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格差を縮小するものとして「戦争、革命、統治の崩壊、疫病」が挙げられています。実際、中東などでは、あまりの格差に対してこういった解決が望まれているところがないとはいえません。元々公共サービスが貧弱ということもあります。
 日本を含め先進国では、公共サービスが全て崩壊するような戦争や革命をしてまで格差を縮小したいという人は少ないでしょう。というわけで、戦争や革命、疫病は解決の選択肢には上がりません。
 他に格差を縮小、緩和する方法を考えてみると、古典的には、福祉政策と教育が挙げられます。少なくとも出産や育児、病院の治療、学校教育は格安で済む、学校に行って就職すれば親よりも出世できる、という仕組みにすることで、先進国は格差を緩和してきました。福祉政策と教育がナショナリズム(金持ちも貧困層も我らは同じ「~人」だ)によって、社会の分断を抑止してきました。それが、多くの途上国が社会の分断の果てに内戦に陥ったような事態を避ける手段でした。
 今起きている問題は、先進国で、福祉・教育・ナショナリズムのセットが実施されなくなったか、機能しなくなっていることです。もっとも、日本は先進国の中ではこのセットが最も維持され、機能している国です。
 なぜこのセットが機能しなくなったのか?「自己決定・自己責任」のようなリベラルのイデオロギーが普及したためという見方もありますが、より本質的には、先進国で経済成長が止まったからでしょう。最先端の米国では、福祉が削られ、大学に行っても親より豊かになれるとは限らなくなりました。世界大戦の時代は終わり、先進国が戦争をやるとベトナム戦争のようなことになるので、ナショナリズムと戦争のセットも使えません。移民の流入が合わさると、福祉と教育のセットはさらに機能不全になります。
 社会の分断はいずれ統治の崩壊を起こします。生物の新陳代謝のようなもので、世界中の歴史で繰り返されてきたことです。求められている処方箋は、技術と制度による、できるだけ秩序だった新しい社会への移行でしょう。
男女は平等不平等でなく非対称という表現が印象的。

男女を対応するものとして優劣比較するではなく非対称を前提としてどういった性別内格差、性別違いがでてきているか。

社会的支援を受けるまでないが経済力を持たざる男性の非モテが加速し社会的インパクトを持ちはじめている。東京カレンダーの裏側の社会のはなし。
ますますジョーカーが観たくなった。
小倉千佳子さんは「結婚の条件」という著書で「結婚はカネとカオの交換」と述べてますが橘さんも似たような立場ですね。
これはデータの分析結果を要約しているに過ぎず価値判断はしていませんし、恋愛を否定してる訳でもありません。

橘さんは耳触りの良い物語ではない「不都合な真実」を説明するのを得意としていますが、社会とは一刀両断に割り切れない事も多いもの。その「残余」を認めた上で、いや認めているがゆえに、割り切れる所までは割り切ろうというスタンスで読むことにしています。
「社会的・経済的地位のある男性は結婚と離婚を繰り返して「時間差の一夫多妻」を実現」。確かに港区中心とした知り合い達は時間差はもちろん、同時進行で多妻を実現しているケースもまま目にする。ただ、今のところこうしたセグメントとインセルの衝突は全く起きてない
映画ジョーカーが大ヒットしているのも、こうした背景があるのでしょうね…。また、ロンドンビジネススクールのリンダグラットン教授が、「学歴、資格、経験」などによる同類婚が増えている旨を言及していましたが、こうした社会背景もあるのかなと、いろんな仮説が繋がった気がしました。
橘玲は残酷な真実を冷静にグサグサ突きつけるので好きな人と嫌いな人に分かれますね。脊椎反射的に拒絶する人が多い。燃えやすい枯れ草みたい。1番合わないクラスタは平日午後のワイドショーかも。
人類は進化しているのかどうか。精神性が高まれば、多くの人に寛容となるはずです。しかし、現実には格差が生じ、差別や排他が生まれています。
デジタルによって生み出された利便性や情報に依存しすぎているのではないでしょうか。自分で考えることをしない。工夫をしない。
こういう現実を見ると、人類は退化しているように思えてきます。
『上級国民/下級国民』、読みました。
特に印象的だったのは、アイデンティティに関する一文。
階層分けによる分断の根っこにあるものを考えさせられます。
「アイデンティティは俺たちと奴らを弁別する指標でもある。
それに最適なのは、「自分は最初から持っていて、
相手がそれを手に入れることが絶対に不可能なもの」でしょう」
本の中では、ベーシックインカムについても触れられています。
フランスのマクロン大統領は、選挙期間中、「競争社会の実現」を公約に掲げた。つまり、誰もが平等なスタートラインに立てる社会の実現だ。だからこそ、貧困地域の学校に多く予算を配分するといった政策を進めたのである。競争の反対語は独占だということを忘れてはならない。本当の競争は、平等な条件の下でしか成り立たない。だから、競争社会とは、世襲格差による不平等がない社会なのである。日本では、この点が誤解されていると感じられてならない。
人は奪われることに敏感。
リベラルという概念が社会として浸透したのがここ最近であっても、現在生きている人にとってはそれが人生のほぼすべて。そしてその自由の中で努力をして得たと考えているものを奪われたと感じるのか、一方でSNSなどで情報が流通する中でそれを得る機会さえも奪われたと感じるのか、ここに対立構造があると考えている。
福祉国家の税制・社会制度は、この対立を緩和したり、機会を広くするために設計されていると捉えている。でも、それが数十年前は機能したかもしれないが、都市化が進み、国の中でも経済水準が数倍単位で異なるように近年はなっている。その水準差が福祉・再分配機能を弱めているようにも思うし、それが以前は異なる国の間での対立構造や移民につながっていたのが、今は一国内での対立・分断を深めているとも感じる。今日、ちょうどカリフォルニアでのホームレス排斥の記事がある(下記)が、象徴的な事例だと思う。
https://newspicks.com/news/4320407/
この連載について
まるで預言者(プロフェット)のように、新しい時代のうねりをいち早く紹介するNewsPicksのインタビュー集。本質を見抜く視点を毎週つむいでゆくことで、ちょっと先の未来を覗こう。