【大谷翔平】ホームラン量産に必要な10.4kgと角度とは?

2019/10/10
 メジャーリーグベースボール(MLB)が野球界で世界最高の競技レベルでプレーされていることに疑いの余地はない。そのアメリカ合衆国は前回のWBCの覇者でもある。

明らかになった「ホームランの打ち方」

 そのMLBの野球に2015年から大きな変化が生じている。
 まず2014年まで減少していたMLBのシーズン総得点は、2015年を境に激増。この変化と比例して増えているのがホームランである。
 2018年に一旦減少したものの、今シーズンは総ホームラン数が6776本を数え、MLB史上最高を記録した。
 もう1つ今シーズン最多記録を更新したのが三振(42,823)だ。
 2000年以降、右肩上がりで増えていたシーズン総三振数だが、2008年を境に12年連続で最多記録を更新。それ以前の最多記録32404個(2001年)と比較すれば、その急増ぶりが知れる。2015年以降はさらにこの傾きが大きくなった
2015年を機に激増したホームラン数
 また、シーズン平均打率に関しては毎年下降傾向で、2018年のリーグ平均打率は.248と1972年以来最低となった。2019年もこれに近い水準となっている(.253)。
 このようにMLBは「ホームランで得点を奪う」という非常にシンプルな方策にシフトしており、それこそが世界の潮流となりつつある。しかも、「打率は捨ててでも」、「三振をしてでも」と、これまで評価されてきた指標の優先度を下げてでもホームランを打とうとしているのである。
 ただしこれ「アメリカの野球は大雑把になった」と結論づけてはいけない。
 このような方策を取らざるを得ない理由があるからだ。
 その1つが投球されるボールの高速化だ。
 平均球速が過去10年で約2.6km/h上昇し、2019年には150.3km/hを記録した。これは日本のプロ野球(NPB)平均よりも約5km/hも速い。
 この高速化によって、「三振せずに高打率を残す」ことと「ホームランをたくさん打つ」ことの二律背反が顕著になってきているのである。
 そして、2015年に「革命」が起きた。
 火種はトラッキングデータ。2014年からボールの軌道を追尾するシステム「トラックマン」がMLB全30球場に導入された。インプレーとなった打球のトラッキングデータは実に127,125球。
 これらを分析すると、
 「150km/h以上の打球速度で20~35°の角度で打ち上げると打球は100mを超え、ホームランになる打球が増える」
 ことが明らかになった。
 さらに、
 「打球速度が速くなればなるほどホームランになる打球角度の範囲が拡がる」
 こともデータによって示される。
 そして感度の高い選手はすぐにこの結果を実践に移した。コンタクトを優先して打球速度を下げるよりもフルスイングを心掛け、アッパースイングで打球打ち上げ出したのである。
 このトレンドは瞬く間に球界へと波及し、今シーズンの過去最高のホームラン数に繋がったのである。
 「2015年フライボール革命」。
 野球史に刻むべき出来事である。

世界基準の中の「打者・大谷翔平」

 右肘の手術の影響から、5月7日から打者として復帰した2019年シーズンの大谷翔平は、9月に左膝の手術で離脱するまで、384打数110安打、18本塁打。サイクルヒットも達成するなど、メジャーリーガーとしての存在感を示した。
 故障なくシーズンを戦い、もし(1シーズン通して想定される)600打数を消化したとすれば28本塁打となる。今シーズンのメジャー最多ホームラン数はニューヨーク・メッツに所属する(大谷と同学年の)24歳の新人、ピート・アロンソの53本塁打であり、28本塁打はMLBで64番目のホームラン数となる。
 大谷翔平の長距離打者として素質は十分ではあるものの、ホームランバッターと呼ばれるまでの道のりは遠い。
 大谷翔平がその仲間に(そしてゆくゆくはホームランキングに)名を連ねるにはどうしたらよいのか。その可能性はあるのだろうか。
 先述したように、打球の飛距離は打球の速度と角度で決まる。
 トラッキングデータの精度が安定した2017年以降のデータで見ていくと、世界最高打球速度は196.7km/h。ニューヨーク・ヤンキースの主砲、ジャンカルロ・スタントン選手が記録している。
 一方で大谷翔平の最高打球速度は185.2km/h。これは世界で55番目だ。
 打球速度は、高いスイング速度とバットの芯へのコンタクト能力が影響する。
 このうちスイング速度は除脂肪体重(≒筋肉量)が大きく影響する。公開されている体重と先行研究1)、2)から換算すると、大谷翔平が世界最高打球速度を出すには、あと10.4kgの筋肉量が必要となる。
 単純に1年で2kg増量したとしても5年掛かる。
 日本では伝統的に「走り込み」がトレーニングの手段として知られているが、これは効果がないばかりか、負の効果も引き起こす(https://www.baseballgeeks.jp/?p=8085)。
 筋肉量を増やすために、強度の高いトレーニングを行えば、自ずと膝や腰など関節への負荷も大きくなる。
 膝の手術に踏み切ったことで、これが完治すれば痛みを恐れることなくトレーニングの強度を上げることができるだろう。今回の手術はさらなる飛躍に繋がるのではないだろうか。

