【対談】“強いコーポレート部門”が描くメルカリの成長戦略とは

2019/11/26
 国内フリマアプリの月間利用者数が1450万人を突破したメルカリ。2019年2月にスタートした決済サービスのメルペイも、後発ながらフリマアプリとのシナジーという優位性を武器に利用者数は500万人を超え、スマホ社会の新たな決済手段として浸透しつつある。

事業を整理し、選択と集中を強める同社が今、目指す未来はどんな姿なのか。コーポレート部門を率いる執行役員VP of Corporateの横田淳氏と、同社社外取締役で元楽天CFOの高山健氏が、新しいステージの成長戦略とそのために不可欠な「会社づくり」について語る。(全3回)

メルカリは「第二創業期」を迎えている

──柱である国内フリマ部門に加え、金融サービスのメルペイも急拡大しています。今メルカリはどういう局面にあるのでしょうか。
横田 フリマアプリで成長してきた時期や多くの新規事業チャレンジを進めた時期を創業期とするなら、今は第二創業期に入ったタイミングであるといえます。
 国内のフリマアプリ事業に加え、決済サービスのメルペイと米国でのフリマアプリ事業であるUS版メルカリという3つの事業を3本柱として、全体を底上げしていく局面にあります。
 私は財務経理、法務、ガバナンス、コンプライアンス、IRなどを担うコーポレート部門を指揮していますが、社員数が1800人を超えてきた今、求められる業務の質もこれまでとは全く異なってきていることを実感しています。
 同じ業務であっても中身は複雑化し、より高い専門性や複数の領域にまたがった業務や判断が求められるようになってきました。
高山 「事業づくり」と「会社づくり」は似て非なるものです。横田さんが指揮するコーポレート部門は、まさに企業の屋台骨となる「会社づくり」を担う部門ですね。
 企業はコーポレート部門を中心に、ヒト・モノ・カネ(内部資源や経営資源)が循環しています。当然ながら、規模が大きくなるほどかじ取りは難しくなり、知恵を絞るだけではどうにもならないことも増えてきます。
 たとえば100人だった社員が10倍の1000人になったとしたら、事業の規模も比例して10倍になるというのでは当然ながら、不十分です。
 会社の規模が10倍になったら、事業は100倍、1000倍にしていくスケール感が理想で、そういう局面に立った時にこうした効率的な事業拡大ができるかどうかは、まさに会社づくりにかかっている。
 基盤がしっかりできてないと、成長には早々に限界が来てしまうんです。
 さらに言えば、国内メルカリのようにある程度基盤が確立しているビジネスと、これからダイナミックに成長していくことが求められるメルペイ事業、そして国内とは異なるフィールドで展開するUS版メルカリと、ステージが全く異なる複数の事業をまとめあげるプラットフォームづくりというのは、なかなかの大仕事になりますね。

