SaaS、サブスクの急成長を支えたあのプラットフォーム

2019/11/8
SaaSが活況だ。クラウドを活用することでアイデアを形にしやすく、スタートアップにとって参入しやすい環境が整っている。また、サブスクリプション型モデルの認知が広がりつつあることも、追い風だ。
だが、活況なだけに争いも熾烈。着実にスケールしている企業には、追い風に頼らない戦略と実行力がある。
勤怠管理や工数管理などの機能を融合し、従業員が意識することなく働き方をリアルタイムに可視化できるクラウドサービス「TeamSpirit」を提供するチームスピリット。1200社以上、20万人を超えるユーザーに利用されており、クラウド黎明期の2010年からSaaSの開発を進め、日本におけるSaaSの老舗と言っていい。
そして、営業に特化したWeb会議システムを提供するベルフェイス。2015年創業という若い企業だが、すでに1000社以上に採用され、勘と根性に頼ってきた営業手法を覆そうとしている。照英さん出演のCMで露出を増やすなど、一気に拡大する段階に突入した。
領域もフェーズも異なるが、ともに高水準で成長中の両社。それぞれの代表取締役が、これまでの戦略を明かしてくれた。その裏には、両社共通してSalesforceプラットフォームの存在があった。
「働き方改革」と「2025年の崖」で勢いづく市場
──もともとは、システムの受託開発事業からスタートしたと聞きました。自社プロダクトを開発し、SaaSで提供することになった経緯を教えてください。
荻島 「TeamSpirit」は、勤怠管理や経費精算、電子稟議、プロジェクト管理などといった機能が1つになっている業務支援パッケージです。
 勤怠管理や経費精算といった間接業務をトータルサポートするほか、個人、プロジェクト単位ベースで何にどの程度時間を割いているかが分かり、プロジェクトごとの利益が見えるようになるだけではなく、働き方の改善を促すこともできます。
 もともと当社はシステムの受託開発を手がけていたのですが、社内のバックオフィスのシステムに関しては自社で課題を感じることが多かったんです。
 大手企業は、内部統制を目的に自社の業務に合ったシステムを開発会社に頼んでゼロから開発・運用することが一般的ですが、大手企業以外はこの分野にそこまでお金をかけることができません。
 そこでバックオフィス業務全般を支援する機能を製品化すれば、ニーズがあるのではないか、と。それがきっかけでした。
──「働き状況」を可視化できることは、今まさに追い風ではないですか。
 それは確かに感じています。
 加えて、経産省のレポート「2025年の崖」が迫り、大手企業でもSaaSの活用が加速しています。
 保守しやすいシステムにすることで、お金や人をデジタルトランスフォーメーションに向ける狙いもありますが、切実な問題として技術者が不足していて、保守切れになる現在のシステムを自前で作り替える余力がない状況がすでに始まっています。
 戦略的なシステムなら個別に作る必要がありますが、勤怠管理や経費精算は、こだわるべき機能ではないはず。低価格で法令変更への対応も自動的に行われるので、お金も人もビジネスのコアとなるところに振り向けられるようになります。
 こうした背景から、最近では中堅企業だけでなく1万人規模の大企業にも採用されるようになりました。
SaaSへの転換で苦労したこと
──従来型のビジネス環境や開発体制からSaaSへの転換。苦労もあったのではないですか。
 売り上げは「単価×数量×購入回数」で決まります。サブスクリプションで提供するSaaSの場合、「継続利用」が購入回数にあたります。いかに多くの「購入回数」を獲得するかがポイントであり、難しいわけです。
 継続利用につなげる重要な要素が「カスタマーサクセス」。購入したお客様に対し、継続的に満足していただくことで、解約されない仕組みが必要です。
 問い合わせの即時解決ほか、コミュニティづくりが大事なのはもちろんですが、私が一番重視してきたのは、「製品を高速に改善していける力」です。
 法令改正やユーザーからの要望に日々対応しなければならない中、従来の開発体制では追いつかず、アジャイル開発は必須となります。
 開発メンバーにもノウハウの蓄積もあるため、つい「経費精算」「勤怠管理」といったラインで対応しがちですが、機能にかかわらず4つのラインが状況に応じて対応できる仕組みに変えていきました。アジャイル開発では当然の考え方ではありますが、ウォーターフォールに慣れているチームにとっては大変なことで、時間がかかりましたね。
──そうした苦労を乗り越えて成長軌道に乗ったわけですが、振り返ってみて、エポックメイキングとなった経験は何でしょうか。
 社員数が10人もいなかった段階で、機密性の高い情報を扱う企業と2500人規模の契約を結ぶことができました。自分たちの業務に合わせて作った自社システムを使っていたため、業務をSaaSに合わせるという、お互いにチャレンジが必要な商談でした。
──失礼な言い方ですが、小さな会社がよく信用してもらえましたね。
