出版の世界を「アテンションの奪い合い」から解放したい

2019/10/3
NewsPicksパブリッシング編集長の井上です。
10月4日、いよいよ『他者と働く—「わかりあえなさ」から始める組織論』(宇田川元一著)、『異質なモノをかけ合わせ新たなビジネスを生み出す 編集思考』(佐々木紀彦著)の2点とともに、創刊を迎えることとなりました。
なぜ、このご時世に、わざわざ本を出版するのか?
答えはシンプルです。
新しい読書体験を生み出し、「出版」のあり方を更新するため。
それにより、NewsPicksが提供する「学びの生態系」に新たな彩りを加えるためです。
そのために、NewsPicksパブリッシングは「3つのコンセプト」を掲げたいと思います。

①点ではなく面の読書を

今まで、読書は点でした。
一冊一冊は独立して存在し、それぞれの学びはすべてその本で完結していた。
NewsPicksパブリッシングは、毎月 1 冊・年間12 冊のラインナップそのものを編集し、体系化された知を提供します。
まるで壮大な雑誌を読むかのように、ラインナップを通じてひとつの流れをつくっていきたいと考えています。

②経済と文化の両利きへ

私たちが重視する面とは、「経済と文化」です。
文化は「理想を描く力」であり、経済は「描いた理想を実現する力」。
経済だけだとつまらないし、文化だけだと実現可能性がありません。
NewsPicksパブリッシングの本を通じて、これからの時代を創るために不可欠なこの2つの力を備えた「両利き」の人を、一人でも多く生み出すことを願っています。

③BIG IDEA &BIG ISSUE

ニュースがフローであるのに対して、本は明確なストックのコンテンツです。
だからこそ、我々は学びの中でも本でなくては得られないスケールの大きな学びを届けたいと考えています。
そのために、日本では生まれ得ないスケールの大きな“IDEA”をアカデミアの世界から、課題設定力を養う本質的な“ISSUE”をビジネスの世界からお届けします。

私個人のモチベーションについて

少し、大上段に構えた話をしてしまいました。
編集長である私個人のモチベーションは、少し別のところにあります。
学生のときからの念願かなって出版の世界に入り、約10年。業界はずっと苦境にあえいできました。
全体の市場規模は小さくなっているにもかかわらず、すごい勢いで刊行される新刊の数々。その数は1日あたり約200点にも上ります。
その結果、書店の店頭は過当競争となり、とくにビジネス書などの実用書の本棚は、読者を釘付けにするための「アテンションの奪い合い」の場となってしまっています(もちろん、意志ある書店が今日も素晴らしい棚作りをされていますが、あくまで全体の傾向として)。
書店にいることが人並み以上に好きだった自分も、いつしかそんな大量の本による「セールストーク」に疲れを感じてしまうこともありました。
何度も思案した末、私は、すべての原因は読者と出版社が「見ず知らず」の関係であることによる、と結論づけました。
読者と出版社の間に関係性が築かれていないから、店頭の一瞬で、読者のアテンションを奪いにいかなくてはいけない。
でも、もし「見ず知らず」ではなく「顔見知り」だったら?
「あの出版社って、ああいうキャラクターだよな」という認識が読者にあったうえで、本との出会いをつくれたら、もっと違う体験をつくれるんじゃないか。
上に挙げた3つのコンセプトも、そんな「キャラクター」を明確にするために言語化したものでした。
継続的にコミュニケーションをとり、多くの読者と「顔見知り」になり、アテンションの奪い合いから脱出した状態で読者と会話ができる。そんな存在になれれば、規模は小さくとも業界に一石を投じられるはずです。
まだ皮算用でしかありませんが、その可能性に、私は心底ワクワクしています。
井上慎平(いのうえ・しんぺい) NewsPicksパブリッシング 編集長。1988年生まれ。京都大学総合人間学部卒業。2011年、ディスカヴァー・トゥエンティワンに入社。書店営業、広報などを経て編集者に。2017年、ダイヤモンド社に入社。2019年4月より現職。代表的な担当書籍に、中室牧子著『「学力」の経済学』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)、北野唯我著『転職の思考法』(ダイヤモンド社)など。

「ひとり出版社」を作りたかった

振り返れば、出版のあり方に青臭い疑問を持った人間が、青臭さを捨てられないままに働いていたら、気づけばNewsPicksで出版事業を立ち上げる流れになっていた、というのが正直なところです。
しかし、遡ること1、2年。
私はその頃、「ひとり出版社」を立ち上げようと本気で考えていました。
「ひとり出版社」は強い思いを持って経営されている作り手が多く、その方の「キャラクター」を反映した、ブレない本づくりをしている方がたくさんいらっしゃいます。
自分もそんな出版社をつくり、キャラクターを明確にした本づくりをしようと真剣に検討していました。
でも、調べれば調べるほど、いつも同じ結論にたどり着くのです。
「自分ひとりでは、望むとおりの本を作れたとしても、業界にインパクトは与えられない」
出版のあり方に一石は投じたい。
しかし、小さなオルタナティブをつくることが本当に最良の道なのか。
そうではなく、メインストリームを変えていくことをこそ、目指すべきではないのか。
より厳密に言えば、「10年後に新たなメインストリームになる可能性を秘めたオルタナティブ」をこそ、立ち上げるべきじゃないのか。
そう考え悶々としていたとき、現NewsPicksStudiosCEOの佐々木紀彦に「一緒にやらないか」と声をかけられたのでした。
そうしてこの4月にNewsPicksに入社し、コンテンツだけでなくテクノロジーのプロたちと一緒に、新しい読書体験の形を日々模索し、今日に至ります。
青臭い話をしたついでに、最後に、さらに青臭いNewsPicksパブリッシングの「ビジョン」の話をさせてください。
レーベルのビジョンは「希望を灯す」です。
物心ついたときから不況で、「失われた30年」をそのまま生きてきた自分としては、「希望」は縁遠いものでした。
逆に、悲観論や、他人事としての評論なら、聞き飽きるほど耳にしてきました。
「課題が山積みだ」、「解決の緒が見えない」――。
そんなコメントの数々は、その内容が妥当なものこそやっかいです。気づかないうちに、私たちの生活を無力感で満たしていきます。
こんな時代だからこそ、私は希望を語りたい。
困難な現実を見つつ、それでも希望を語る著者の声を何倍にも増幅したい。
そんな思いで、1冊1冊本をつくっていきます。
過去の時代のシステムや価値観を捨てきれずに課題が山積みとなったこの日本で、したたかに希望を実現することこそ、最高の娯楽(エンタメ)です。
NewsPicksパブリッシングはそう考える読者と著者のハブとして、時代にうねりを生み出していきます。
まだ見ぬ読書体験の創出に向けて、失敗も多くするでしょう。うまくいかないことだってたくさんあると思います。
それでも「顔見知り」になってやってもいいと感じる方がいれば、NewsPicksパブリッシングのこれからにご注目いただけると嬉しいです。
(執筆:井上慎平、撮影:吉田和生、デザイン:岩城ユリエ)