従業員の成長には「柔軟な勤務体制」が欠かせない

社員が燃え尽きることなく、多様なキャリアを歩み、家庭や人生に満足して長く働き続けるためには、企業側が柔軟な働き方を認めることが必要不可欠だ。
しかし多くの職場では、「柔軟な勤務体制」は未だ新しい概念だ。実現に向けた交渉をするにも、「仕事にやる気がないと思われないか」「出世に影響があるのではないか」と従業員は不安を感じるだろう。交渉を受ける上司も同じプレッシャーにさらされているし、その上の管理職だって同様だ。
実態を調査するために、インディアナ州パデュー大学の研究チームは、フレックスタイムで働く従業員・管理者・人事担当者・役員を対象に、2年をかけて詳細なインタビューを実施した。
その結果、多くの場合にはパートタイムで働くことを選択してもキャリアが行き詰まることはなく、孤立する心配もないと結論づけている。
研究チームはさらに、従業員と上司、会社が密に連携し、従業員が柔軟なキャリアを「つくり上げる」ための、3つのステップを提案している。

「仕事を減らす」ことが効果的な理由

柔軟な勤務体制のやり方のひとつに、RL労働「負荷軽減(reduced-load:RL)」がある。これは「賃金減と引き換えに、勤務時間や仕事量が軽減された」フルタイムの仕事で、例えば勤務日数を週5日から4日に減らし、20%の賃金カットを受け入れるといった働き方だ。
研究チームは、このRL労働を含む柔軟な勤務体制を「早期導入」した北米の20社で、詳細なインタビューを実施した。
そこで解ったのは、柔軟な勤務体制に成功した企業は「すべてを従業員に決定させ、すべての責任を負わせるべきではない」と考えていたことだ。
論文の主執筆者エレン・アーンスト・コセック博士は、「柔軟な勤務体制をサポートする会社側は、従業員は多様な生活を送る複雑な人間であると認識すべきだ」と指摘している。
「仕事を強く重視する価値観は、従業員の人生が仕事だけではないことをしばしば忘れてしまうが、家族や自らの人生を重視する従業員が仕事に献身的でないというのは誤解です。家庭生活や副業など、ほかのアイデンティティーを大切にしながら、仕事を非常に重視する従業員もいます」
コセック博士によれば、労働市場における女性の存在感が大きくなるとともに、「仕事は生活の中心である」という考え方と、実際の生活のギャップが大きくなっているという。
「2つを同時に重視する人は多い。それにもかかわらず、仕事の構造は、主なアイデンティティーを複数持つ人々に対応していないのです」
一方で、雇用主側が抱く不安も納得できるものだった。インタビューに応じた管理者たちは、柔軟な勤務体制を認めて生産性が落ちた場合の責任や、タスクがこなしきれずにチームメンバーの負担が増すのではないかという懸念していた。

働き方を柔軟にする3つのステップ

こうした懸念を鑑みながらも、「柔軟な勤務体制の導入は企業側にもメリットがある」コセック博士は説いている。
従業員の満足度や多様性が高まるだけでなく、会社規模の縮小や人事異動が必要になった際にRL労働を選択した従業員がいれば人員削減を避けられる。
さらに、女性や定年を過ぎた人など、退職を迫られる可能性がある有能な人材を雇い続けられることで、人材のナレッジやスキルを失うことなく存続させることができるというのだ。
研究チームは、インタビューを行った20社を参考に柔軟な勤務体制実現に向けた「3ステップのヒント」を描き出している。

