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私は、2015年に原因不明の体の痛みと痺れに襲われたとき、「終活」に着手しました。

しかし、いまだに実行途上です。
人にもよりますが、あれこれやろうと思うと存外、時間がかかるもにです。

私の場合、妻の逝去があって中断してしまいましたが・・・。

まさに、「いますぐ着手すべき」なのでしょうねえ。
40代になったら、誰のためでもなく、自分自身のために「明日死んでもよい準備」をすることをおすすめします。

何故か?私の周りでも、45歳前後で、かなりの方々が心筋梗塞などの循環器系疾病で命を落としています。

直前までは、元気でピンピンしている人が、あっという間に亡くなってしまうということを何度も体験しました。(当然、その場にいることは、ほぼありません)

つまり、40歳を過ぎたら、今は元気でピンピンしていても、明日はどうなるのか、よほどの健康体でなければわからないということです。

私自身も、10年前に、一度死に直面しました。その時に感じたことは以下のとおりです。

1.死は、何の予告もなく、通常の日常に訪れる
2.やったことに対して、後悔したことは何もなかった
3.先延ばし、やらなかったことに対しての後悔ばかりが頭に浮かんだ

幸運にも私は今でも生かされているので、今は、以下のように生きています。

1.朝起きて今日で終わりかもしれないと常に意識する
2.機会があれば、かならず実行する、また自ら機会をつくる
3.会いたい人は躊躇せずに会いに行き、やりたいことは実行する

こうすることで、少なくとも最期を迎えた時に、先回ほど「後悔」はないと思います。

みなさんに、お伝えしたいことは「『いつか』は永遠に来ない」ということです。「いつか◯◯しましょう」という約束は、ほとんど叶いません。「◯月までには」といった感じで2~3ヶ月(最長)の期限を区切るだけで、それが実現する可能性が一気にあがります。

10年前の、あの時までは、ぼんやりと「1週間後」「1ヶ月後」「半年後」「1年後」「10年後」「定年後」…といったものが「必ずある」と考えていたのですが、今は、それは間違いだと気づいたので、10年前のインシデントに感謝しています。
私は、今年の1月に唯一の家族である父が大往生で亡くなってから、今年は、自分がいつかは亡くなることを想定して身の回りの整理をしました。

死ぬ準備というと反射的に拒絶反応があるかもしれませんが、死ぬ準備は、すなわち、これからの人生をどう生きるかを見つめ直すことです。

想定しうる寿命を考えて、必要な資金の計算もしましたし、一人暮らしなので、管理体制がしっかりしてコミュニティが出来ているマンションへの引越しも、最近決めました。

仕事の資料も、もうお付き合いしないであろう昔のクライアント関係資料は全て処分しました。

身の回りの物もかなり断捨離して、その作業プロセスで、自分の人生を改めて考えて、色々前向きに考えられるようになりました。

何よりも、父が綺麗に整理して遺してくれたレシピノートとデジタル化した写真を見ると、優しい気持ちになって父を思い出せます。
私には、父のように遺す人はいませんが、知人と友人に相談して、亡くなったら、こうしてね!とすでに話してあります。

これも死ぬ準備かもしれませんが、結果的に、それはこれからの人生を前向きに肩の荷を降ろして生きる為の準備になりました。
2日前、手相も見られる有名なエコノミストの方に「体壊すよ」と警告を受けました。
 5年ほど前、アメリカで研究会後、見てもらった時は、「恋愛」についてだったのですが、今回は「恋愛・結婚線なし」「体大丈夫?」だけ。かなり危ないと。
 今日から、明日死んだら、と考えるとやれることが少なすぎて、私にとっては現実感無いので、1年後に亡くなっても良しとする生活をしようと決断したとことです。
 手相で言われたからか、そういう夢も見ました。
 News PicksもProが終わってから足が遠のいていましたが、数日前から見るようになり、偶然、この記事も目に飛び込んできました。

 常に「1年後、悔いなし」の生活を目指します。
ズボラな私は、ここで書いた方が、ちゃんとやる気がするので、宣言です!!失礼しました。
20代後半に直腸ガンになりました。
絶好調の時に告知されたガンは本当にショックでした。

「いつか死ぬかも」が「近い未来に死ぬかも」に
変わった時に本当に寂しく、虚しくなった思い出があります。
その時に一番寄り添ってくれた彼女が今の奥さんです。

いつ何が起きるか分からないので、
後悔のない毎日を歩み事が大事ですね。
終活とは、ある意味過去に別れを告げることだと感じます。人生のモードが変わる時過去の重荷をおろして、新しい世界に飛び込みたいと思うものです。身軽になりたいんですね。

私も今年会社を辞める時、即ち41年間のサラリーマン生活に終止符を打つ時がそれでした。

記事にある通り、溜まった名刺をシュレッダーにかける時が正にそう感じた時。

その他今まで書き留めていたノートを捨てる時や、多くの方にこれが最後の年賀状ですと出した時もそうでした。

思い出も一旦クリアしてこれからまた作ります。