「TeamSpirit」は、「Salesforce Platform」で動くアプリケーションであり、マーケットプレイスである「AppExchange」によって提供しています。私たちの信用というより、プラットフォームが信用されたのだと認識しています。
スタートアップに足りない「信用力・資金・人材」をカバー
──どのように評価してSalesforceに決めたのですか。
 国内の企業からクラウドは時期尚早と考えられていた頃、いち早く日本の大手企業で採用事例が出たクラウドベンダーがSalesforceでした。
 シビアな日本郵政グループの業務でクラウドが採用されたことで、「これは日本でも広がるな」と感じ、チームスピリットがSaaSに進む背中を押してくれました。
 それから、インフラ的な運用はすべてSalesforceが担っていますから、サーバー運用に関わるエンジニアは不要。よりアプリケーション開発に注力できていますし、資金や人材に余裕のない状況ではとても助かるのです。
 クラウドのプラットフォームを利用するメリットは、サーバー管理などから解放されてアプリケーション開発に注力できることだとされていますが、プラットフォームによっては、意外と多くの専門エンジニアを必要とします。
 さらに、プラットフォームが“勝手に”進化するのも大きな価値です。SalesforceのAIであるEinsteinを使って、領収書の文字から費目を類推するアプリを短期間で開発できたのですが、もしAIを自社で開発するとなると何年かかるか分かりません。
──スタートアップとして使いやすかった、と。
 そうですね、他にもあります。開発中は無料で利用でき、リリース後はレベニューシェアで販売実績に応じて、フェアな手数料を支払うだけ。プラットフォームの初期投資なしでビジネスを始められるのは魅力的でした。
 また、Salesforceには上下のない本当のパートナー関係が築け、双方向でプラスに影響し合う思想があります。それは、エコシステム内の他のパートナーとの関係でも同じです。
 例えば勤怠管理であれば、PCのログインや、ドアの開閉を認識して利用したくても、自社で全方位的に機能をカバーするのは現実的ではありませんよね。Salesforceでは他社と連携することで、お互いに利益をもたらすことが可能です。
自由度は小さいが、得られる価値はそれ以上
──いいことばかりに聞こえますが、これからAppExchangeを利用したSaaSビジネスを検討している方に注意やアドバイスはありますか。
 プラットフォームの運用を気にする必要がないのと引き換えに、「自由度」は高くありません。オープン系のキャリアを持つエンジニアからすると、最初はとっつきにくいと思います。
 プラットフォームを安定的に稼働させるために、データベースへのアクセスにも制約があり、思い通りとはいきません。私たちも、アーキテクチャを工夫して利用しています。
 ただ、これは安定稼働のためには当然の制約であり、必ずしも不便を強いるものではありません。
 チームスピリットのサービスは、およそ20万人が利用しているのですが、勤怠管理であれば出社時間と同時に集中的な負荷がかかります。そもそも工夫がないと、自社運用であっても安定したサービスは提供できないはずです。。
 自由だから優れているとはいえず、Salesforceは自由をしのぐメリットのほうが大きい。特にスタートアップにおけるデジタルトランスフォーメーションのプロダクト開発では、Salesforceの利用が絶対的な成功法則だと確信しています。
失敗から得たビジネスの種
──SkypeやZoomなど、コミュニケーションツールはたくさん出ています。そんななか、あえてWeb会議システムで勝負することにしたのは、なぜでしょうか。
中島 もともと起業意欲が強く、高校を中退し起業資金を貯めました。そして、キックボクサーをしたり世界一周したりしながらアイデアを温め、21歳の時、育った福岡で立ち上げたのが「社長.tv」という、経営者の思いを伝える動画メディアで、掲載費で利益を得るモデル。1社ずつ足を運んで契約を増やしていきました。
 業績は順調に伸び、都道府県ごとに「○○の社長.tv」として全国展開していきました。地域密着することで価値が出ると考えたからです。そこで、福岡から全国各地に訪問するのは難しいため、代理店を通して営業することにしました。
 しかし、1社数万円の契約なので、代理店としては利益が少ない。代理店の熱意にも差がある。つまり、うまくいきませんでした(苦笑)。
 そこで、福岡を拠点にリモートで直営業したところ、2年で6000社まで伸ばすことができたのです。ノウハウを練り上げれば、リモートでも結果の出る営業ができると確信しましたし、訪問しないと決めてからの広がりには勢いがありました。
 しかし同時に課題も感じていました。提案書を見せるなど、対面なら簡単にできる説明ができないのです。 
 Skypeなどのツールを使うにしても、電話でコンタクトを取っているので、会話でメールアドレスを聞くことから始めなければならず、しかも電話の向こうに利用できる環境があるとは限りません。このとき、営業マンが使う前提で作られたツールが存在しないことに気づいたのです。
──そこで、新しい事業を始めたわけですね。
