【採用トレンド】人事は黒子をやめ、「届けたい人」目線で情報発信すべし

2019/10/11
人事が黒子でよかった時代は終わった。9月19日にWeWorkアークヒルズサウスタワーで行われたイベント「採用マーケティングのプロが語る、優秀人材に選ばれる企業とは〜SNS・WEB上のビッグデータから読み解く採用トレンド〜」(主催:スパイスボックス)で、採用マーケティングのプロたちが最新の採用トレンドを交えながら企業の抱える課題についてディスカッション。

ファシリテーターはスパイスボックス 採用コミュニケーション事業部 事業部長の秋山真氏。内容を抜粋・再編集し、前回に引き続きリポートをお届けする。(全2回・後編)

人気企業は就活生に届けるために、情報発信を戦略的に行っている

──今の学生が注目する企業や人気企業について、傾向を聞かせてください。
田中 今の学生の傾向として感じるのは、商社系にあまり魅力を感じず、日頃からユーザーとして使っているIT系の企業に飛びつくということ。でも、全員が希望通りに入社できるわけではない。
 その次の志望企業として、どのように存在感を出していけるかが、ポイントだと思います。
 例えば、サイバーエージェントは今、学生から大人気ですよ。この5年ぐらいで急激に学生の信用を獲得しています。彼らは「全員で採用をやっている」と言い切ります。チームをよくするために、自分たちのネットワークを使って採用活動していく。
 その行為そのものが、採用のプライオリティの高さを示しているし、そうしたカルチャーを組織の中で作り上げたわけです。僕が知る限り、日本ではかなり稀有なカンパニーですね。
一橋大学大学院社会学研究科博士課程を経て、メルボルン大学、カリフォルニア大学バークレー校で客員研究員を務める。大学と企業をつなぐ連携プロジェクトを数多く手掛ける。『先生は教えてくれない就活のトリセツ』(ちくまプリマー新書)、『プロティアン』(日経BP)など著書24冊。企業顧問14社歴任。
 とはいえ、他の企業がサイバーエージェントのまねをできるわけではない。やはり「必要な情報を就活生にしっかりと届けている企業」が人気なのかな、と思います。
──Panasonicの場合、前と比べて、併願の企業の並びは変わってきたりしますか? その中で注目されるために、大事にされていることはありますか?
杉山 変わっていると思います。メーカーでハード中心とはいえ、デジタルを取り込んでいかなければなりません。外資系やベンチャーのIT企業の名前が併願先にあがるケースも出てきています。
 人事がついやりがちなことは、直接の競合の施策ばかりを気にしてしまうこと。例えば、Panasonicで言えば「SONYは何やっているのかな?」「日立は何やっているのかな?」と考えがち。
 でも彼らは採用におけるお客様ではないですし、正解がない中で「他社がやってるからうちもやらなきゃ!」という発想そのものに意味がありません。
 参考にするのであれば、あえて異業種、異業態の取り組みを学ぶ方が、気付きも得られる気がします。
 なにより、「人がその会社を好きになるプロセス」を理解する方が大事です。お客様を知り、そのプロセスを改めてきちんと理解することのほうが、競合やその時々で注目を集めている企業の真似することの何倍も効果があると思います。
慶應義塾大学(SFC)卒業。ITベンチャーでマーケティング・広報・IR・経営企画を経てHRチームを立ち上げ、採用・組織戦略・ブランディングをリード。その後、メガベンチャーでHRを立ち上げ、HR/PRを統括。子どもが生まれたことを契機に、パナソニックに入社。
──具体的にどういう風にコンテクスト(世の中の流れや背景)を捉えているのですか?
杉山 消費財のマーケターの立場に立ってみれば、お客さんと出合わずに、お客様を理解せずにマーケティングなんか絶対できないですよね。それと同じで、コンテクストを理解するには、まずひたすら接点をもつしかないと思うんですよ。
 相手が置かれている環境を理解したり、思考の状態を理解したり、インサイトを理解したり。いかに、その人の気持ちの洞察をもてるかです。
 ただ、意外とやってないですよね。やっていたとしても、担当の経験則になっていて言語化されていない。
 加えて、消費財のような世界と違うのは、キャリア選択は人生におけるイベント発生頻度が限られていて、1回の意思決定にかける時間が長期に渡ります。なので、一人一人掘り下げるだけだと多様なジャーニーになり、まとまりとして捉えにくくなります。
 なので、個の接点だけでなくソーシャルリスニングをかけて、傾向としてどんな情報が学生に届いているのか、刺さっているのかを分析をしました。
 そしてコンテンツだけでなく、どういう人が情報の基点になっているのかという点もあわせて調べました。これはコンテクストを捉える上で非常に役に立ちました。
2016年、スパイスボックス入社。プロデューサー時代にデジタルマーケティングで得た知見やノウハウを、採用領域へ活かすべく、2017年に自ら採用コミュニケーション事業を立ち上げ、人事・採用広報向けソリューションを提供開始。現在は30社以上へサービスの提供を行っている。本イベントのモデレーターを務めた。