第1段階:どこまでフレックスに変えられるか考える

柔軟な勤務体制を成功させるには、すべての仕事が勤務時間の短縮に向いているわけではないことを知って「適切な職務範囲」の設定が不可欠だ。このステップを軽視すると、移行は失敗してしまうことが多い。
例えば、結果の予測や定量化が可能な仕事は調整しやすいし、外部の納期が厳しい仕事や、対面での接触が多い仕事は調整が難しい。当事者全員が対話し、フレックスにできる部分とできない部分を明らかにして、その上で「作業を設計し直す」ことが重要だ。
多くの場合、どんな仕事も設計し直すことは不可能ではない。フルタイムの従業員が1人でこなしていた仕事をパートタイムの従業員2人で分担するなど、ほかの構造を検討することもできる。
研究チームは、全員で協力して、柔軟な勤務体制の「導入作戦」をたてることも推奨している。例えば、ほかのチームメンバーの負担が不当に増えないよう、管理者は責務を調整・分担するための創造的な方法を見つけ出す必要があるかもしれない。期限や、成果の評価基準、計画通りにいかなかったときの対応策などについて、話し合う必要性が生じることもある。
論文はさらに、予算を配分する際にも、管理者には柔軟性が必要だと指摘している。パートタイム従業員のいるチームが最もうまくいったのは、仕事の割り当て検討を、トータルの人数ではなく「フルタイムと同等の時間」で行った場合だった。

第2段階:考えを実行してみる

研究チームは、従業員と雇用主がこの段階で共有できる主な責任を3つ挙げている。
1つめは、両者が「働き過ぎの回避」に努めることだ。例えば、遅延が生じそうな部分を予測したり、繁忙期についてあらかじめ計画を立てたりできる。
2つめは、勤務時間の少ない従業員が、自分の限界を決定し、管理者がそれを尊重することだ。
そして3つめは、十分なコミュニケーションをとること。仕事の再設計を成功させるにはしっかりと話し合い納得して進めることが不可欠だ。
「会社は、柔軟性を実現したいと考えても、本当の意味で試行錯誤を重ね、うまく実施する方法を見つけ出すことに時間をかけない場合があります」とコセック博士は指摘する。
柔軟に働く従業員に対する誤解が原因で、勤務時間の短縮を認めることが「会社にとってマイナス」だと考えている企業が多いという。しかしコセック博士らの研究は、「パートタイム従業員の方が集中的に働く」ことを示唆しているのだ。

第3段階:企業文化のレベルまで定着させる

研究チームはRL労働を選択している従業員を男女の区別なく探したが、実際の対象者は95%が女性だった。
キャリアの初期は給与の推移に男女差はないが、女性は出産後に給与が下がる。主な理由は、勤務時間が短くなる傾向にあることだ。
柔軟な勤務体制への理解や従業員の扱い方が変われば、こうした損失は軽減できるという。まずは、問題が生じたとき、ある従業員のスケジュールに責任をなすり付けるのではなく、全員で問題の解決にあたる必要がある。
そして、男女の差だけではなくすべての人に柔軟な勤務体制を認めるべきだ。もちろん母親だけでなく父親にも認めるべきだろう。
勤務時間の短い従業員が過小評価されないよう、会社側は報酬や査定、目標設定など、給与以外のあらゆる評価基準について検討するべきだ。理想を言えば、積極的にデータを記録し、その結果を柔軟な勤務体制の設計に役立てるべきだと研究チームは提案している。

不安になりすぎず、考えるところからはじめよう

柔軟な働き方の実現に不安を抱く人や、チームへの影響を心配している人のために、論文は心強い実例をいくつか紹介している。
ある会社では、時短勤務で働いている女性の税務責任者が、数百万ドルの節税になる方法を発見した。彼女は「年間最優秀従業員」に選出され、その賞品である世界一周旅行中に養子を迎えたという。
研究チームはこのケースについて、「有能で勤勉な従業員の柔軟な働き方を認めて、クリエイティビティや集中力を発揮できる仕事量を与えたことで、雇用主と従業員の両方にメリットがあった例だ」と述べている。
原文はこちら(英語)
(執筆:Cassie Werber、翻訳:米井香織/ガリレオ、写真:erhui1979/iStock)
© 2019 Quartz Media, Inc.
This article was translated and edited by NewsPicks in conjunction with HP.