【倉貫義人】オフィスはいらない。管理もしない。「軽さ」を選んだアジャイル経営論

2019/10/24
 テレワークの普及によって、いつでもどこでも自由に仕事ができるようになり、人々の生活や仕事が“軽く”なった。しかし、会社という組織から見れば、リモートで働く形態はどのようなメリットを持つのだろうか。ビジネスの最先端で活躍する先駆者たちに働き方を学ぶ「Work Hack! interview」第3回では、これからの組織の可能性について考えてみたい。
 話を聞いたのはソニックガーデン代表取締役社長の倉貫義人。「納品のない受託開発」を手がける同社最大の特徴は、全社員がテレワークで本社オフィスを持たないこと。会社経営においても組織管理を撤廃したという倉貫は、どのように組織をマネジメントしているのだろうか。

テレワークする社員に、組織の働き方を合わせていった

── ソニックガーデンは、どんな経緯でオフィスを撤廃したのですか。
倉貫 社員5人で創業した時には、渋谷にオフィスを構えていました。ただ、始まったばかりの会社がエンジニアを採用するとなると東京近辺ではなかなか難しくて。地方にはいいエンジニアがたくさんいたので、地域を問わず全国で募集してみたんです。
 そうすると、最初に応募してくれたのが兵庫県の方でした。大阪まで会いに行くと、優秀だし熱意もあった。ただ、単身赴任も引っ越しも難しいということで在宅勤務で働いてもらうことになりました。
 当時、テレワークで勤務していたのは彼だけ。その後は徐々に地方からの応募が増え、社員が20人くらいになった時点で地方に住む社員が本社の社員数を上回る逆転現象が起こりました。オフィス勤務がマイノリティになったんです。
 テレワークの難しいところは、オフィスとリモートの間に遠慮や引け目が生じて、お互いにストレスが溜まること。たとえば、テレビ会議をするときって、オフィス側で複数人が集まってカメラとマイクを用意しますよね。すると、リアルで集まっている方が盛り上がってしまって、リモート側に疎外感が生まれてしまう。
 そのギャップをなくすため、全員をリモート側の働き方に合わせたのがよかったんだと思います。会議室に集まることがなくなり、オフィスにいてもそれぞれ別の席からテレビ会議に参加したり、隣の席にいてもチャットで会話したり。
 そのうち、みんなが「オフィスって、なくてもいいんじゃない?」という意識になって、スムーズにフルリモートに移行できました。
 現在42人の社員がいますが、勤務地は19都道府県に散らばっていて、首都圏よりも地方にいる社員の方が多いんです。
── フルリモートでコミュニケーションに不都合はありませんか?
 当社では、Zoom(オンラインビデオ会議ツール)で発行するURLのことを「会議室」と呼んでいます。オンラインだと会議室を探す手間も移動する必要もなく、時間に縛られることがありません。30分刻みで動かなくても、5分でミーティングが済んだら無駄話で時間を潰すのではなく、さっと終わらせて各自の仕事に戻ればいいんです。
── 気軽に雑談できるのも、オフィスのメリットでは?
 そうですね。予定を調整するほどではないけれど、今すぐに話したいときは往々にしてあります。リアルなオフィスにいれば「ちょっといい?」って気軽に声をかけられますが、オンラインになると急に堅苦しくなる。それは相手の存在が見えないからだと気付いたんです。
 逆に言えば、オンラインであっても目の前にいることがわかれば、オフィスと同じように気軽に話しかけることができる。その仕組みが必要だと考えて、「Remotty」という仮想オフィスを自社で開発しました。
 ソニックガーデンのポリシーは「報連相(ほうれんそう)」よりも「雑相(ザッソウ)」。正解がわからない現代のビジネスでは、一人で考え込んでも解決できない。雑でいいから早い段階で他人に相談して、コミュニケーションを取りながら解像度を上げていくことが大事だと思います。

「顔を合わせる必要」は、本当にあるか?

