アルバイトで食いつなぎ、論文執筆もままならない日々…“国策“が生んだ、行き場を失う博士たち
コメント
注目のコメント
博士取得と研究者になることと大学教員になることは似ているようで互いに異なるので議論するときは注意が必要だと思います。
ここでは博士取得者が職にあぶれているという問題に焦点があたっていますが、一方では博士取得者、企業内での博士の数のあまりの少なさも問題になっています。
修士号・博士号取得者数の国際比較
http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo0/gijiroku/attach/__icsFiles/afieldfile/2013/10/16/1340415-9-2.pdf
まことしやかに噂をし合うのではなく、リアルな数字や現状を掘り下げて見るのが先決かもしれません。
また、「大学に職を見つけたら安泰」とお考えの方も多いと思いますが、いまはそれも誤りかもしれません。任期制の問題や(特に採用している国や大学では)テニュアシステムの問題も指摘されています。
また、話がずれてしまいますが、先日コンピュータビジョンの難関国際会議に参加してきました。各国からの投稿数、参加数がオープニングで発表されるのですが日本からのそれらの少なさに一同驚愕。もう、存在感なんてないに等しい。日本の「研究」に対する考え方やそれに対する投資の考え方が諸外国のそれとずれているのかしら?と思わざるを得ない状況でした。つい数年前までポスドク問題の只中にいた人間からすると、この問題について決定的な何かを簡単には言えない。私自身、自分が突き詰めたい研究と社会(ないしはもっと小さな所属するコミュニュティ)で求められていることのギャップに常に悩まされてきたのは確か。ポストの数よりなりたい人の数が圧倒的に多いので、よほど(ポストの数を相当数増やせるほど)社会に余裕がなければ根本的な解決は難しいのは事実。なので、ポスドク問題は何も日本だけではなく、韓国やアメリカ、欧州、そして科学技術研究に積極的な投資をしている中国でも問題になっている。
>追記
研究分野(例えばAI分野など)次第では、アカデミアだけでなく企業からも引く手数多だと思うが、それは局所的にエントロピーが減っている状態と同じで、社会全体としてはエントロピーは増大している。要するに、即物的な社会需要がある研究分野というのはかなり限定的であって、大部分は社会需要(≒経済需要)で埋めることはできず、国や篤志家からのサポートに頼らざるを得ない。
局所的にアクティブな研究分野に興味を持てる人間は幸運に恵まれる(=生活の基盤がしっかりしていて研究(+教育)活動に打ち込める職を得られる)機会が多いだろうが、そうじゃない人の方が圧倒的多数だし、研究分野の多様性は当然あって然るべき。
今現在需要のあるAI分野とて数学や物理学の基礎研究の上に成り立っていて、表面の分かりやすくビジネスになるAI研究にはお金は出せるけど、その背後でAI研究を支えている数学や物理学には、こ難しくて分かりにくいしビジネスにならないからお金を出せないとなれば、長期的にはAI研究自体も先細って沈下していく。人文学分野の研究も同じロジックで、即物的に役に立たないからしょうがないと切り捨てるのは論外。ちょっと興味あります、『月刊ポスドク』 アマゾンにはないんですよねぇ、当然
本当にバブル崩壊だけが原因なのでしょうか? ここ↓にある「質的な整備」の内容、達成度計測の指標、達成結果、そして結果に基づく次のアクションプランとその状況、を知りたいものですねぇ
「当時の欧米に比べて大学院生が少ないということで、研究者のみならず、社会の様々な所で活躍できる人材を大学院から輩出できるよう、量的な整備と質的な整備を進めることを目的に始められたものです」