【削除されました】養殖物2019年11月に17日(日)
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新型カローラ試乗記2
カローラの歴史
初代カローラは1966年11月にリリースされた。
1964年、長谷川龍雄主査が1000cc新型車企画について、販売の神様として有名な神谷正太郎初代トヨタ自販社長の了承を取り付けたことから始まる。
長谷川主査は国民車構想から企画された初代パブリカがあまりに簡素な造りの為に商業的に上手くいかなかった経験から、今後大衆向けにより高級な新型車が必要であると考えていた。
しかしながらトヨタ自工社内では時期尚早との判断によりこの新型車企画は通らず、神谷正太郎氏に相談。神谷氏はこの企画に賛成するだけなく、返す刀で「これなら月販1万台いける、作れるのか?」と。
これを受け、トヨタ自工は月間2万台の生産能力を有するカローラ専用の高岡工場を建設。その当時トヨタ全体でも月間4万台程度の生産能力であり、まさに社運を賭けた大博打だ。
更に追い討ちをかける様に、その頃カローラに先じて日産が1000ccの新型車を発表し、名前を一般公募した。
その名はサニーと決まった。
絶対に負けられない。開発終盤にも関わらず排気量を1100ccへ急遽変更。エンジンだけでは無い。10%もアップするのだからトランスミッションやデフ含むパワートレイン全て検証やり直しだ。
そしてなんとかリリースに漕ぎ着けた。
フタを開けてみればカローラは日本市場で好意的に迎え入れられた。
100ccの余裕と言う有名なCMも去ることながら、3ベアリングのサニー用A型エンジンに対してカローラ用K型は5ベアリング。今後高速性能が重視されると睨んで空気抵抗を減らす為エンジンを傾けて搭載しボンネット高を下げ、前面投影面積を減らす。
コラムシフトが一般的だった時代にフロアシフトを採用。上質かつ高級高性能が評価されヒットした。
ここまで初代カローラの話でお腹いっぱいになってしまった。この後はカローラと言うクルマに敬意を表しながらも、端折る。何せ登場から53年も経過してるクルマなのだ。全て書いてたらキリがない。
続く…昨日から痛風が一気に悪化しました。
靴も履けないので外出は無理。
家で大人しく養生しています。
【今日の歴史】
1659年の今日フランスとスペインはピレネー山脈を両国の境界とするピレネー条約を締結した。
24年にも及ぶ両国の戦争はフランスの勝利に終わり、イベリア半島に封じ込められたスペインは欧州における覇権を事実上失った。本日は狩り始め。
狩猟は15日解禁でいいとこ無いかな~と、伊勢原の射撃場行く前に山に入ってきましたがやはり近郊は難しいですねー。
地元の方と少しお話ができたのですが、他のチームがあるようなので単独で入るのは怖い。
誤射するのもされるのも嫌なので。
今日はいつもの人と集まって巻き狩り。
頑張って🍖獲ってきまーす!😆