【未来予測】「信じるもの」がない時代、我々はどう生きるか

2019/11/7
 物質的な豊かさが実現されつつある日本社会。一方、環境問題や少子高齢化のように社会課題は複雑化し、一つの企業では解決できないスケールに膨れ上がっている。
 そんな社会課題を解決すべく、「協創」「デジタル技術」を鍵に挑戦している企業が、日立製作所だ。
 10月17日、18日に東京国際フォーラムで開催された「Hitachi Social Innovation Forum 2019 TOKYO」では、東原敏昭執行役社長兼CEOが基調講演を実施。「Hitachi Social Innovation is POWERING GOOD」のスローガンに込めた思いと、日立が「協創」に取り組む理由、今後の社会イノベーションの方向性が語られた。
フォーラムでは、日立の先端技術やプロダクトも紹介された。基調講演の内容と、主要な展示を現地取材した様子をリポートする。

社会課題はもはや一社では解決できない

 基調講演に登壇した東原氏は、社会課題を解決に導き、より良い世界の実現をめざす日立の「社会イノベーション」のこれまでと、今後の展望を語った。
 冒頭ではこれまでの社会イノベーションの事例として、現在も英国の主要な交通手段として活躍する英国鉄道「Class395」に言及。2009年の冬、雪の影響でトンネル内で動けなくなったユーロスターを、大雪でも走れる「Class395」が救援。約500人の乗客を救出したエピソードを紹介した。
雪の中を走行する日立の英国鉄道Class395。Photo by Alan John Crotty
 日立が世界中に提供する「粒子線がん治療システム」が、6万人以上の患者を治療してきたことにも言及。日立が今まで起こしてきた社会イノベーションの事例を紹介しながら、社会課題の性質が変化していることを、こう指摘した。
 これまでの日立は、製品を軸にした社会イノベーションを起こしてきました。しかし、少子高齢化や気候変動、セキュリティリスクといった社会課題は、時代を経るにつれ多様化、複雑化しています。もはや、一つの企業やプロダクトで解決できる課題ではないのです。
 そこで日立が掲げるキーワードが、「協創」「デジタル技術」だ。
 協創とは、日立が世界中の顧客やパートナー企業、自治体と一緒にアイディアを生み出し、新しいソリューションを創出する取り組みだ。その取り組みを加速すべく、東京都国分寺市に今春、「協創の森」を設立。社会課題の解決に向けたアイディアを創出し、実証、事業シナリオの構築、社会実装までを一貫して行う場だ。
 協創によるアウトプットを最大化するための方法論「NEXPERIENCE」も、日立が独自に開発。ワークショップを効果的に用いながら、協創の森で新規ビジネスを創り上げている。
顧客やパートナーと、新しいアイディアを形にする場「協創の森」。提供:日立製作所
 デジタル技術の面では、サイバー空間と物理的な空間をつなぐ、サイバーフィジカルシステムの構築に注力。2016年には、IoTプラットフォームの「Lumada」を発表した。データに光をあてて価値を生み出すという意味の“Illuminate data”が、その語源だという。
 本来現場は、ビジネスに活かせるデータの宝庫。Lumadaを活用することで、現場から収集したデータをサイバー上で解析。その結果を現場にフィードバックし、ビジネス改善や創出につなげることができるのだ。
Lumadaの概念図。提供:日立製作所
 なぜ日立がこの「協創」と「デジタル技術」で、リードすることができるのか。東原氏はこう説明する。
 日立は創業以来100年以上、製品を作り、それを運用、保守してきました。その中でオペレーションのノウハウと、IT技術を蓄積してきたのです。一つの会社でOT(オペレーショナル・テクノロジー)、IT、プロダクトの3つを保有している企業は、多くありません。この日立の強みを活かして、みなさんと一緒に社会イノベーションを起こしていきたいのです。