 それが、このとき新たな資金を必要としていて、その関係で私は経営から退くことになりました。2015年4月のことでした。そして、その月のうちに起業したのがベルフェイスで、4年後の今、1000社以上に採用されています。
徹底的にドメインを絞り込んだ
──4年で1000社とは急成長ですが、何が評価されているとお考えですか。
 何より、営業で使うことに特化して考え抜いたサービスだということが理由だと思います。他のWeb会議システムでは、社内など日常的にコミュニケーションを取り合う関係で使うことを前提としています。
 セットアップが必要だったり、招待メールを送る必要があったりするので、利用開始までのハードルが高い。
 ベルフェイスは、電話の向こうにいるお客さんがそのための専用環境を作る必要がなく、インターネット環境さえあれば、4桁の番号を入れるだけでWeb会議を始めることができます。
 この特徴をシリコンバレーで紹介したところ、ちょっと「アナログ」を挟むあたりが「ダサい」と笑われました。しかし、世の中はシリコンバレーにいるようなITリテラシーがある人だけではありません。
 この方法ならお客さんにストレスを与えませんし、営業担当者にとっても電話の延長で自然に利用できます。
タレントの照英さんを起用したCMはタクシーでも多く見かける
──サービス以外で秘訣はありますか。
 秘訣と言っていいのか分かりませんが、早期にサービスが広まっていった理由をあげるとすれば、顧客を絞ったことでしょう。
 「リモートコミュニケーション」の大きな枠組みから、まず「営業マンが電話先のお客さんと使う」という用途に限定しました。
 さらにBtoBとBtoCのうち、手元にパソコンがある可能性が高いBtoBに絞りました。モノを売るビジネスの場合、リモートでは説得力を欠きます。そこで、さらにソフトウェアなど無形商材を扱うビジネスだけに焦点を当てました。
 すると、対象となる利用企業は国内で3000から5000社です。営業マンが電話した見込み客は、目の前にすぐパソコンがあり、支障なく使えるリテラシーがあるだろうという予想も立ちます。
 この領域で喜ばれる機能を充実させて、圧倒的なNo.1になると決めて開発。評判が伝播して、周辺の業界にも利用されるようになりました。そして、営業に特化したWeb会議システムとしてNo.1シェアを達成できました。
 こうして対象を絞り込む戦略は、別に珍しくなく、誰でも知っていることですよね。ただ、どうしてもスケールしたいという考えから、絞っているようで徹底できていない場合が少なくないように思います。
スケールさせると同時にシュリンクさせない仕組み
──これからの展開については、どうお考えですか。
 スケールさせるために、半年前からSalesforceのAppExchangeで提供を開始しました。ソフトウェア業界のユーザーの多くは、SalesforceのCRMやSlackなどとの連携を行うことで業務効率化を図っているため、これまで多くの要望が寄せられていました。
 私たち自身がSalesforceを使い続けていて、優れたツールだということを実感していましたから、最初に着手することにしたのです。それに、CRMシェアNo.1の製品との連携から始めるのは当然の流れですよね。
 弊社の営業マンも、自社事例として紹介できるので助かりますし、Salesforceのパートナーとして連携している事実が大きな説得力を持ちます。
──ベルフェイス単独ではなく、Salesforceと連携することで、ユーザーにはどのような利点があるのでしょうか。Salesforceとの連携は、あまり認知されていないように感じます。
 Salesforceの画面にベルフェイスの画面を組み込むことができ、CRMからベルフェイスでの活動履歴を自動登録することができます。
 また、録画機能も備えているので、振り返ることで結果の出る商談に結びつけることも可能です。
 今後はそれらの録画データを自動的に分析し、要点だけをまとめ、マネジャーがピンポイントでチェックできるよう開発を進めていますので、より価値の高まったベルフェイスを披露できると思います。
 ベルフェイスのデータはベルフェイスのサーバーにだけ置いてあり、API連携することで利用できる仕組みです。利用が進むにつれて、「ベルフェイスを解約するとベルフェイスを使った商談をSalesforceで追えなくなる」という理由で、解約率を下げられるはず。これは連携によって得られる大きな価値として期待しています。
──そうすると、まだ発展の途中でもAppExchangeに登録可能なのですか。
 そうですね。生商談のエモーショナルな情報は、Salesforceも持ち合わせていませんから、補完するファンクションとしても、今後の拡充に期待してくださっています。
 まだまだ成果はこれからですが、グローバルでNo.1のSalesforceとお付き合いすること自体が大きな学びになります。やり方をまねたり、成長スピードをベンチマークにしたりしながら、ベルフェイスも営業に特化したWeb会議システムとしてグローバルNo.1を目指しています。
(取材・編集:木村剛士 構成:加藤学宏 撮影:北山宏一、竹井俊晴 デザイン:小鈴キリカ 作図:大橋智子)