応募者のインサイトと企業の魅力の重なる場所

──Panasonicの話を聞きましたが、反対にニッチな企業でも、エンゲージメントしているコンテンツがあると思います。NewsPicksのジョブオファーでうまくいった成功例はありますか?
西村 メトロールという企業の話です。スマートフォンなどの製造に必要不可欠な「精密位置決めスイッチ」を作っている超ニッチな企業なのですが、超グローバルカンパニーなんです。
 話を聞くうちに、組織づくりのこだわりが見えてきて。経理などの間接部門や上下の階層も完全撤廃。ティール組織を体現されていました。
 そこで私たちが導き出したストロングポイントが、「新卒1年目から海外を飛び回れる」といった働き方です。
 「入社すれば世界でいきなり活躍できる」と社長が言っているのを聞いて、最初は半信半疑だったのですが、実際に社会人3年目でASEAN事業部長をやっている営業の女性がいました。自由にタイやマレーシアへ行って、すべて自分の決済。
関西学院大学経済学部卒業後、インテリジェンス(現・パーソルキャリア)に入社。求人広告の法人営業経験を経て、2016年にNewsPicksに入社。ブランドデザイン事業部で法人営業を担当しながら、ジョブオファー事業や、HOPE by NewsPicksなどの新規事業立ち上げなどに従事。
 企業目線で言うと「我が社はニッチトップのメーカーです」となりますが、私たちはあくまでNewsPicksの読者視点。彼らのインサイトと企業の魅力の重なる場所を探します。
 ターゲットは、グローバル市場で世界で活躍したい、と商社など国内グローバル大手企業に入ったけれど、実際は国内のオペレーション業務だけ……という第二新卒の人たち。
 「そういう人は絶対うちで活躍できる」と社長が話していたので、そこにフォーカスしたら、どんどん応募が集まりました。その後も、応募してくる新卒の層が変わったそうです。一つのコンテンツでも、届け方を工夫することでいろいろなポイントで効いてくるいい例です。
 私たちは、このように採用ブランディングの文脈作りや企画の提案をやらせていただいているのですが、自社で発信するだけではリーチできない層に届けるという点で、NewsPicksのようなメディアを活用いただくのは1つの手法だと思います。
──NewsPicksを読むような学生は、どんな傾向があるのですか? 例えば、どんなコミュニケーションをとれば響いて、どんな軸を持った企業に魅力的を感じているのか。
西村 「自分らしく生きたい」という想いが根底にあると思います。「パーパスドリブンの時代」と言われますが、大事なのは大義を掲げるということ。
 採用コミュニケーションにおいても、企業から学生へ一方的な発信しがちだと思うのですが、同じ方向を見て、この世界を一緒に作ろうよというパーパス(目的)をきちんと描いて、情報発信をすることです。
 自分の生き方と照らし合わせられるように、ミッションや会社独自のカルチャー、バリューを発信されている企業は学生も応募しやすいし、ファンになりやすい。具体的な待遇や社内のキャリアパスなどではないところでのコミュニケーションが大事なのかなと思います。

