【未来予測】“FAT”を無視する企業や個人は、生き残れない時代がくる

2019/10/9
大変革時代に生き残り、企業成長を実現させるために、世界的に注目が集まっている考え方がある。それは、FAT(フェアネス:公平性、アカウンタビリティ:説明責任、トランスペアレンシー:透明性)の概念だ。

公平性と説明責任、透明性がこれからの時代のカギになると語るのは、日本最大のAIコンペティション・プラットフォームを運営するSIGNATE代表の齊藤秀氏。

なぜ今、FATなのか。そして今後、FATの考え方が浸透した世界では、企業や個人にどのような姿勢が求められるのか。齊藤氏とオプト代表・金澤大輔氏との対談で明らかにする。

AI活用に高まる期待と企業の不安

──SIGNATEは企業のAI開発やビッグデータ活用におけるリアルな課題に対し、登録するデータサイエンティスト自らが開発するアルゴリズムで解決を目指すコンペティションを開催しています。日本のデータサイエンス分野の第一人者として活躍してこられた齊藤さんですが、どんな問題意識を抱き、このサービスを始めたのですか。
齊藤 国家戦略でもある「第4次産業革命」の重要テーマとして、AI開発やビッグデータ活用への需要が急速に高まっています。
 しかし、AI開発やビッグデータ活用を担える人材、いわゆるデータサイエンティストが世界中で不足しているという課題はずっと解決されていません
 そのため企業はデータサイエンティストの採用に苦戦し、また外部にAI開発を委託してもそのアルゴリズムの有用性や費用対効果が不明瞭であることが多く、AI導入に対して疑心暗鬼にならざるを得ないという問題がありました。
 SIGNATEでは、企業から出された課題に対し、登録する2万2000人(2019年8月末時点)のデータサイエンティストが解を導き、そのなかで最も優れた成果物の調達が可能です。
 多いときは1つの課題に1000人以上が取り組むので、成果物は最高精度と言っていい。
 コンペにおいても、すべてのプロセスや情報をリアルタイムで透明化して公開。プレイヤーの評価基準も公平で明確にし、FAT(公平性、説明責任、透明性)の考え方を重視しています。
 その結果、企業は意思決定をしやすくなり、我々が選ばれる理由になっていると思います。

「生活者起点」の社会をどう実現するか

──FATの概念の重要性は、AI分野だけにとどまらないものなのでしょうか。
齊藤 私は医療業界を長く専門にしてきたのですが、医療の分野では古くから「エビデンス・ベースト・メディスン(根拠に基づく医療)」といって説明責任を問われてきました。
 また最近は政府も「EBPM(エビデンス・ベースト・ポリシー・メイキング:証拠に基づく政策立案)」を掲げています。
 社会全体の流れとして消費者を裏切るようなことはせず、エビデンスに基づいてしっかり説明し、情報を公開しようという動きが活発化しています。
 特にAIは、第4次産業革命の基礎技術として社会性が非常に高く、その利用に責任もともなう。
 同じ技術でもどう使うかによって大きく結果が変わってくるため、本当に社会のためになるのはどんな方法かという点は追い求めていますね。
──常日頃、齊藤さんと金澤さんはこれからの企業のあり方について語り合っているそうですね。社会性の高い分野というと、広告マーケティング業界も同様です。オプトグループとしては、FATについてどう考えていますか?
金澤 齊藤さんと定期的に話をしているなかでFATの話を共有してもらい、ものすごく共感したんです。
 最近でいうと、アドフラウド(効果を水増しした不正広告)の問題など、広告はその運用や効果に不透明さが残る部分があります。
 エンドユーザーから見ても、知らぬ間にリターゲティング広告に追跡されたり、個人データを流用されたりすることに気持ち悪さを感じることがある。
 これらは業界全体の大きな課題です。
 これからの広告マーケティング業界に必要なのは「生活者起点」で心地よい体験を提供し、透明かつ公平な施策を展開すること。
 こうしたビジネスモデルに変換することが生命線になると強く感じています。

健全な意思決定を拒む「不透明さ」

──第4次産業革命の最中、企業のデジタルシフトが叫ばれています。アナログだったものが、デジタル化されるなかで新しく見えてくることも多そうです。
金澤 オプトグループは「デジタルシフトカンパニー」というビジョンを掲げ、企業のデジタルシフトを支援していますが、日本ではなかなか進まない現状があります。
 その理由は単純で「目的が曖昧な上、よくわからなくて意思決定ができない」から。
齊藤 AI活用と同様で、具体的に何をやれば、どんな効果があるかわからないから進まないんですよね。
 よく、日本は「デジタル化が遅れている」「デジタルリテラシーが低い」と言われますが、根本的な原因は「効果があるかどうかがわからないものに投資はできない」こと。
 そこにきちんと向き合う必要があるでしょう。
金澤 もちろんこれは広告マーケティング業界も同様で、クライアント企業の意思決定において、不透明な部分がまだまだ残っています。
 たとえば、「昔からの古い付き合いだから」とか「なんとなく、相性がよさそう」とか、そんな理由で選ばれることがあります。
 しかし、そのやり方では日本企業も経済も発展しきれない可能性があると、危機感を覚えているんですね。
 本当に必要なのは企業の目指す姿を実現するために、どの判断が正しいのかを選べること。これまでは、そこが可視化されていなかったため、曖昧な意思決定が蔓延していました。
 ここ1、2年で経営者から相談をいただく機会がかなり増えましたが、皆様同じ危機感を抱えています。
 経営者の皆様と話すほどに、クライアントの事業成長に貢献することが喜びであり、我々が率先して変わらなければいけない、チャレンジしなければいけないという思いが強まっていきました。
 まずはオプト自身がビジネスモデルを透明化することで、健全な意思決定ができる状態を作り出したいと思っています。
──その一方で、ビジネスモデルが透明化されると、効果やスキルに対して、よりシビアな判断が下されるようになります。今までのやり方は通用しなくなりますね。
金澤 そうですね。我々も、痛みをともなった大きな変革が求められます。
 広告代理店の売上はほとんどマージン(手数料)で成り立ってきましたが、この考え方からも脱却すべきです。
 本質的な価値提供においては、顧客が感じたものがバリューになります。その前提に立つと、成果主義やレベニューシェア(利益分配)の考え方にシフトする必要がある。
 グローバルでは、すでに可視化できるところに予算がシフトする流れが起こっていますし、これは広告マーケティング業界に限らず、すべての産業において逃れられない動きになると思っています。

