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「当事者意識の薄れた社会を変えていこう」に共感。
自分ごととして考え発信し行動することを忘れてしまう社会に、気づきを与えてくれる。 
ある学校での話ではなく、自分ごととしてとらえたい。
「大人の世界では「働き方改革」が叫ばれるようになりましたが、子どもの世界には今も真逆の現実があります。」そう痛感します。

夜、学習塾帰りであろう、重いカバンを背負った子供たちを見ると、なんとかならないのか、もっと遊んでもいいのではないか、と思ってしまいます。

子供の自主性を尊重する教育。社会に出てからも通用する子供になるでしょう。
工藤校長の著書『学校の「当たり前」をやめた。』が出版されたのが2018年12月。この1年の間に、中等教育の世界で工藤校長と麹町中学を知らない人はいないんじゃないかという程に、一気に認知が広がったように思います。

そして学校界隈では、「宿題廃止」や「定期テスト廃止」がどうしても話題になります。話題になるというのは、つまり「うちの学校でできるか?」という問いであるため、つい「あそこは特別な学校だから」という言葉でくくり、本質に行きつかない状況もあるのかもしれません。

「学校とは本来、「世の中には信用できる大人がいる」ということを伝えるための場所です。その場所は、子どもたちが自分の意思で新しい挑戦ができる「安心・安全な環境」であることが大原則です。」

どの言葉もストレートで、学校に関わる者としてはズシンと響きますが、その中でもこの数行の言葉は常に心にとどめておきたいです。

追記:
この特集記事は多くの先生方に読んでいただきたいですが、NPを使っている学校の先生というのは、かなり少数派。悩ましいですね。
最近は、教育現場だけではなく会社も同じだと思います。
様々なルールに縛られ、組織に抑圧され、自分で考えて率先して行動できる人は、少なくなっています。
”当事者意識の薄れた社会を変える”ためには、自分で考えて行動できるよう、教育現場だけではなく、会社も役所も変わっていく必要があると思います。
当事者意識のなさは、日本人の社会課題への認識の薄さに堅調に表れていると思います。

>自分で考えて、判断し、行動できる力を身につけるための支援をしています。
この数年で全国的にも知られるようになった麹町中学校の工藤校長の記事。実践については皆さん一度は読んで把握頂きたいのですが、これから大事になるのは以下の箇所。

「中学校の「改革」は「都会の先進的な学校だからこそ可能だったレアケース」などでは決してなく、どの学校でも、さらには家庭でも実践しうるものだ」

今起こってることは工藤校長への賞賛と同時に、「麹町中学校だからできること」という声も多く挙がってるという問題。実際はそうでないことを、各地の学校や教委が証明してほしいですし、その後押しを文科省にはお願いしたいです。
本質はシンプル。しかしシンプルであるほどにその本質を捉えて取り組み続けることは容易ではない。一つ一つ細部に気を配って本質を捉えた取組みを継続されているのは素晴らしい。
> 学校とは本来、「世の中には信用できる大人がいる」ということを伝えるための場所
話題になりやすい手段関連がどうしても注目されますが、目的を明確にしてそれをやり切る為に実行し続けられる姿は本当に素晴らしいですね。業種や環境は関係ないなと改めて感じさせられる内容でした。
宿題、定期テスト、固定担任制を廃止した麹町中に触発され、「実は学校がやらなくていいこと」リストを超教育協会で作成中、近く公表します。それらをやめることが目的ではなくて、学校の判断でもっといいやり方が考えられるはず、ということ。それも工藤校長に触発されたことです。
先生の、学校とは本来、「世の中には信用できる大人がいる」ということを伝えるための場所です。というご意見に深く賛同します。就活シーンなどを見ていると、この信頼感が希薄だと思うのですよね。すべては信頼の醸成から!
確かに/大人の世界では「働き方改革」が叫ばれるようになりましたが、子どもの世界には今も真逆の現実があります。(中略)学校とは本来、「世の中には信用できる大人がいる」ということを伝えるための場所です。その場所は、子どもたちが自分の意思で新しい挑戦ができる「安心・安全な環境」であることが大原則