【八村塁】世界基準に引けを取らない2つの数字

2019/10/9

過去の日本人NBAプレイヤーとの違い

2019年6月20日(日本時間21日)、NBAドラフト2019にて日本の八村塁が1巡目全体9位でワシントン・ウィザーズの指名を受け、「日本人で初めて1巡目指名をされた選手」となった。
NCAAでプレイしているアメリカの大学バスケットボール選手の数が、一番上のディビジョン1から下のディビジョン3まで合わせて1万9000人いるなかで、今年のNBAドラフトで指名されたNCAA選手はわずか52人。
これだけでも、八村がどれだけの狭き門を上位で突破したのかがわかる。
NBA選手のキャリアの長さの平均は4.8年なのだが、1巡目指名を受けたことで八村は少なくとも2年間はプレイできることが保証されており、順当な結果が出せれば、チームオプションが行使されさらにもう2年の合計4年は約束されていると考えて良い。
2004年に初の日本人NBA選手となった田臥勇太は、ドラフトを通さず純粋にフリーエージェントとしてフェニックス・サンズと契約。怪我やチーム状況も重なりわずか4試合で解雇となっているが、これこそ契約が保証されているかどうかの大きな差でもある。
ちなみに渡邊雄太がメンフィス・グリズリーズと結んだ2ウェイ契約は、NBAと下部リーグであるGリーグとの行き来が可能な特殊なもので、こちらも保証はされていない。
さらに今年の9月19日(同20日)にダラス・マーベリックスとの契約が発表された馬場雄大は、正式には明かされていないがおそらくエギジビット10契約というものであると推測されている。
こちらはシーズン開幕前までに解雇されても、傘下のGリーグチームと契約し、60日間以上所属することができれば5,000~50,000ドルのボーナスが与えられる、Gリーグ行きを前提とした契約だ。ロスター枠がないが抱えておきたい若手選手が海外に流出してしまうことを避けるために使用されることが多い。
これだけ、多くの契約体系がある中で1巡目指名されるというのは、名誉なだけでなく、選手のキャリアにも影響する。

フィジカルの差とは何か

そんな八村が、一体どこまでNBAで通用するのか、もはや日本だけではなくバスケットボール界全体が注目している。
まず日本と世界におけるバスケの基準の違いで一番に出てくるのが、フィジカルの差だろう。実際、日本が5戦全敗に終わったFIBAバスケットボール・ワールドカップ2019から帰国した選手たちからも、「フィジカルの差を痛感した」という声が多かった。
そもそも体格からして違う、ということもあるが、その点においては八村はクリアしている。203センチ、104キロという体格は、2018-19シーズンのNBA選手の平均値である201センチ、99キロをわずかに超えている。
それよりも現在のNBAで最も重要とされている身体的特徴が、両手を広げた時の長さであるウィングスパンだ。
ウィングスパンの長さはディフェンスやリバウンドなどにおいて、大きな差を生み出す指標として、見過ごせない数値となっている。一般的な成人男性のウィングスパンは「身長+5センチ」とされているが、八村のウィングスパンは218センチもあり、身長を15センチも上回る。
昨シーズンのMVPであるヤニス・アデトクンボ(身長:211センチ、ウィングスパン:221センチ)、昨シーズンのファイナルMVPであるカワイ・レナード(身長:201センチ、ウィングスパン:221センチ)、2017年と2018年のファイナルMVPであるケビン・デュラント(身長:公称206センチ(実際は213センチ)、ウィングスパン:225センチ)といったトップクラスの選手たちは、一様にしてそのウィングスパンの長さを駆使したプレイを見せている。
さらに要求されるのが、この体格を活かしたフィジカルなプレイを実際にすること。
八村もゴンザガ大学に入学した際、当初はアメリカの身体の当て方に苦労していた。現在ゴンザガ大学の4年生で、最初の2年間で八村のルームメイトでもあったフォワードのキリアン・ティリーも「(八村は)1年生のときは、相手を傷つけたりぶつかることを避けていた」とスポーツ総合サイトの『The Athletic』に語っている。
 「彼は周りの人たちに、自分が怒っていると思われたくなかったんだ。だからいつも優しく、理解のある姿勢を見せようとしていた」
ゴンザガ大学のアシスタントコーチ、トミー・ロイドも同様に、1年生のときの八村は、身体を自ら当てるのではなく、当てられる側にあったと説明する。チームとしてしっかりと叩き込んだこともあり、「身体の当て方、使い方を覚えてからは、一気に活躍する機会が増えていった」と話す。
当然NBAでは大学よりも大きく、身体の仕上がっている選手と競い合うこととなるわけだが、大学3年間で日本ではなかなか得られないフィジカルなプレイを経験できたことは八村にとって大きなアドバンテージになる。
大学で1年だけプレイしてNBA入りすることが主流となっており、複数年大学にいることをマイナスと捉える考えも強いなかで、八村に関しては3年間プレイしたことが確実にプラスに働いているだろう。

八村に3ポイントショットは必要か?

さらに度々日本の課題として上がるものに、3ポイントショットがある。
八村に関しても、ドラフト前からシュートレンジを3Pショットまで広げる必要があると、多くの専門家に批評されることが多かった。
2018-19シーズンでは、3P成功率が41.7%と良かったものの、試投数はわずか36本で、1試合平均1本に満たない。現在のNBAが「3P多投の時代」であるだけに、八村の3P試投数は確実に伸ばしていかなければならない数字ではある。
しかし、ここではあえて彼の強みであるミッドレンジ(中距離)からのジャンプショットに焦点を当てたい。
3P多投の時代になり、ミッドレンジは打ってはいけないという意見を散見するが、これは正しい解釈ではない。正確に決めることができる、つまり得点に繋がる確率が高い技術を持ち合わせているのであれば、ミッドレンジからのジャンプショットは十分武器になる。
八村はこのショットを得意としており、3年生時のミッドレンジからは平均試投数3.2本に対して成功1.5本の成功率46.6%という成績を残している。
450人(15人×30チーム)いるNBA選手のなかで、昨シーズン平均3.2本以上ミッドレンジからシュートを打った選手はわずか37人。そのなかでも46.6%以上の成功率を記録した選手はたったの5人だ。
当然大学とNBAでは試合内容やレベルも違うため、直接的な比較にはならないが、十分な武器になる可能性を秘めている。
stats.nba.comより編集部作成
3Pが打てなければ成功しないという声をよく見ることがあるが、ワールドカップでも見せたトランジションからの素早いオフェンスの展開、そしてこのミッドレンジからのショットといった、世界基準から見ても高いレベルにある能力を八村は既に持ち合わせている。
だからこそ、ウィザーズは1巡目全体9位という貴重な指名権を、八村に使用したのだ。
日本人初の1巡目指名選手としていよいよ迎えるNBA1年目では、日本代表で見せた世界レベルのプレイを武器に、NBAという最高の舞台に挑む。
(執筆:大西玲央、デザイン:九喜洋介、イラスト:小鈴キリカ、バナー写真:Scott Taetsch/Gettyimages)