見守り、施錠、家事代行?進化系スマートホームの現在地

2019/11/13
 モノをインターネットにつなぐ「IoT」の潮流は、ますます勢いを増している。その一方で、家の中のIoT機器をつなぐことで便利な生活を実現する「スマートホーム」は、広く普及しているとは言えないのが現状だ。その理由は何なのだろう。

 NTTドコモで「iモード」サービスを立ち上げ、ドワンゴの代表取締役社長を務める夏野剛氏と、スマートホームサービス「MANOMA」の普及に向けて製品開発を進めるソニーの井宮大輔氏が、スマートホームの現在地と、スマートホームが実現しうる未来の暮らしについて意見をかわした。

 スマートホーム、便利なのになぜ普及しない?

── Amazon Echoなどのスマートスピーカーは一般家庭に広まりつつあるものの、家が丸ごとインターネットにつながる「スマートホーム」は、まだ一部の家庭にしか普及していない印象です。
夏野 端的に言えば、ソフトウェアの進歩のスピードに、住設機器などのハードウェアが追いついていないことが要因です。自動で照明やエアコンをつけたり、鍵を開けたりすることは、技術的には10年以上前から可能だった。ですが今でさえ、Alexaに「照明をつけて」と言っても、ほとんどの家の照明機器は対応していないわけです。
1988年早稲田大学政治経済学部卒、東京ガス入社。95年ペンシルべニア大学経営大学院卒。ベンチャー企業副社長を経て、97年NTTドコモに入社し、99年に「iモード」サービスを立ち上げた。08年にNTTドコモ退社後、複数企業の取締役を務め、2019年2月より現職。
 なぜそうなっているかと言えば、ITがものすごいスピードで進歩している一方で、IoTをきちんと理解している住設機器メーカーが少ないから。特に日本の住設機器は、製品の仕様も標準化されていないから、なかなかIoTに対応できない。
 だから、せっかく最先端のスマホを持っていても、住設機器と全くつなげられない状況になってしまうんです。家の中の機器が、バラバラに分断されている状態です。
井宮 本当にそうですよね。「ホームネットワーク」という言葉は、実は30年ほど前から存在していて、リビングで録画していたビデオコンテンツを寝室で見られるなど、「機器をつなげて価値を生む」試みはずっと続けられていました。でもなかなか上手くいっていなかったのが実状だと思います。
2000年大阪大学基礎工学研究科修了、ソニー株式会社入社。ウォークマン、ポータブルナビ、Xperiaのアプリケーション開発などに携わる。その後、ソニーネットワークコミュニケーションズにてスマートホームサービスを立ち上げる。Qrio株式会社取締役。
 ソニーが今年10月にリニューアルした「MANOMA」は、これまでは分断されていたであろうIoT機器とスマホを連動させ、家を一括でIoT化できる月額サービスです。
 室内のネットワークを集約するAIホームゲートウェイ、スマート家電リモコン、室内カメラ、スマートロックなどがセット(トータルプランの場合)になっていて、どんな家でも「スマートホーム」が実現できるのが特徴です。
7つの機器がセットになったトータルプランは、月額4,980円。機器の設置は業者が行い、簡単に使い始められるという。
夏野 これまでのホームセキュリティのように工事が大掛かりじゃない点、仕様が標準化されていて、「拡張性」がある点がすごく良いですね。たとえば後からホームセキュリティ用の追跡ドローンが開発されたとしても、仕様を合わせればMANOMAに対応できるわけでしょう?
 敷地内に侵入した泥棒なんかをドローンが3台くらいで追跡したら、音もすごいし結構なセキュリティ効果があると思うんだけど(笑)。
井宮 面白いアイデアですね(笑)。おっしゃる通り、Z-wave、Bluetoothといった標準的な規格を採用しています。将来的に、後から買い足した製品でも仕様が同じであれば、MANOMAにつなげて一元管理できるようにしていきたいと思います。私たちもお客様のニーズを見ながら、対応製品を増やしていくつもりです。
夏野 今までのIoT機器にはどうしても、「2016年バージョンにはこの機能はありません」とか、「2018年以降発売の製品には対応していません」とか、パッケージとして売ってきた弊害があった。
 でも、もうそんな時代じゃないですよ。この「拡張性」は、MANOMAの新しさですね。

