【玉城絵美】テックと社会の潮流が、自由な働き方を後押ししてくれる

2019/10/10
 働く場所も方法も多様化する現代において、ビジネスの最先端で活躍する先駆者たちは、これからの働き方にどんな可能性を見ているのか。
「Work Hack! Interview」第2回のゲストは、人とコンピューターの相互作用や新しいインターフェイスを研究する学者であり、デバイスやサービスを開発するH2Lの創業者でもある玉城絵美氏。「場所に縛られることなく、体験を共有する」ことを目指す彼女のワーク・ライフスタイルとは?

「幸せな病室」には、「体験」が足りなかった

── 玉城さんはHCI(ヒューマン・コンピューター・インタラクション)の研究をなさる一方で、2012年にH2Lを起業されました。それぞれの活動について簡単に説明していただけますか?
玉城 私の活動を一言でいえば、新しいユーザーインターフェイスの提案をおこなっています。例えば部屋にいながらにしてビジネスに携わったり、あるいはエンタテインメントを享受したり。そうやって「場所の制約を受けずに世界中の体験を楽しむ」ことを目標にしています。
 研究活動としては、だいたい10年から30年先を目安にして、室内にいながらバーチャルに外へ出るときに、外界のどういう情報が人に対して提示されるべきか。視覚・聴覚的な情報だけでなく、「触覚」を使ったインターフェイスも最近流行っているのですが、私の場合は「深部感覚」を重視しています。
── 深部感覚とは?
 体の動き自体、つまり、運動の状態や体にかかる抵抗、重量などを感知する感覚です。視覚や聴覚に加えてそういった付加情報を与えることで、クロスモーダル現象(異なる知覚が互いに影響し合う現象)が起こります。その結果、人間にどのような影響を及ぼすのかを研究しています。
 一方、会社のほうでは、研究活動における「場所の制約を受けずに体験する」というビジョンに対して、今すぐ産業として成立させるにはどんなビジネスがいいのかを模索し、具体的なデバイスやサービスとして展開しています。
── 研究活動と企業活動を並行しておこなうという選択は、玉城さんにとって自然な流れだったんですか?
 そうですね。どちらか一方を選ぶということが、受け入れ難かったんです。
 もともと私が、場所に縛られないほうが人生は楽しくなると感じたのは、2001年くらい。高校時代に体調を崩して長期入院していたときのことです。
 そのとき、入院生活自体はすごく便利で快適に感じられたんです。もちろん病気はつらいのですが、寝ていても勝手に食事が運ばれてくるし、生活がベッドの上でほぼ完結していたので「幸せだなあ」って。
 でも一方で、病院の外にいる人と体験を共有できるかというと、当然できない。写真とかを見せてもらっても楽しくないし、むしろ羨ましく思うだけです。
 同じ病室にいた人も「子供の運動会を見に行けなかった」と残念がっていましたし、私も修学旅行に行けなかった。行き先が海外だったので、そのためにパスポートまで取ったのに。
 そういう悔しい思いをしたことで、感覚や体験のインタラクションがあれば病室の便利さも享受できるし、みんなと楽しい思い出もつくれる。完璧だ! と感じたんです。
── その当時、玉城さんはまだ研究者ではなかったけれど、今でいうVRやリモート体験みたいなものを思いついたわけですね。
 思いついたというか、そういうのが欲しくなったのかな。ただの物欲です(笑)。
 そのまま研究の道へと進みかけましたが、大学の3年生の頃に、今お話ししたビジョンを実現するためには、研究とビジネスを両方やらないといけないことに気づきました。
 なぜかというと、当時はまだスマホもなかったし、インターフェイスといったらキーボードとマウスです。そこからVRみたいな世界へ行くにはずいぶん隔たりがあるし、先端的な研究だけではなく社会に実装する形も少しずつ見せていかないといけない。
 当時は今のように複業が容認されるような雰囲気ではなく、むしろ安定志向で公務員の人気が高まっていました。そんななか、二足……いや、もしかしたら三足も四足も草鞋を履かなきゃいけない。絶対に大変だろうと悩んだのですが、結局、私の欲を満たすためには「仕方がないな」と。

