是枝裕和の“家族”論「バラバラになってから“家族”になる」
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注目のコメント
是枝監督の作品だと意識せず、かなりの作品をみてきたことを知りました
母子家庭に育ち、父親のロールモデルをもたない私は、家族をもつことに強い欲求不満を抱え、飢えていきてきました。祖父は癌で亡くなり、祖母と母と妹がいたものの孤独感に包まれた小中高の暮らしは、ほぼ会話もなく、愛情というか喜怒哀楽すら感じなかった日々で、勉強に逃げて生きていました
家族をもち働き始めた当初は、仕事が忙しく場所も記憶も共有できず、渇き続けたので、いまある時間に日々感謝して過ごしています
家族はじぶんをうつす鏡であり、痛みも癒しも強く一体感に苦しみ喜ぶ血肉ですから、大事にしたいし傷つけて回復しながら代謝しつづけるもの。人の人生も楽しめるのは素晴らしいこと「自分のことより相手のことを優先できる」関係性が家族なのだと思います。
自分のために何かを成し遂げても、自分一人の喜びですが、人のために頑張るとその人と自分で、倍の喜びを分かちあえる、それが「家族」の素晴らしさだと思います。「家族を家族たらしめるものは、場所と記憶を共有すること、またはどちらか」
家族の在り方も、多様化している。血の繋がりだけが全てではない。誰とだって関係性を構築していく中で、家族になれるのだ。
「家族とは、こうあらねばならない」という呪いから解放されて
「誰と、どこで、どのような家族を創っていきたいのか」自分自身の家族観を持つことが大切だと感じた。