個人のスキルも可視化されていく

──FATの概念が浸透することで、個人にはどんな影響がありますか。
齊藤 業界に歪みがあり正しく評価されず犠牲になっている人は、フェアになります。
 SIGNATEのプラットフォームでは、個人のスコアとランキングが明確で、約2万2000人のプレイヤーのスキルが可視化されています。
 もちろん、個人のスキルが透明化されると厳しい世界も待ち受けることになるのですが、世界的にはそれが望ましいという論調があります。
 実際、SIGNATEで優勝したり活躍したりする人が、所属企業で出世するケースが出始めているんですね。
 今まで会社では気づかれていなかったけれど、SIGNATEでスキルが可視化されたことで評価されるようになった。
──スキルが可視化されることでキャリアアップにつながる。厳しい世界ですが正しいように思います。
齊藤 キャリアアップだけでなく、「自分のレベルを上げたい」「レベルの高い人から学びたい」という欲求も満たされます。
 AI開発やビッグデータ活用などの新技術は、実際の課題を実践することが唯一の教育方法です。SIGNATEは、大企業の本物の課題をテーマにしているので、そこから学べますし優勝すれば賞金も出る。
 これからますます解のない世界に突入していくので、みんなで得た知見やノウハウを共有して学べる場は本当に必要だと思っています。

会社の力から、個の力へ

──広告マーケティングの領域でも、個人のスキルや評価の数値化が可能なのでしょうか。
金澤 見える化にチャレンジしたいと、研究を始めています。
 個々に得意分野は違いますし、一言にマーケティングといっても役割によって必要なスキルはまったく違います。
 それを機械学習と連携させてスコアリングできるようにしたいですね。
 というのも、自社で人材を囲ってビジネスすることがスタンダードな時代は終わりを迎えると思うからです。
 すでに、会社と個人の関係が変わり始めているからこそ、お互いの得意分野が可視化された状態になれば、会社やテクノロジーと、人の想像力や企画力の最適なマッチングが実現するはず。
 さらに、スコアリングで人のスキルが明確になれば、足りないスキルを勉強したり、突出したスキルを磨いたりすることも効率的になります。
 逆に、個人を会社というブラックボックスの中に囲い続けていたら、クライアントからも消費者からも選ばれなくなり、マーケティング自体が胡散臭いものになるかもしれません。
齊藤 日本はこれから労働力人口が半減するので、ある組織のあるプロジェクトでしか、その人の才能を使えない仕組みでは限界が訪れます。
 これから重要になるのは、会社の力ではなく「個の力」
 企業や個人にとっては、メリットも厳しさもありますが、いつの時代も産業革命が起きると世の中は変わるので、人間もそれに合わせて変わらざるを得ません。
 新しい仕事や新しい価値観が生まれるなかで、どう向き合っていくか。
 きっと想像されるよりも社会へのFATの浸透は早いので、個々がそういう意識を持つことが大事だと思います。

自らビジネスモデルを変えていく

──これから2、3年のうちに成し遂げたいことを教えてください。
金澤 広告マーケティングの業界構造を変えることです。
 まずは、企業起点からユーザー起点に変えて「勝手にデータを使われて気持ち悪い」という状況をなくしたいと思います。そのためにも、まずはオプト自身がFATでビジネスモデルを変えていく。
 生活者の行動も可処分時間も変わり、今後5Gが当たり前の時代が来ると人はよりデジタル化していきます。
 だからこそ、生活者に寄り添ってどんな体験を提供するのか、どんな課題を解決するのかを考えないといけない。
 そうしないと、若者が広告業界に興味を持たなくなってしまうと思うんですね。
 今の若い人たちに選ばれるのは社会課題を解決できる仕事です。広告業界は、かつて華やかなイメージに憧れて人が集まりましたが、すでに価値観は変わりました。
 FATでビジネスモデルを変え、ユーザーに心地よい体験をしてもらうことで社会課題やクライアントの事業課題を解決する。志や成長意欲の高い若者たちが集まりチャレンジできる環境を作りたいと思っています。
齊藤 SIGNATEはこれまでの実績をすべて公開しているので、レベルの高いAI事例集としての役割もあります。
 それらを活用しながら実際の課題を解いてスキルを高める人材と、このコミュニティで課題を解決したい企業を増やしたい。
 世界的にもデータサイエンティストは圧倒的に不足しているので、あらゆる産業でデジタルシフトを牽引できる人材を大量に養成し、社会の変革の一端を担いたいと思っています。
(編集:樫本倫子 文:田村朋美 写真:岡村大輔 デザイン:黒田早希、小鈴キリカ)