家事代行が来る前に掃除をする人間心理

── MANOMAを使うと、具体的にどんなことができるのでしょう?
井宮 大きく分けて、3方向の使い方があります。1つ目は子どもやペットなど家族の見守り。付属のコミュニケーションカメラを使って、室内の様子を外出先から見守れるほか、リアルタイムの映像を見ながら、家にいる人と会話することもできます。
室内の様子を見守るコミュニケーションカメラ。帰宅を検知すると自動でシャッターが閉じ、プライバシーを守れる仕様となっている。
 2つ目はセキュリティ。(トータルプランでは)玄関用のスマートロックがついていて、スマホを使って外出先からでも、鍵の施錠確認や開け閉めができます。また、留守中に窓が開けられるなどの異常を検知した場合は、アラートで通知。セコムと連携して、駆けつけを要請することもできます。
 3つ目は、生活の多様なサポート。赤外線リモコンを通して外出先からエアコンをつけたり、AIホームゲートウェイに搭載されたAmazon Alexa機能を使い、スマートスピーカーとして活用したり。Wi-Fiルーターとしても使えますよ。
夏野 僕の場合は子どもが大きいから、見守り機能は使ったら怒られそうだ(笑)。
 今回僕の家でもMANOMAを使わせてもらっていますが、やっぱり外出先から家の中が見られる安心感は絶大ですね。ちょうどMANOMA設置から数日間、家族旅行に出かけたんですが、施錠状況や室内カメラを見られたおかげで、気がかりがだいぶ減りました。
 スマートロックも使っているけど、本当に便利。外出先で、鍵を閉めたかどうか気になりだすと本当にストレスだし、鍵を失くして鍵穴を付け替えた経験のある人は、痛いほどその煩わしさが分かると思います。
 施錠状況が分かったり、履歴を確認できたりすること自体は、技術的にはそこまで大変じゃないんです。でも、そういった技術が人間に与える安心感は、すごく大きいですよね。
今年10月のアップデートでは、アプリのUIを大幅に改善。アプリを立ち上げるとすぐに、室内の様子がリアルタイムで見られる仕様だ。家族の在宅状況や家の施錠状態、温度・湿度も一目瞭然。
井宮 MANOMAのもう一つの特徴は、家事代行やシッターの事業者と提携していること。そういった「不在宅サービス」をMANOMAを通じて依頼すれば、スマートロックを使って業者間でセキュアに解錠。その解錠通知をスマホで受け取れるほか、たとえば掃除してもらっている様子をスマホで確認することもできるので、やはり安心感が違います。
 従来は、鍵の開け閉めの問題があるため、家事代行やベビーシッターを頼むときは鍵自体を預ける、もしくは立ち会いが必須でした。MANOMAがあれば立ち会いが不要になり、家事などを外注するハードルを下げられると考えています。
夏野 良いですね。でも井宮さんの奥さん、他人が家に入るの、嫌がりませんか(笑)。
 僕は外部に家事をお願いすることには大賛成なんだけど、奥さんは掃除の人が来てくれる日に部屋の整理をし出すんですよ。他人に散らかった部屋を見られるのは、やっぱり抵抗があるらしくて。
 テクノロジーの問題ではなく、人間心理の話ですよね。ルンバが人気なのは逆に、外部の「人」の力を借りずに、掃除を代行してもらえるからかもしれません。
井宮 勉強になります。確かにその心理的なハードルは、MANOMAをもっと浸透させていく上での課題かもしれませんね。
 私たちがそういったサービス事業者と提携している理由は、MANOMAで人々の生活を楽に、豊かにしたいという思いがあるからなんです。日常のちょっとした不安や煩わしさを、MANOMAで解消したい。
 そのためには、ソニーが提供しているからといって、全てを機器で完結する必要はないと思っていて。これからも人の力が必要な部分は事業者との提携を進めて、ストレスフリーな暮らしをサポートできれば、と考えています。

20世紀の暮らしでは、もったいない

── とはいえ、スマートな暮らしにまだ馴染めていない人も多そうです。スマートスピーカーを持っていても結局、「音楽をかけるときしか使っていない」という人もいますよね。
夏野 僕の家でもAmazon Echoを使っているけれど、もう大活躍ですよ。フリック入力より楽をしているのに、1日に得る情報量は確実に増えています。
 朝ごはんを作りながら「今日のニュースは?」と話しかけるだけで、最新のNHKのニュースラジオが聴けるし、手を触れずにBGMを流すこともできますから。
井宮 MANOMAも、鍵の施錠からエアコンの操作まで、一貫してAlexaの音声コマンドで行えます。夏野さんの家ならフル活躍してもらえそうです(笑)。
Amazon Alexaが搭載された、MANOMAのAIホームゲートウェイ。
夏野 暮らしを豊かにするテクノロジーがすでに存在しているんだから、使わないと損ですよ。
 たとえば今、僕の家のプロジェクターでラグビーの試合を見ようとすると、幕を下ろす、プロジェクターをつける、スピーカーをつけるという作業が、全部違うリモコンなんですよ。
 機器がつながっていないから、家中がリモコンだらけになってしまう(笑)。これが全部音声コマンドでできるようになったら、本当にストレスフリーですね。
── これからスマートホームは、どのように進化していくのでしょうか?
井宮 理想は、全自動ですね。音声で指示しなくても、求められていることを察知して、自動でやってくれる家。たとえば本を読んでいることを察知したら、気の利いた音楽を流したり、照明を読書仕様に変えたり、うたた寝したらエアコンの温度を調整したり。将来的には、そんなところまで目指していきたいと考えています。
 現状ではMANOMAは、外出中に自宅の近くまで来ると「エアコンをつけますか?」といった提案通知を送ります。そしてスマホアプリからOKボタンをタップするだけで、外からエアコンがつけられる。提案から操作まで、MANOMAで完結できるところまで来ているんです。
夏野 寒い日に家の外からエアコンをつけて、暖かい部屋に帰ってこられるのは、すごく嬉しいですね。今のお話を聞いて、20年ほど前にビル・ゲイツさんが作ったご自宅の話を思い出しました。帰宅して「I’m home.」と言うと、家の明かりが全部つき、自動でエアコンもつく、いわゆるスマートホームなんです。
 もちろん当時は、彼が自宅専用に試行錯誤して作ったはずです。ですが今となっては、ビル・ゲイツ(レベル)の家に誰でも住めるようになっている、ということですね。
井宮 その通りですね。ごく普通の一般家庭でも、スマートホームを使いこなすのが当たり前。そんな時代にしていくのが、私たちの使命だと思います。
夏野 頑張ってほしいです。せっかくテクノロジーが進化した「今」を生きているんだから、20世紀と同じ生活をしていたらもったいない。スマートホームの市場を、どんどん切り開いていってください。
※Alexaの利用には、Amazonアカウントの登録と、セットアップが必要です。
※スマートホームの製品によっては別途接続するためのハブ(別売)が必要となる場合があります。
※Amazon、Alexaおよび関連する全てのロゴはAmazon.com, Inc.またはその関連会社の商標です。
(取材・編集:金井明日香、執筆:日野空斗、写真:露木聡子、デザイン:月森恭助)