なぜ大谷翔平のホームランは少ないのか

 さて、最高打球速度は世界のトップに劣ると指摘してきたが、高いテクニックを証明するデータもある。
 「平均」打球速度である。
 大谷翔平のそれは今シーズン、149.2km/hで、メジャー全体で5位に食い込んでいるのである。高速なスイングを安定して発揮することができ、さらにバットの芯にコンタクトする技術の高さを窺い知ることができる。
 なぜ、世界トップレベルの数字を示しながらも、ホームランが(驚くほど)少ないのか。
 理由はただ1つ、打球の角度の低さにある。
 2019年の平均打球角度は9.2度とMLB平均の12.2度より3度も低い。
 「ビッグフライ、オオタニサン」は、実はフライが打つのが得意ではない。MLBを席巻しているフライボール革命が、大谷翔平にはまだ起きていないのである。
 これには日本式の指導が関わっているかもしれない。日本の指導現場ではアッパースイングはまず矯正されるばかりか、「上から叩け」と教わることも多い。
 また、打球に回転を与えるためにボールの下を切るようにスイングすることも指導者に求められ、それが重要だと思い込んでいる日本のプロ野球選手もいる。
 しかし、「世界基準」では直球を打つ場合、19度のアッパースイングでボール中心の0.6センチ下側をインパクトすると飛距離が最大化することがすでに明らかになっている(https://www.baseballgeeks.jp/?p=9537)。
 「世界基準」がアップデートされている今、MLBでは世界基準に適応した選手をどうやって育成するのか「Player Development(選手の能力開発)」の方法が試行錯誤されている。
 「R&D」や「Player Development」という部署を設立する球団も増え、データサイエンティストやスポーツ科学者の雇用も増えている。
 大谷翔平の場合、その能力開発の焦点はただ1つ、フライを打ち上げるスイング軌道の獲得である。来シーズンに向けどうフォームを変えるのか。ホームランの量産はここに掛かっている。

世界基準の中の投手・大谷翔平

 2018年のシーズン途中に右肘の靱帯損傷が発覚し4勝にとどまった投手・大谷翔平。2016年に日本最高球速165km/hを記録し、渡米後も160km/h超を連発し、投手としての能力の高さも証明した。
 しかしMLBでの大谷の最高球速は162.7km/h。日本では断トツだった球速は世界では19番目に当たる。世界のレベルの高さに驚かされる。
 また、先発投手として160km/hを超える速球を投球していながら、空振り率は20.0%と平均を若干超える程度である。
 スピードが高まるに従って打者は判断する時間が短くなり空振りは増えていくはずだが、大谷翔平の速球はスピードの割に空振りが奪えない。
 いわゆる「キレ」や「ノビ」がない。この正体もトラッキングデータから明らかにすることができる。
 投球されたボールには、(ナックルボールのような特殊な球種ではない限り)スピンが与えられている。このスピンによって発生した揚力という空気力がボールに作用し、ボールは軌道を変える。
 トラッキングデータでは、リリースされたボールがホームに到達するまでに、揚力によって何cm変化したのかという「変化量」という指標が抽出できる。
 そして大谷の変化量は、MLBの平均とほとんど差がない(https://www.baseballgeeks.jp/?p=6731)。
 基本的に160km/hで投球されたボールが打者に到達するまでの時間は0.4秒を切る。非常に短い時間で打者は、ボールを見極めボールとバットを衝突させなければならない。
 となると、打者はボールの軌道を予測してスイングするしかない。その予測プログラムは、過去の経験から作成される。
 平均的なボールの軌道に合わせてスイングをすることになるわけで、その大谷のボールはまさに平均的なのである。
 つまり、大谷の速球は速いものの、見慣れた軌道のボールなのだ。
 これが大谷が速球で空振りを量産できない理由である。
 一方で、スプリットの空振り率は56%を超え、決め球として三振を量産した。
 スプリットのトラッキングデータを見てみると、MLB平均では速球に対して28cm落ちているのに対し、大谷選手は35cmと、ボール1つ分落差が大きい。
 スプリットを投げる投手はMLBでは少ないという希少価値が高い上に、よく落ちる。「世界に誇る魔球」と言っても良いだろう。

変わるベースボールの世界基準と観戦者

 二刀流として挑戦することで「ベーブ・ルース以来」など歴史のスター選手と比較されることも多く、そのスター性は誰もが認めるところである。
 また、新人王を獲得したことからも、その年代の世界トップであることは間違いない。しかし、打者と投手をそれぞれ分けて世界基準と比較してみると、その頂点との間に開きがあることが認識できる。
 大谷翔平が、どう世界基準に迫っていくのか。
 彼の成長に寄り添い、共感するには、従来の野球の基準から世界基準へアップデートしなくてはならない。
※参考文献
1) 笠原ら(2012): 大学野球選手のバットスイングスピードに影響を及ぼす因子, Strength & Conditioning journal 19(6), 14-18, 2012
2) 城所・矢内(2017):野球における打ち損じた際のインパクトの特徴. バイオメカニクス研究 21(2), 52-64, 2017
(執筆:神事努〔ベースボールギークス〕、デザイン:九喜洋介、小鈴キリカ)