変わり続けないと勝ち続けられない

横田 まさに、おっしゃる通りの課題感を抱えています。米国でのチャレンジももちろんですが、メルペイもメルカリと連携するエコシステムを持つスマホ決済として過去に例のない新しい事業です。
 参考とする前例があまりないので、慎重な判断と厳密なリスクマネジメントが求められます。この先の大きな飛躍を実現するには、こうした高度に複雑化していく業務に対応できるよう、会社の骨組みから作り替えていく必要があると感じています。
高山 共通言語のような仕組みも重要になってくる時期ですね。今、コーポレート部門で特に力を入れているのはどういう取り組みですか。
横田 経理や財務、IR、法務などの各領域や、それらを横断するものも含めて業務の枠組みの再構築をしているところです。
 たとえば予算管理では、企業規模が大きくなるほど問題は見つけにくくなり、月次決算を待っていると手遅れになりかねないので、3事業すべての指標を毎週集計し、計画との乖離(かいり)を発見するモニタリングの仕組みを作り直しています。
 今は週次でトライしていますが、領域によってはデイリーでのモニタリングを求められるものもあり、仕組みそのものだけでなく、頻度も模索中です。こうしたプロジェクトは、部門内で30本ほど走っています。
 「体感なきマネジメント」という状態も、目指す姿のひとつです。たとえば、ICカードによる入退室管理はそれだけでセキュリティ上の効果はありますが、こうした入退室のデータを労務管理や会議室利用の効率化などもっと別の用途にも生かしていきたい。
 スタッフや事業部に新しい行動を求めることなく、何も変わっていないように感じても、実は効率化や業務サポート、福利厚生などがどんどん進化していく状態が理想です。
高山 メルカリの強みは、そうやって自ら変わろうとする姿勢が強くあることじゃないかな。
 特にコーポレート部門というのは、うまく回っているのが当たり前で問題が発生するとたたかれるような部門だから、変化やチャレンジを避けるインセンティブが働きやすくなります。
 本来は現状で大きな問題がなくても、工夫や改善の余地とその効果は大きいのだけれど、進化していくことをためらう組織はいまだに多い。
横田 それはまさに当社のバリューであるGo Bold(大胆にやろう)から来ている姿勢ですね。私の中では、常に変わり続けないと勝ち続けられないという感覚が体に染みついています。
 チャレンジを続け、生き残るためには、自分自身の変化を恐れない姿勢が必要です。当然、自分たちで苦労してつくったものを、自ら壊しにいかなければならないこともあるわけですが、それこそちゅうちょなく“Go Bold”にやっていかなければならないことです。
高山 コーポレート部門は、企業が企業であるための基盤ですから、先回りして自走できることが不可欠です。事業部門がビジネスをつくっていくプロセスには、事業の人たちには思いもよらないけれど、重要なことというのは意外と多くある。
 こうしたポイントをアイデアや仕組みの形で提供し、問いかけていけるコーポレート部門を持つ企業は強いんです。経営側が必要とする情報を提供するのは当然にしても、彼らが気付かない重要な要素に対する問題提起もできるのが理想ですね。
 横田さんの取り組みは、まさにこうした一段強いコーポレート部門への脱皮につながると思います。

