【ラグビー】非エリートが集まった日本代表、感動が止まらない

2019/11/7

日本代表は、大きな“賭け”に勝った

日本代表がベスト8を決めたスコットランド戦。
僕は試合後にNHKの番組に出演したのだが、生放送にも関わらず、ついカメラを無視して後ろばかり振り返ってしまった。僕の背後に、信じられない光景が広がっていたからだ。
やり切った男たちの笑顔と、それを囲むファンの温かみ。僕自身もその光景をずっと見ていたかったし、テレビを観ている人たちにも見てほしかった。それほど、特別な時間だった。
かなり前になるが、アルゼンチン代表が強豪・イングランド代表に勝った試合をテレビで見ていた。圧倒的な差があった、まさに「格上」を撃破し、アルゼンチン代表の選手たちが円陣を組んで歌いながらダンスをしていた。
両国は「フォークランド紛争」を機に因縁の関係となった歴史的背景がある。その数年後、敵地に乗り込んだ男たちが見事な勝利を収め、肩を組んで雄叫びを上げているのだ。
そのときのアルゼンチン国内での熱狂に近い光景が、日本でも現実のものとなっていた。
ワールドカップのためにスーパーラグビーに参入したにも関わらず、ジェイミー・ジョセフHCは代表選手をサンウルブスの試合に出場させず、長期合宿のみでチームを強化した。他国とは明らかに違うアプローチでの準備である。
「試合をせずに追い込む」「負け癖をつけない」この二つがその理由だったが、当然ながらこれには賛否両論あった。むしろ批難の声の方が大きかったと言ってもいい。
ということは、結果がすべて。そして、ジェイミーと日本代表は、その“賭け”に勝ったのだ。
ヤマハ発動機ジュビロの監督時代、僕の右腕となって支えてくれた長谷川慎と堀川隆延。長谷川は日本代表とサンウルブズのスクラムコーチを務めている。
彼らからは「日本代表のコンディションが最高レベルにある」と聞いていた。選手たちが「二度とやりたくない」と苦笑いするほどの強度の練習をして、誰もがその練習に耐えていいコンディションを保っている、と。
二人とも、「ワールドカップでは絶対にいい結果を残せる」という力強い意見だった。彼らの言葉を僕はいつも信じてきたので、僕自身も大会前からそのように発信し、それがそのまま現実となった。
象徴的だったのが、日本のサンウルブズと同じ2016年からスーパーラグビーに参戦したアルゼンチンのジャガーズだ。サンウルブズは4シーズンで8勝しかできなかったのに対し、ジャガーズは31の勝利を積み上げ、2シーズン連続でプレーオフに進出。今シーズンは準優勝という素晴らしい成績を残している。
サンウルブズにしてもジャガーズにしても、代表強化が大きな目的の一つとなっていたことは間違いない。事実アルゼンチン代表のメンバーは、その9割がジャガーズの選手だった。
「死の組」に入ったということも考慮に入れる必要はあるが、アルゼンチン代表は今大会、予選敗退している。
かたや、サンウルブズに多くの代表選手を派遣しなかった日本はベスト8。やはり、大きな賭けに勝ったといえるだろう。
【提言】熱狂に沸く日本ラグビーと、現実にある課題

ラグビー日本代表にあった物語

今大会が日本国民の心をここまで捉えることができたのは、日本代表の“やり切った”姿があったからかもしれない。また、選手たちの個性やドラマも際立った。
怪我を乗り越えてグラウンドに立った男もいれば、「笑わない男」もいる。医師を目指す男もいる。サッカーでは日本代表になれないと思い、高校からラグビーを始めて日本代表までのぼりつめた者もいた。
全員が全員、小さい頃からの夢を実現させてあの舞台に立っていたわけではない。
ラグビー代表は決してエリート集団ではない。いろんな道を経て、いろんなストーリーがあって今がある。そんな人間たちの内面に触れてみたいと、ファンはきっと感じてくれたのだろう。
リーチ・マイケルも、こんな人生が待っていたなんて想像もしなかったはずだ。高校時代にニュージーランドから日本に留学してきた頃の彼のラグビーを知っている人は、誰もここまでの選手になるとは思っていなかっただろう。彼のような存在の活躍を見て、日本の子どもはもちろん、世界の子どもたちが「自分も同じ道を」と日本のラグビーを目指してくれるかもしれない。
今大会、日本以外の国の試合への関心も高いのは、日本人が「ラグビーは面白い」と競技そのものに魅力を感じてくれたことの証明だと思う。南アフリカとイングランドの決勝戦が行われた横浜国際総合競技場には、競技場史上最多の7万103人が詰め掛けた。これは日韓ワールドカップの数字をも上回るという。
タックルをする精神性は、観ている人に絶対に伝わると僕は信じている。
難しいと思われていたルールも、実はそんなに複雑ではないとわかってもらえただろう。野球のルールブックが厚さ数センチもある一方、ラグビーのルールブックはスマホの厚さくらいしかないのだ。
前回のイングランド大会で南アフリカを破り予選で3勝をあげたとはいえ、実際には日本大会は不安が拭えぬままスタートしていた。
でも、僕を含む何人かは「全勝してベスト8に進む」と明言し、その通りになった。
それだけではない。この4年の間に、7人制代表がリオ・オリンピックでオールブラックスに勝ち、フランスに勝ち、結果は4位。東京オリンピックに大いに期待している。
日本代表はここから再びミラクルを起こすはずだ。「前回はよかったけど、今回は無理だろう」という見方はもうない。それを今回のワールドカップで証明したと思う。
【清宮克幸】アイルランドに勝利する準備はできていた
(構成:岡田真理、撮影:具嶋友紀、アフロ、デザイン:九喜洋介)