新しいツールが、働き方を変えていく

── “仕方なく” 研究とビジネスをどちらもやることになった。でも、両立することによるメリットもありますよね。
 まず、入ってくる情報量が格段に増えました。量だけではなく、研究者としての私に入ってくる情報と、起業家としての私に入ってくる情報は種類が違って、どちらも重要なんです。
 ビジネス面では、マーケットの推移やユーザーさんの声といった情報が入ってきます。研究者のつながりからは、そうやって見えてきたニーズに対して、今の技術でどこまで応えられるかがわかる。
 そうやって二方向から得た情報をかけ合わせると、だいたい何年後にどういうサービスが提供できるのか、どのあたりの企業がそれを提供するのかが見えてくる。そういう相互作用はあるかもしれません。
── 研究活動と企業活動が相乗効果を生んでいるんですね。両方のバランスを取るのは難しくないですか?
 そうですね。今のバランスがベストかと言われると怪しいのですが、少なくとも以前と比べて調整はうまくなってきたと思います。
 それは単純に協力者が増えたからという理由もありますが、社会的な動きにも後押しされています。やっぱり世界的に、一つのプロジェクトを始めるときにチームを組んで、プロジェクト終了後に解散するというワークスタイルが一般的になってきたことは大きいですね。
 2010年前後から「もうウォーターフォールの時代じゃない。これからはアジャイルだ」とか言われ始めたじゃないですか。その頃から、一部の企業が採用していた働き方に名前がつけられて、それが広まっていった感じがします。
 同時に、ネットワーク上を行き来する情報量が増え、コンピューター同士の情報も共有しやすくなった。それより前からプログラマーの間では普通だった並列プログラミングや、テレワークみたいな仕事の進め方がより広く普及しました。
 今、私が所属している研究会で書類を作成するときは、7人くらいがテレビ電話で会話しながら、一斉に共有ドキュメントを編集して書き上げるんです。みんな別々の場所にいるのに、さも会議室に集まって、顔を突き合わせているような感じで。
 それに必要な機能が全部、こんなに薄いモバイルPCに詰まっている。これもまた、ツールによって生まれた新しい働き方の例ですよね。
── 玉城さんが普段お仕事をされる場所は、決まっているんですか?
 今は大抵の仕事が遠隔で済むので、基本的には自由に好きなところで働いています。
 ただ、今日の取材のようにどうしても対面でお会いする必要があるときや、製品を触ったり組み立てたりしないといけないとき、あるいは実験があるときなどは、会社なり研究室なりに来ざるを得ません。
 まだ私の目標である「場所に縛られない」ところまでは実現できていないんですね。
── 場所から解放されるには、今、何が足りていないんでしょう。
 そうですね……これから先を長期的に見た場合には、やっぱり身体や運動の共有は必要になってくると思います。でも、それを実現させるにはまだまだ時間がかかります。
 仮に身体情報をパーフェクトに共有できるような技術が実現したとしても、それを普及させるには安全にコントロールできなきゃいけない。つまり、不適切なアクセスに対して情報を遮断するというセキュリティ面もあわせて考える必要がありますから。
 ではもう少し短期で、ビジネスのスパンとして見たときに何が働き方を変えるかというと、どんな場所や状況においても確実に大量の情報をやりとりできるサービスやデバイスです。
 今、5Gの話が盛り上がっていますが、通信速度が速くなれば、対面とテレワークの差は飛躍的に縮まるはずです。

「移動」から解放されたあとの働き方

── 5Gになったとき、どんなことが変わるんですか?
 できることはいろいろあるのですが、HCIの研究者として言うなら、例えばテレビ電話などの通信における「遅延」がなくなります。
現状のテレワークでは、私たちが対面でおこなっているノンバーバルコミュニケーション、つまり非言語情報の伝達が困難なんです。
例えば、私がテレビ電話を介して相手に何か提案したとします。その提案に対して、相手がすぐにうなずいたのか、それとも一呼吸置いてうなずいたのか、今のように秒単位の遅延があると判別できません。
でも、5Gが導入されればその遅延が0.3秒以下になり、映像もより鮮明になります。そうなれば、対面しているのと同じように非言語情報をスムーズに交換できるようになります。
── なるほど。僕もスカイプなどでインタビューすることがあるのですが、やはり対面と比べると、対話に膜が一枚かかっているような感覚があります。
 そうそう。その違和感の一番の原因は、ほんの少しの遅延なんです。時間差がなくなればガラス越しにしゃべっているのと変わらなくなりますから、直接会わないといけない仕事は減っていく。みんなが好きな場所に住んで、バーチャルなオフィスに出社することも珍しいことではなくなります。
 うちの会社にも、香港に住みながら2年間ずっとここで働いている社員がいます。朝から晩まで常時テレビ会議を立ち上げっぱなしで、今も奥のオフィスにいますよ。
── ああ、パソコンのモニター上にいらっしゃるんですね。
 そう、会議をするわけじゃないし、お昼休みなんてみんなのんびりしているだけなんですが、ビデオでつながっていないと仕事がしづらいそうです。あるとき、設定ミスでこちらのマイクが切れていたことがあったんですけど、「落ち着かないからマイクをONにしてくれ」と言われました(笑)。
 不思議だなと思うこともありますが、彼が求めているのはもはや非言語情報ですらなくて、「存在感」みたいなものなのでしょうね。
── まわりでみんなが働いていて雑談できたり、何かあったときに気軽に声をかけられる安心感がオフィスに集まることの意味なのだとしたら、それはバーチャル出社でも代替できるのかもしれません。
 極端な話、通信とそれにまつわるデバイスやサービスが進化すれば、その場にいるかのような臨場感が高まり、移動がゼロになる未来だって考えられますよね。
 そうなったときにどこの人口密度が上がって、どこが過疎化するのかをシミュレーションしたことがありますが、大阪の人口が11倍に増えるという結果が出ました。
 東京は流入も多いけど、流出も多い。ビジネスや福祉、観光資源や環境など、企業以外のさまざまな要因によって、それぞれが住みやすい街にある程度分散するんでしょうね。私だったら、冬でも寒くなくて、スギ花粉のないエリアに住みたいです。
── 将来的に、移動する意味はなくなるでしょうか。
 私にとって移動に意味はないのですが、ほかの人にとってはあるかもしれません。スマホでメールが打ちやすくなっても、電話する人もいるし、手紙を書く人だっています。技術革新によってテレワークがもっと手軽になっても、移動する人は残ると思います。
 ただ、少なくとも今よりはずっとテレワークする人が増えるのは間違いありません。だからこそ私は、物理的に離れていても、コンピューターを介して手触りや重みを感じたり、身体の運動を向こう側に伝えたりして「体験を共有する方法」を考えます。
 やっぱり、ただ映像を見るだけ、受信するだけだと寂しいなと。便利になることは歓迎しますが、みんなと楽しみながら働きたいですから。
(編集:宇野浩志 執筆:須藤輝 撮影:大橋友樹 デザイン:砂田優花)