これからの採用は、人事が黒子ではもう勝てない

田中 本当に届けたい情報が、届けたいところに届かない。情報が溢れている時代だからこそ、届かないのです。だからこそ、戦略性がものすごく大事なのです。ただ単に「ホームページを作りました」「Facebookページ開設しました」では、誰も見ません。
 開設して満足では、困るのです。どうしたら、玄関をノックして入ってきてくれるのか、情報を目にしてもらえるのか。導線づくりが極めて重要となるのです。
 要するに、今までの新卒採用のやり方ではもう駄目な時代を迎えたわけです。大きな転換を迎えていると思っています。
 僕は、やはり採用は“マーケティング”だと思うんです。このマーケティングの手法、感度を分かっていない人が、今までの人事経験から急に転換させてやるのは、結構難しい。
 それに、これからの採用は、ビジョンがもっと必要になると思います。要は、5年後、10年後に、一緒に働くかもしれないメンバーに会っているというビジョンが持てるかどうか。
 人生100年時代、転職は2回以上はするでしょう。たとえ新卒採用で縁がなかったとしても、1回は会社を好きになってくれた人なわけです。その人を変な切り方をしたら、次は絶対来ないでしょう。新卒採用だけ、1回きりで終わる話ではないということです。
──学生に社名を知られていなくても、素晴らしい企業はいっぱいあります。企業側は、どんな届け方をしたら、学生に届くと思いますか?
田中 もう、学生は“箱”を見ていないんですよ。「〇〇会社だから行く」なんて選択をする学生はほとんどいなくて、やはり中身を見ている。
 皆さんが学生と関わる人事だとして、皆さん、学生に名前を覚えてもらっていますか? 学生は何を見ているかと言ったら、ゲートキーパーである皆さんを見るわけですよ。バイネームで覚えてもらっているというのが、絶対に強みになります。もう今の人事は、黒子では絶対に勝てません。
 先ほどの話で言えば、届かせる努力というのは、すごく大事なのですが、そんなに難しいことではないと思っています。なぜなら、口コミのマーケットが、蜘蛛の巣のように張り巡らされているので、そこに落としておけば届くんですよね。
 でも、落とすコンテンツが“箱”じゃ駄目で、恐らく“人”なんです。
 その人はひょっとしたら、数年後いなくなるかもしれない。だけども、この会社で、この何年間はこういう風に働いている。僕もしくは私は、10年後、こんなことを将来として描いていて、こんな家庭を築きたいと思っていて….みたいなエモい話が、やっぱりウケると思います。

“届けたい人目線”のコミュニケーションを心掛ける

──優秀な人たちや自分で欲しい人たちを採用するためのコミュニケーションとして、企業はどんなことをしていけばいいのでしょうか?
西村 自社のミッションやバリューを一方的に伝えるのではなく、届けたい人目線で届けることが重要だと思います。
 闇雲に他の企業を真似するのではなくて、届けたい人はどんな人なのか、何に悩んでいて、何に困っているのかブレークダウンする。どうやったら本当に伝えたい人に伝わるんだろう、と具体的なアクションをきちんと描くことです。
杉山 本質的なことは、田中先生が言っていただいたこと、そのままです。箱ではなくて、人を見せることに尽きると思っています。
 その上で、新しく取り組みを始める際に一番早いのは自分自身を出すことです。僕は決して出たがりで出ているわけではないんですよ(笑)。
 大きい組織で新しいことをスタートする上で大切なのは「前例」です。大企業は社会に対して負う責任が大きいので、意味があるのか、リスクはあるのか、意思決定のハードルは高くなりがちです。
 事例があれば、理解を得るのも早く、意思決定のハードルを下げられます。結果、施策全体のスピードをあげられます。
「自分は大したことないので……」と謙虚に思う人事の方も多いと思います。でも、そういった方が出ていくのがいい。
 学生の「何者かにならなければいけない病」はかなり重症なので、著名人とかではない、組織の中の人がミッションを持って仕事していることを伝えなければならないんです。背伸びをすることのない率直な発信が、企業への信頼を育んでいきます。
田中 ポイントを言うと、「採用の透明化」と「日常業務の見える化」だと思います。採用はこれまで透明化されていないブラックボックスの中だったけれど、もう口コミでかなりの部分が見えるようになってきた。
 いい面ばかりを出していても、内部にいて転職した人が「実際はあんな会社だよ」と書き込んだら、学生はそちらを信用する。
 だから、大前提としては、より良い会社をまず作ること。その入り口である採用では、ちゃんと全部を見せること。どういう風に働いているのか、どんな気持ちで働いているのか、これからどういう風に働こうとしている船なのか。
 「日常業務の見える化」も併せてやった方がいいですね。働きがい、やりがい、生き甲斐。職場でのキャリア形成やキャリア開発。うまくストーリーテリングして、就活生に届けていく。
 上っ面を整えて目先の採用を凌いでいくのではなく、ビジネスシーンの中身を着実に届けていく。そうすることで、新卒採用の時に、縁がなかったとしても、彼ら・彼女たちは5年後、10年後に成長した姿で、戻ってくるのです。
 「今年の採用は、うまくいかない」とぼやいている間に、やれることは必ずあります。
(構成:五月女菜穂 編集:奈良岡崇子 写真:安東圭介 デザイン:堤香菜)