部を飛び級卒業。帰国後、新しい教育を創造すべく「DAncing Einstein」社を設立。脳×教育×ITの掛け合わせで、世界初のNeuroEdTechという分野を研究している。最新の論文から導き出された脳の働きを理解したうえで効果的な教育方法などを研究開発。企業はもちろん学生や教師も巻き込むなど、いま教育界で注目されている若手起業家。
 経歴を見れば「高校中退」の文字。ふと目を横にやると米国の名門大学UCLAを飛び級で卒業し、起業家になっているという不思議なキャリアの人がいます。
 脳神経科学×教育×テクノロジーという分野「NeuroEdTech」を開拓しているDAncing Einstein代表の青砥瑞人さん。
 青砥さんは、人には希望を感じる「HOPE脳」と呼べるものがあると言います。前編では、脳科学の観点と自身の経験から「HOPE(希望)とは何か」を語っていただきました。

予測不能な世界に足を踏み入れる力

──脳神経科学の観点から見て、「希望」は存在するのでしょうか。
青砥 「希望」というものがある、と科学的に定義されているわけではありません。ただ、そうとしか思えないような脳の力があります。
 まず、「希望」を神経科学で捉えようとした時に、人にとっての「良い」とか「価値がある」とかいう評価がどう生まれているのか、が重要な観点になります。その一つの答えとして、「何が自分にとっての価値なのか」を細胞分子レベルで記憶に刻み学習していく、「価値記憶」という人間の脳の特性があります。
 たとえば「お金」ってみんな欲しがりますよね。そもそも、なぜ人はお金を求めるんでしょうか? なくなったらすごく不安になるし、たくさん持っていてもさらに求めていく。
 だけど、1万円札は紙ペラですよね。赤ちゃんや小さい子に1万円札を渡して、すごく喜ぶかっていうと喜ばない。むしろお菓子やオモチャをあげる方が喜びますよね。それはお金でご馳走を食べるというような、快感を伴う体験がお金と結びついて何度も記憶されていくから、お金に価値を見出していくんです。
 大人になればなるほど、衣食住などあらゆる快感を覚える体験を自分で買えるようになるじゃないですか。お金を稼げるというのは、そういった意味で非常に価値があり、素晴らしいことです。
 でも、実はお金そのものに希望はないんです。「100円があったらジュースが買えるな」とか、「ここに勤めると何千万円がもらえる」という価値記憶に基づいた「報酬予測」であって、それを希望とは呼びません。

誰もが持つ「HOPE脳」の正体とは

──では何が「HOPE脳」と言えるのでしょうか。
 それは「報酬予測」と正反対の「予測不能な世界に足を踏み入れる力」のことです。「曖昧でどうなるかよくわからない、報酬予測が立たない時でもモチベートされる脳の状態」こそがHOPE脳と呼べるでしょう。世界を旅する探検家や、研究者なんかわかりやすいです。ほとんど報酬予測をせず、ワクワクに身を任せて熱中していますよね。
 自分にとって「未知な世界」に踏み出した経験って、誰しもあると思います。曖昧で不確かな世界に飛び込んでみて、なんとかやり切る経験を繰り返した人たちは、再び不確かな世界に向き合ったとしても、そこに何かを見出して、踏み出すことができる。
 報酬予測が立たない先に、何か可能性があることを脳が学習している。根拠のない自信とも言えますね(笑)。これは非常に「高等」な脳の使われ方です。
 そもそも人間は、生存本能としてリスクに反応しやすい。不確かで危険な世界に対して、危ない、怖い、不安という気持ちが前に来るようにできちゃっている。これは動物もそうです。それでも、リスクを踏まえて、それを制御して前に踏み出せるからこそ、HOPEなんです。
 脳の部位についての身体的な話でいっても、我々の脳って後ろから前側に向かって発達していますが、HOPEに反応する部分は脳の眉間に近いところ、その最先端にあるんです。
 このHOPE脳は、経験によって育まれます。つまり経験がないと、希望は持ちづらい。これからの教育はそこを育んでいけるようにするべきです。子どもたちであれば、新しい出会いの機会は常に曖昧でチャレンジングだと思うので、実践してもらって「不安だったけど、結局なんとかなったよね」とまわりから声を掛けて、何度も脳にインプットさせること。そうすると、HOPE脳になりやすい。
──その経験の育み方については、あとでじっくり伺うとして、脳神経科学では、実際に研究分野として「HOPE脳」が存在するのでしょうか?
 正確には“不確かさドリブンの探索機能”といいます。不確かさにドライブされる人と、保守的な人は何が違うのか、の研究があります。
 そこの研究で明確になったのが、脳の一番先端部分の活動量の差なんですね。不確かさドリブンで何か探索するのは、そこに対して希望や可能性を見出しているからだ、と近似的に言う人もいます。

「僕は、逃げた人間だ」

──では、学生のように成功体験が少ないと「保守的な人」になりがちなんでしょうか。これまで何も成し遂げたことがない学生のほうが多いはずです。
 それが違うんですよね。一般的に、みなそれを「成功体験」と言いますが、「成長体験」が大事なんです。成功って、社会の尺度に照らし合わせたものですよね。1番になったとか。
 そうではなくて、自分にとって自分が成長した体験が大事です。初めて逆上がりができた時、自転車に乗れた時、部活で厳しい練習を乗り越えた時、問題が解けた時、人前で話せた時。それらを体験するだけではなくて、自分の脳の中に刻み込む必要がある。
 今の社会は、あまりに他者との比較で自己の成長を測りすぎる。それが完全に悪いわけではないのですが、自分の中での成長にもちゃんと目を向ける必要があります。
 どんな偉人を顧みても、自己啓発本を読んでも「自分を見なさい」と言っている。自分を見なさいっていうのは、自分の「過去の経験を振り返って、価値あることを自分のなかに記憶の痕跡として残すこと」です。これがなかなかされていないんですよ。
 思い返してみれば、誰だって挑戦して何かを乗り越えている。達成感を味わう瞬間がある。そして、達成するまでの過程で苦しい瞬間もあったはずで、そこで止まらなかったのは見えない成功を信じていたから。
 どんな些細なことでも、これまでできなかったことができるようになった、どうなるかわからないことがどうにかなった、そういう経験は誰にも必ずあります。見えない成功を信じられるのも、そういった成長の経験をどれだけ強く脳に記憶として保持しているかに依存するんです。
 そうすると、なかなか見えない成功に対しても、なんとかなる、なんとかするっていうHOPEを脳が感じさせてくれます。みんなHOPEを持っている。これを記憶として刻み込んでいないだけなんです。
 僕だって今はインタビューを受けて、こうしてHOPEを語るようになりましたけど、元々は何者でもなかったし、高校さえ逃げ出した人間です。高校まで野球漬けの人生で、怪我をした時にプライドが邪魔して、勝手に被害妄想にとらわれて逃げ出した。その後、4年以上もフリーターをしていました。
──その話、くわしく聞かせてください。
高校中退、フリーターだった僕がなぜHOPEを語れるのか
苦難と成長を同時に記憶せよ──HOPE脳のつくり方
(編集:中島洋一 構成:日野空斗 撮影:西村明展 デザイン:月森恭助)