どの企業も「柔軟な働き方」を追い求めているが、「そうはいってもやりたいようには働けない…」と感じるビジネスパーソンも多いはず。
実際のところ、従業員の新しい生き方・働き方は、企業の「働き方改革」施策を待っていても始まらない。しかし「手段としての働き方改革」がまだまだ制度として行き届かなくても、私たち働くひとりひとりの心次第で、柔軟に仕事を楽しむことができるのではないか。
本連載では、誰もが今日から実践しようと思える、優しいマインドセットを書籍『CHANGE─未来を変える、これからの働き方─』(谷尻誠〔著〕、エクスナレッジ)より、4回にわたって紹介する。

#1 【谷尻誠】仕事の悩みの本質は、3回「なぜ」を繰り返すと見えてくる【全4回】
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満足する成果をあげるために、人の「欲望」をつかむコツ

現代における仕事のほとんどは、他者との関わりで成り立っています。ひとりでコツコツとものをつくる人だって、そこには他者の希望なり思惑なり事情なりが介入しているだろうし、完成したものも他者の手に渡るのですから。
となれば、仕事をするうえで必要なのは、他人が何を望んでいるのかを知る能力ではないでしょうか。
でもそれを知るのってすごく難しいんですよね。いい仕事をして相手も自分も満足するためには、望みというより「欲望」とでもいうべき本当の目的を理解しないといけない。でも相手はたいてい本当のことを言ってはくれないし、そもそも相手自身が自分の本当の欲望に気付いていない場合が多いんです。
本当の目的は何なのかを知るにはどうしたらいいか。僕は相手の価値観を知ることがいちばん確実な道だと思っています。価値観とはつまり、〝何を重視しているのか〞ということですね。
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住宅の設計を依頼されたとしましょう。まずはクライアントとなるお施主さんとの打ち合わせで、おおかたの望みを知ることはできます。「キッチンを中心に暮らしたい」「明るい家がいい」「ローコストで」「ペットといっしょに過ごせるように」「収納がたくさん必要」などなど。
でもそれはお施主さんが望んでいることのごく一部でしかありません。そこからさらに深く細かく相手の望みや価値観を知り、本当に喜んでもらえる家まで引き上げられるかどうかは、建築家の腕や感性にかかっています。
さて、お施主さんの価値観を知るための次なる方法のひとつが、その人が今住んでいる居住空間に行くことでしょう。暮らしぶりや現状の家の問題点、持っているものの量を知ることも大切ですが、例えば洋服のブランドや食器の選び方に大きなヒントは隠されています。
クローゼットを見れば、本当に洋服が好きな人なのか、それとも洋服で表面を飾りたい人なのかがわかる。どこに価値基準をおいてものを選んでいるのか、何のプライオリティが高いのかが見えてきます。それは満足度の高い住宅をつくるうえでとても役立つ情報です。
では、家を訪ねたりできない関係の人の場合、それを知るにはどうしたらいいか。僕は無駄話をよくします。好きな食べ物、好きなアートや音楽、どんな本を読んでどんな映画を見ているか、仕事とは関係のないことを聞いて、価値観を知ろうと努めます。
中でもよく聞くのは、部活の話。学生時代の話を聞くのが好きですね。それがスポーツだとわかりあえるポイントも多いような気がするのは、自分がバスケに夢中だったから。スポーツならば個人技だったのかチーム競技だったのか、どれくらい続けたのか、それによって成功体験を得たことがあるのか、どんなポジションだったか...。
部活をしてなかったのなら、じゃあ学生時代は何をやっていたのかと聞いてみます。どちらにしても、これからいっしょに仕事をつくりあげていける相手なのか、ただの発注者なのかを見極める材料を探り出そうとしているんです。
いろいろな仕事をしていると、中には「挑戦しろ!」と言って自由につくらせておいて、いきなりハシゴを外す人もいるのですが、昔話をすると、そういうことをしそうな人にはその片鱗が見えたりもします。
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もうひとつ、相手の価値観を見極めるうえで僕が大事にしているのは、その人が「気遣い」できるかどうかです。そして、それを見極める判断材料になる(と僕が思っている)のは掃除の話。
掃除って、きれいにしたいという自己満足を満たすものでもありますが、掃除をすることでみんなが気持ちよく働けたらいいなという思いも含まれていると思うんです。つまり、「自分のため」と「人のため」の問題がいっしょに解けるものなんですよね。
考えてみるに仕事というものも、自分のためになり、同時に人のためになる解を見つけなくちゃいけない。なので、本質的なところでつながっていると思います。
もちろん、話すのはそんな大仰なことではなく、もっとたわいのないことです。例えば、これからいっしょに仕事をするかもしれない相手との会話の中で、「僕、トイレの便座のふたが開いてるのが、すごく嫌いなんです」とわざと言ってみるんです。
あるいは「ゴミが落ちているのに誰も拾わないと、気になる。ゴミを拾ったほうがみんなも気持ちよくなるはず...って想像できない人が、美しいものなんてつくれるはずがないんです」と言ってみる。それに対して「ああ、それわかりますー」ってのってくるか、イマイチ反応が悪いかで、相手の美意識というかセンスがなんとなくわかったりします。
ゴミが拾えるかどうかって大切だと思うんです。事務所でも、人が通る通路に荷物がはみ出しているかとか、脱いだままの靴が無造作に置いてあるとか、ティッシュペーパーが適当な箱のまま机の上に置かれているのがとても気になる。
そういう時は、「こんな状態でも、平気で仕事できるんだなあー」ってわざと嫌味っぽくスタッフに言ってみる。片付けろとは言いません。気を配ってほしいんです。気配りができるというのは、「これから現場で起こりうる問題を予測して行動する能力」があるということです。
車の運転でも、バックし始めてから場所を確認するのではなくて、バックする前に場所をちゃんと確認してバックするということ。「気配り」や「気遣い」ができるかどうかは、あらゆる行動に出ます。
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住宅のケースに戻りますが、お施主さんでも、掃除の話をするとその人の思考性があぶり出されます。「この施主は気遣い、つまり予測するのが苦手な人なのかな」と感じたら、もう少し踏み込んで話を詰めないといい家にならない…というのがこれまでの経験から感じていることだったりします。
例えば「収納をたくさんつくってください」と希望が出された場合、その背景には二種類あるんです。本当に収納スペースが足りない場合もあるけれど、意外と多いのが、ただ単に片付けられないとか買い過ぎているという問題を、収納が解決してくれると思っている人。
気遣いができて考え方がシビアな人は、必要かどうかを予測しながら買う。だからつくられた収納スペースの範囲で気持ちよく生活できるけど、やみくもに買う人はいくら収納があっても意味がないんです。なぜなら「収納」というスペースがあればあるだけモノが増えるので。
こうなるといくら収納が充実した家を建てても、いつかは不満が出てしまう。だからそういう時は、買い方や買うことの意識自体をちょっと改革したほうがいいと思いますよと伝えます。
※本連載は全4回続きます
(バナーデザイン:小鈴キリカ、写真:iStock)
本記事は『CHANGE─未来を変える、これからの働き方─』(谷尻誠〔著〕、エクスナレッジ)の転載である。