午前10時、あなたの同僚は「どこかで」働いている

インターネット接続とその活用能力が大幅に向上しているおかげで、さまざまな職業の人が好きな場所で働けるようになっている。しかも、オフィスで働く場合より生産性も集中力も高い。さらにもしかしたら、その柔軟性を理由に、今の仕事を長く続けようと思っているかもしれない。
2017年、スタンフォード大学の経済学教授ニコラス・ブルームは「TED Talk」で、在宅勤務は自動運転車と同じくらい革新的かもしれないとまで語った。
そして今、在宅勤務そのものに創造的破壊がもたらされようとしている。5Gが到来し、拡張現実(AR)、仮想現実(VR)、複合現実(MR)を組み合わせたXRがあらゆる場所で利用可能になるためだ。
第5世代(5G)通信ネットワークのおかげで、接続速度、容量、反応時間(いわゆるレイテンシー)が飛躍的に高まり、驚くほど幅広い新製品やサービスが可能になる。
歴史を振り返れば、無線接続の速度が上がりコストが下がったときに、いくつもの大変化が起きていた。例えば2Gから3Gに移行したときはモバイル端末でのネットサーフィンが可能になり、4Gに移行したときはスマートフォンでHD動画を視聴できるようになった。4Gから5Gに移行すれば、いつ、どこで、どのように働くかが根本的に変わるだろう。
自宅の仕事部屋にいながら、現実世界に存在する場所やモノの実物大の「デジタル・ツイン」と相互作用できる未来が見えている。シアトルにいる管理者がベトナムの工場に没入し、現場を目で見たり、においをかぐことさえできる未来。医師が、自分の診療所やオフィスに没入型の3Dホログラムを投影し、遠く離れた病院の手術を遠隔操作で手伝う未来。
これまでにも基本的なインターネット接続はリモートワークを可能にしたが、XRと5Gは「本当の意味でバーチャルな仕事」を可能にするということだ。

本当の意味で「バーチャル」な仕事の姿とは

現在の在宅勤務を考えてみてほしい。幅広い職種の在宅勤務が可能になった。しかし、これらの職種はいずれも、従業員の物理的な存在や、機械や車といった物体の操作を必要としない。だからこそ、5GとXRによってもたらされる能力が必要なのだ。
われわれが行なってきた研究や、クライアントである大企業の人材育成に取り組んだ経験を基に、5GとXRが仕事の性質をどのように変えるかを予測してみた。
1. 職場の概念が、次第に曖昧になる
私たちがどこでどのように暮らすかはこれまで、どこで働くかに左右されてきた。5GとXRによって私たちの多くは、ほぼすべての仕事を好きな場所でできるようになり、好きな場所で暮らせるようになるだろう。
現時点で、物理的な存在や物理的な作業を求められている仕事も例外ではない。在宅勤務は、遠く離れた場所にいる私たちを職場に連れて行ってくれるが、5GとXRは、私たちがいる場所に職場を連れて来てくれるのだ。
2. 専門家や企業幹部が、複数の雇用主の下で働くことができる
外科医をはじめとする専門医は現在、1つの病院やクリニックで働き、1つの地域に縛られている。しかし先に述べたような施術が可能になれば、世界中の病院やクリニックで働くことだってできるだろう。有能な企業幹部がニューヨークの会議にバーチャル参加した数分後、香港の会議にも参加できるようになり、複数企業を掛け持ちする日が来る可能性もある。あらゆる種類のプロフェッショナルやスペシャリストがフリーランサーになり、ギグ・エコノミーの一員に加わっていく可能性があるのだ。
3. 現場と同じクオリティの仕事を自宅からできるようになる
海外に工場があったとしても、自宅で本物そっくりの工場をリアルタイムで歩き、あらゆる工程を細部まで点検できるようになるだろう。XRアプリを使えば、運用データや診断、制御を指先一つでできるようになるため、能力が拡張されていない現場の人間よりも良い仕事ができる可能性がある。
4. 優位になるのは、一人ひとりがテクノロジーを使いせるよう人材を訓練した企業
ウォルマート、AT&T、JPモルガン・チェース、アマゾンなどの大企業は、多数の従業員に対して、人工知能(AI)やブロックチェーン、量子コンピューティング、ロボット、XR、5Gといった新時代のスキルを身に付けさせようとしている。従業員の新しく重要な再教育を行う彼らは、近い将来、新しいアドバンテージとともにこれらの再教育を進められるようになるだろう。
5G、そして特にXRが利用可能になれば、世界規模でいつどこでも従業員を訓練できるだけでなく、実地訓練と変わらないリアルさを追求できる。テクノロジーのおかげで、新しいスキルの習得が容易になれば、企業は重要なバリュープロポジションを見いだすことになるだろう。つまり、従業員が新しいテクノロジーを使いこなせるようになり、それによって能力が拡張されれば、企業のパフォーマンスも最終的に上がるのだ。

企業と社員のあり方が問われる

もちろん、メリットばかりではない。新しい労働環境を導入すればこれまでのマネジメント方法ではうまくいかないことも出るだろう。時代が進めば、むしろリアルな職場で働いた経験のないバーチャル・ワーカーだって登場するはずだ。想像して対応するべきデメリットもあるだろう。
5. 企業は、バーチャル文化を維持する方法を考えなければならない
固定された職場の重要性が下がるとともに、望ましい社内文化を維持することは難しくなるだろう。グローバル企業はこれまで、国境を越えるたびに同様の課題に直面してきたが、今後は現実の接触が減少していくため、こうした問題は企業の最小単位にまで広がるだろう。
6. 従業員にとって最高のバリューを設計できた企業が勝利する
複数企業で同時に働く機会を得る人が増えることで、企業と従業員の関係そのものが劇的に変化するだろう。給与や福利厚生の仕組みや、従業員の価値を最大に発揮でき選ばれる仕組みが必要なのだ。
新しいテクノロジーをどのように活用すれば、従業員にとって最高のバリューを創造できるのか。それを理解している企業が、最高の人材を勝ち取り、勝利を収めるだろう。おそらく、現行の「副業OK」企業があるように、従業員が複数企業で同時に働くことを認めることも含まれる。ここでの課題は、優秀な従業員から最高の力を引き出すことができる雇用契約を考えだすことだ。
7. 燃え尽き症候群や、虐待的な労働環境が増幅する可能性がある
5GとXRが浸透すれば、多くの従業員はいつどこでもほとんどの仕事をできるようになるため、一日中働きたくなる人も出てくるだろうし、一日中働くことを期待される人も出てくるだろう。
複数の企業で働く人は、二重に搾取されるかもしれない。仕事を引き受けすぎたり、要求の厳しい上司を複数持つことになったりする可能性があるためだ。

XRの実現で、働き方は大きく変化する

5GとXRが普及した世界はまだ、はるかかなたの地平線から現れたばかりだ。しかし、これらのテクノロジーの入手可能性と力が臨界点に達して収束したとき、私たちの働き方は様変わりするだろう。
各社は、競争優位を生み出すため、5Gの能力とXRの没入体験を活用したビジネスモデル、経営モデルの構築を急ぐだろう。その過程で、必ず職場は変化する。仕事や場所の概念は覆され、リモートワークも全く異なるものになるはずだ。
原文はこちら(英語)。
(執筆:Omar Abbosh & Paul Nunes、翻訳:米井香織/ガリレオ、写真:lechatnoir/iStock)
2019年11月より「Quartz Japan」が立ち上がりました。日本語で届くニュースレターについて詳細はこちらから
© 2019 Quartz Media, Inc.
This article was translated and edited by NewsPicks in conjunction with HP.