コーポレート部門に必要なのは「韮型人材」

横田 前職のサイバーエージェントでもこうした局面を経験しましたが、メルカリでのチャレンジはさらにハードルが高い。
 でも、高山さんをはじめとして、企業の成長を支えてきた先輩方はだれもが通った道です。今はこうした枠組み作りを一緒に担える仲間の採用にも力を入れています。
高山 どういった人を求めているのですか。
横田 今、社内でも「韮」型の人材を目指そうという取り組みをしています。人材開発の領域では、I型、T型、H型人材といったキーワードがよく使われます。
 深い専門性を持つスペシャリストをI型、専門性に加えて幅広い知見を持った人材をT型、他の専門性を持つ人材とつながりを作れる人をH型と表現しますよね。
 これらの人材をもっと進化させたいと思ったとき、「韮」という漢字にたどり着いたん です。「韮」は、2本の縦軸から左右に横の線がたくさん生えていて、上にも草かんむりが広がっています。
 私たちが求めるのは、I型、T型、H型の人材にもっと広がりを持ってもらって、深い専門性を持ちながら、異なる領域での知見やつながりをどんどん増やしていける「韮型」の人材なんです。 
 たとえば、予算管理を担当すると、いろんな事業の人たちから相談を受けます。
 事業を開発していくうえでコストの問題は避けて通れないので当然なのですが、財務に加えて法務や労務の素養とつながりを持つ韮型人材であれば、話の中に法的なリスクや労務管理上の問題を発見できます。
 そこから適切に、専門とする人へのパスを回すことができるわけです。
高山 面白い発想ですね。コーポレートの人材はその専門分野でしか活躍できないとイメージされがちだし、当の本人も専門分野を深掘ることばかり重視しがちですが、実は幅広い可能性を持っていると思っています。
横田 人材だけでなく、組織やチームも韮型でありたいと思っています。必ずしもすべての人材が韮になるべきとは考えていませんが、韮になった方が活躍の幅は広がるし、より大きな仕事ができるようになります。
 「韮型人材は、ただのゼネラリストではないか」と聞かれることもありますが、それは違います。表面的な知識ではない深みが必要だからです。
 私自身、法務の経験が長いのですが、前職で1年間経理の仕事をさせてもらって、そこから一気に視野が広がった経験があるんです。
 それまでは完成した決算の数字しか見ていなかったけれど、それができるまでのプロセスにはいろんな部署がかかわって、たすき掛けになっているのを理解したことで、数字につながるさまざまなアプローチが見えてきた気がしました。
 「韮化」すると責任の所在が曖昧にならないか、という指摘を受けたこともありますが、私はそれでいいと思っています。メンバーには思う存分「韮化」してもらって、自分の可能性も広げてほしい。
 私は組織を「面」のようなものと考えていて、白紙状態の面を埋めていくにはI型やT型よりも、韮型が多い方が効率がいい。埋まった「面」の責任は、私のような部門のトップが負うべきものです。
高山 そういう仕事の仕方は、楽しいものです。
 私も楽天時代には、仲間たちと「楽天ってすごいよな。インターネットも金融もスポーツもあって、こんなにいろんな景色が見られる職場はない。ここで経験積めば怖いモノなんてなくなるよ」なんて言いながら、厳しい局面も乗り越えてきたことを覚えています。
 苦しいこともありましたが、目の前に広がるビジネスや環境がどんどん変化していくのが面白くて、毎日ワクワクしていました。
横田 そういう成長ステージを乗り越えてきた人は、だいたい韮型になっているものです。高山さんもそうだと思いますし、当社の小泉(取締役会長)や青柳(取締役兼メルペイ代表取締役CEO)といった経営陣も韮型です。CEOは“韮”の最たるものですね。
 メンバーの「韮化」を促進するためにも、専門外の仕事にチャレンジできるような環境づくりも進めています。コーポレート部門の中だけでなく、事業も含めて興味あることやスキルアップに役立ちそうな業務を経験できる人事制度です。
 希望と適性がある人材が社内でキャリアチェンジできる環境があれば、効果的な人材開発はもちろん、組織の硬直化を防ぐ効果もあると思います。

ダイナミックな成長プロセスを経験できるチャンスは希少

高山 メルカリのような組織では、常に背伸びを求められますからね。大きくなったとはいえ、まだまだ創業期ですから。
横田 おっしゃる通りです。私自身も、伸びていく会社、変わっていく組織で仕事をしたいという理由で入社を決めました。
 今は採用する側として多くの方とお会いしますが、こういう成長過程の会社で変化を作ってきた人というのは意外と少ないと感じています。
 スタートアップで幅広い業務を一手に担ってきたとか、逆に大手企業で巨大な仕組みを回してきたという人は多くいますが、小さな組織がダイナミックに成長していく過程を経験した人は希少です。
 そんな経験ができる環境自体が少ない中で、メルカリは数少ない会社の一つです。 グローバル規模にチャレンジし続ける当社のコーポレート部門で、仕組みを作ってみたい人、仕組みづくりの経験を生かしたい人との出会いを待っています。
高山 私も、楽天の知名度がほとんどないような時代から東証1部に上場する直前まで、財務の責任者としてかかわってきましたが、ものすごい勢いで成長する企業の渦中にいるということはめったにできない経験です。
 ビジネスパーソンとして、特にコーポレート部門で会社づくりを担っていこうとする人にとって、こんなに価値ある経験はないと思います。
 メルカリにしても楽天にしても、周囲から「そんなの無理だろう」と言われてきたことを形にしてきた企業であるという点で、共通しています。
 昭和や平成を振り返れば、多くの日本企業がイノベーションを起こしてきましたが、現在進行形でそれを実現している企業というと、実はそんなに多くはない。ましてや、メルカリは国内だけでなく、はるかに巨大な米国市場にも挑んでいる。
 メルカリのコーポレート部門は、魅力的なチャレンジができる環境だと思います。
(構成:森田悦子 編集:奈良岡崇子 写真:大畑陽子 デザイン:九喜洋介)