仕様変更時の工程を8割削減

 協創の事例として「オフィス」「製造現場」「自治体」の3つの事例が紹介された。
 「オフィス」の例は、「技術」を持つ日立と、「場所」を持つ三井不動産との協創で生まれた、大阪府中之島のワークスペース「CUIMOTTE」だ。
 両社メンバーでディスカッションを重ねた結果、ダイニングを兼ねた「食べる」×「働く」×「つながる」という新コンセプトのワークスペースが誕生。日立の映像解析技術を使った、混雑状況を把握するシステムも導入されている。
 つぎに、製造現場の例は、金属加工機械を製造するアマダホールディングスの事例。オーダーメイドで製造する工場であるがゆえ、製造過程の一番の課題は、製造途中の仕様変更。工場全体の生産計画を変更するのは、大変な作業だ。同様の課題を、日立の工場でも抱えていたという。
「そこで私たちはLumadaを活用して、その解決策を考え始めました。現場にセンサーを設置して、作業状況を全てモニタリング。仕様変更があった時に工程をどう調整すれば良いのか、Lumadaを使ってシミュレーションしたのです。
 そこで得られたデータとアマダホールディングス様のノウハウとを組み合わせて、生産計画を立案してくれるシステムを構築しています。実現できれば、仕様変更時に生じていた作業工程の8割を削減できる見込みです。
 自治体である福岡市との協創にも挑戦。高齢化により介護医療の充実が求められる中、ビッグデータを解析して、高齢者のサポートが必要な地域や人数といった情報を共有するプラットフォームを構築した。
 この仕組みにより、需要に合わせてタイムリーにヘルパーの数を増やすことなどが可能になり、「住み慣れた土地に暮らし続けたい」と願う高齢者の願いを叶えることにつながっている。
福岡市と日立が協創した、地域包括ケア情報プラットフォームの仕組み。庁内外で断片的に管理されていた医療・介護関連のビッグデータを集約する「データ集約システム」を備え、データ解析による地域ニーズの見える化、家族や医療・介護関係者への適切な情報提供を実現している。提供:日立製作所

「信じるものがない」時代の社会イノベーション 

 これから先の社会イノベーションは、どんな方向に向かうのか。東原氏は2050年の未来について、こう語り出した。
「2050年、人間はCrisis 5.0に直面すると言われています。Crisis 5.0は京都大学で歴史経済学、哲学、社会心理学を専門とする先生方とのディスカッションを通してまとめたもので、2050年、人間には信じるものや頼るものがなくなり、それが人々の悩みになるとの予測です。
 考えてみてください。今の私たちは、自分の目で見たものを、信じることができます。ですが、VR(バーチャル・リアリティ)で視覚や聴覚、ましてや味覚まで感じられるようになったら、私たちは何を信じれば良いのでしょう? AIやロボットが活躍する世界、私たちは何をして働けば良いのでしょう?」
 そこで出した答えが、「Imagination 5.0」。想像力を発揮し、自ら主体的に課題を解決していくことが、一人ひとりの生き生きとした暮らしにつながり、不安を乗り越える解決策になるという考え方だ。人間が技術をコントロールして、信じるもの、頼るもの、働く意味を自ら創り出していくのだ。
 この仮説をもとに日立は今、一人ひとりが主体的に課題解決を考える、参加型の社会イノベーションを推進している。
 東京都国分寺市の事例では、地元野菜の地産地消をデジタルによりサポートする仕組みや、地域の活性化を促す決済システムを紹介。
住む人が変われば、求められるサービスも変わります。一方で街のインフラは、一度作ると作り変えるのが難しい。そこで日立は、住めば住むほど街の魅力を高められるような、変化するインフラを作りたいんです。住む人の価値観の変化に合わせて、都市の機能も変化させる。人を中心とした、人々の幸せを高められる街づくりに貢献していきたいと考えています。
 10月10日にラスベガスで発表された、米ウォルト・ディズニーとの提携にも言及。テーマパークをスマートシティと捉え、施設のメンテナンスや稼働率向上にとどまらず、今後は人の流れの最適化や、セキュリティ向上など、幅広く提携していきたいと話した。
「人間は本来、エゴイストな存在。でも少し相手を思いやる気持ちを持てば、幸せは呼び込めるんです。信じるものがなくなりつつあるこれからの時代、社会課題を自分ごととして捉え、解決に向けて取り組むことが、自分の存在価値を再認識することにもつながると思っています。
日立のスローガンである「Hitachi Social Innovation is POWERING GOOD」は、世界中の人々が望む“良いこと”を実現するために、お客さまやパートナーと共に全力を注ぐ、日立の企業姿勢を表したメッセージです。皆さまと一緒に、これからも社会イノベーションを起こしていきたいと思っています。」
 本フォーラムでは講演だけでなく、日立の最先端テクノロジーに触れられる展示スペースも用意。日立が事業を展開する7つの分野にわたり、未来を先取りした技術が展示され、来場者の関心を集めていた。
「Hitachi Social Innovation Forum 2019 TOKYO」では、顧客と共にイノベーションを起こす「協創」の事例を始めとし、モビリティやセキュリティ、エネルギーなど幅広い分野の日立の取り組みが紹介された。日立が今後どのような社会イノベーションを起こしていくのか、期待が高まっている。
(取材・編集:金井明日香、写真:後藤渉、デザイン:岩城ユリエ)