── 仮想オフィスとチャットツールはどう違うんですか?
 チャットのための場所ではなく、言葉どおりオンライン上の仮想オフィスなんです。
 当社は完全フレックス制だから何時に出社してもいいのですが、1日8時間勤務で大体が昼間に仕事をしています。仕事を始めるときには、全員が仮想オフィスにログインする。すると、パソコンに向かっている姿が2分ごとに撮影され、ディスプレイ上に表示されます。
 そうすると、誰が着席しているかが見えるし、相手の様子がわかれば気軽に挨拶や雑談もできる。ほとんどオフィスと変わらない感覚で働けます。
ソニックガーデンが自社開発した仮想オフィス「Remotty」
── 社内の働き方はどう変わりましたか。
 完全にオフィスを撤廃してからは、物理的に自由になったと感じます。通勤もありませんし、チームワークに支障をきたさない限りは、好きな時間に働いてもいい。人の慣れって面白いもので、数ヶ月も経たないうちに「オフィス=仮想オフィス」が当たり前になりました。
 その結果、「この環境なら旅しながらでも働けるんじゃないか」と考えた社員がいて、東南アジアを巡りながら働いたり、オーストラリアで働いたり。
 こちらとしても、仕事さえしてもらえれば物理的にはどこにいても関係ないですからね。今ではそれが日常風景になって、新入社員まで「ちょっと彼女とイギリス行ってきます」って(笑)。
── リモートにしたことで、生産性に影響はありませんでしたか?
 厳密には計測していませんが、生産性はむしろ上がっている気がします。単純に移動時間が浮きますし、会議にかける時間も短くなった。仕事を終わらせれば自分の時間ですから、効率は格段によくなりました。
── もうリアルで顔を合わせる必要はない?
 実は、全社員を集めた「家族旅行」を年に1度行っています。利益が出たら、その年は日頃お世話になっている社員の家族も連れて、みんなで社員旅行をやろうと。
 ビジネスはヴァーチャルで完結できますから、仕事のために集まる必要はありません。でも、遊ぶためなら、わざわざリアルで集まる価値がある。毎日顔を合わせなくても、たまに会って語ったり、いい大人同士で遊んだり。それで十分に人となりはわかるし、仲よくなれるんです。

今の組織マネジメントは、管理ではなくムードメイク

── ソニックガーデンのもう一つの特徴が、「管理しない」というマネジメントだとか。
 ソニックガーデンには縦割りの部署もありませんし、部長のような管理職もいません。どういうことかというと、決裁権や予算をフラットに割り振って、社員全員が管理職相当の仕事をしているということです。
 そもそも、我々はエンジニアリングの会社ですから、社員が管理すべきは人ではなくコンピューター。仕事はできる限りコンピューターやアルゴリズムに任せるという思考が、大前提としてあります。
── 人が人を管理する必要はまったくない?
 大量生産の時代のように、毎日同じ作業を繰り返すのであれば、管理することで生産性は上がるかもしれません。でも、今のビジネスの大半は毎回異なる成果物を求められ、再現性が低い。案件ごとに違いがあって、アイデアやクリエイティビティが求められますよね。
 そういった仕事でよい成果を出すためには、内発的なモチベーションが必要です。いいものをつくりたいという個人の意思にフィットする形で、会社に貢献してもらうしかない。
 ソニックガーデンの採用では、エンジニアとしてのスキルを持っていることを前提として、応募者が「何をしたいのか」「どんなことに喜びを感じるか」を聞き出すことに注力します。
 そのうえで本人と相性のよい仕事を任せれば、放っておいてもクオリティの高い仕事をする。管理や教育よりも、適材適所の環境が大事です。
 入社後も、個人のノルマや売り上げ目標はありません。評価や管理ってめちゃくちゃ手間がかかるじゃないですか。その分を生産的な仕事に回すために、数字で評価すること自体をやめたので、いくつかのステージは決まっていますが給料も一律。経営にとっても社員にとってもわかりやすい明朗会計です(笑)。
── 昇給制度や給与体系はどうなっているんですか?
 新人は毎年成果にかかわらず、給料が上がる仕組みにしています。ただ、一人前になると昇給はなくなって全員一律です。あとはプロジェクトや部署ごとの報酬を山分けするような感じですね。
「今年頑張ったら、来年お給料が上がるかもしれない」っていうのは、働くモチベーションとして正しくない。最初から固定でそこそこいいお給料を出した方が、「これだけもらっているんだから頑張ろう」ってなると思うんです。
── たしかに。でも、それだと能力の高いベテラン社員から不満が出ませんか? 努力だけで成果が上がるわけではない。経験やスキルも大事ですよね。
 そうならないために、中堅でもベテランでも任せる仕事の量を同じにしています。慣れてくると生産性は上がるので、同じ仕事でもベテランの方が早く仕事を終えられる。
 いかに仕事時間を減らすかを考えながら働いてもらい、余った時間は仕事を増やすのではなく、好きに使ってもらいます。
 これは公平のためだけではなく、新しい価値をつくるための仕組みでもあります。空いた時間で自分の仕事をより楽にするためのプログラムを組んでもいいし、仮想オフィスで雑談していてもいい。
 そういった余白から、新規事業のアイデアが生まれたりするんです。
── 働きやすさだけを考えているわけではなく、生産性を上げるための合理的な仕組みだということですね。
 そうですね。この仕組みを保つために、私たちは「成果物を納品する」ということもやめてしまいました。
 納品のために見積もりを出すには、「人月(何人が何カ月働くか)」という基準が必要になります。これって時給換算みたいなもので、それぞれのエンジニアが優秀かどうかにかかわらず、人数だけで見積もることになる。
 時給換算のダメなところは、生産性が低い人の方が長時間働くことになり、結果的に高い給料をもらえること。これでは優秀な人のモチベーションが下がりかねません。
 そもそも、システムは使い始めてからが本番で、バージョンアップやメンテナンスは随時必要になります。だから、我々は月々の料金を定額にし、顧問弁護士や会計士のような形態でシステム開発を受託しています。
 流行りの言葉で言うと「サブスクリプション」です(笑)。

重厚長大から、軽くてスピーディーな経営システムへ

── ソニックガーデンのようなマネジメントは、エンジニアなどのクリエイティブ職だからできるのでしょうか。この働き方に拡張性はあると思いますか?
 物理的なものを扱う手工業の職人のような仕事はまだ難しいかもしれませんが、少なくともエンジニアに限ったことではないと思います。
 編集者、マーケター、人事、総務……どの職種でもパソコンがあればテレワークはできます。営業だってこれからオンラインの営業ツールがもっと普及するでしょうし、お客様の理解があれば、すべて遠隔で完結させることは可能です。
 現に、当社ではリアルでの往訪営業は行っていません。そう考えると、現代の仕事のほとんどは、ヴァーチャルでもできるんじゃないでしょうか。
── 組織の規模はどうでしょう?
 仮に社員が100人、1000人と増えたとしても、全員が一緒に働くわけではない。大企業でもプロジェクトベースで見れば、小規模なチームに分かれて働いていますよね。
 大きな企業がテレワークや仮想オフィスの導入に手こずるのは、全員で一斉に始めないといけないという思い込みがあるからではないでしょうか。
 大企業も個人の集まりだととらえて、小さい単位から始めればいい。仮想オフィスは手狭になってもサーバーを増やせばいいだけなので、人を増やすときにも簡単に対応できます。
── 聞けば聞くほど、この組織体制にはデメリットがないように思えてきますね。
 そうなんです。強いて挙げれば、「全員がちゃんと働かなければいけなくなること」。これをデメリットと考える人はいるかもしれませんよね(笑)。
 基本的には性善説に基づく働き方ですし、個人が自分の責任でちゃんとパフォーマンスを出さなければいけない。ただ組織にぶら下がっていればいいと考える人にとっては、当社は可視化されすぎていて働きづらい環境だと思います。
── この先、ソニックガーデンはどんなふうに成長していくでしょうか。
 5年後すらまったく想像がつきませんね(笑)。
 事業がスケールしていくか、社員数が増えるかどうかって、そもそも経営者が決めることではないと思うんです。私が社員を増やしたいと思っても、応募が増えるかはわからないですし、それだけ仕事がないといけない。
 それに、この会社で働くモチベーションは、組織の成長ではなく、個々の持続的な自己実現だと思います。仕事のやりがいって、自分が今できることの少しだけ上、程よい難しさの課題をクリアしたときに一番感じられるじゃないですか。
 それができる環境を維持することで、それぞれが自発的、自律的に、チームのための仕事に取り組んでいく。
 昔はプログラミングの世界でも、いわゆる「重厚長大」なシステムがよいとされた時代がありました。完成度を高め、冗長性を担保したうえで、完璧なシステムをリリースするという考え方です。でも、このやり方は変化の激しい今の時代にはそぐいません。
 今求められているのは、それとは正反対の「軽さ」や「小ささ」、「スピード感」。小さな単位で開発し、柔軟さを残してリリースし、変化に対応しながら洗練させていくやり方を「アジャイル開発」と呼びますが、この概念は組織や経営にも取り入れられると思います。
 これこそが、これからの時代のマネジメントなのではないでしょうか。
(編集:宇野浩志 執筆:角田貴広 撮影:大橋友樹 デザイン:砂田優花)