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「決めたこと」それ自体が正しいか間違ってるかなんて、あまりその瞬間に正解はないんですよね。
むしろ、「決めたこと」を、その後の行動によって正解に持っていけるかが大事だったりするわけで。

とにかく「決め」て、本当に重要な、その後の行動につなげること。そしてこのことに自覚的になることが、肝要なのだと思っています。
まさにその通りだと思うのですが、リーダーに決断させない組織も多いですよね。稟議書でリーダーの上に何個もハンコが必要とされたり。そこから変えないとリーダーは育たないので、その点で旧来型の組織は人材育成に課題を抱えやすいように思います。
〉「決断」「自己決定」の能力を高めたかったら、とにかく数を増やすことです。
これに尽きます。
日常には決める機会がたくさんあるにも関わらず、多数決、じゃんけん、くじ引きなどで決めて決めるためのプロセスを学んでいません。

また、「判断」できない問題にも関わらず、小さいときからのトレーニングで判断の正しさばかりを気にするようになっているので、「決断」に対しても正しさを求めようと邪魔する人たちがいます。そのノイズが怖くて結局決断しないことが多々あります。どこかで決断しなければ未来には進めません。

フィードバックも人事評価も他社から見た自分の1つの側面でしかなく、それ受け入れるかどうかを決めるのは自分です。最後に決めるのが自分なので、迷ったときは素直になって自分が受け入れられるものを受け入れていけば、自ずと自分の軸が見えてきます。
「スポーツ界も同様で、成功するアスリートほど、「人生について」ということを結構な頻度で考えています。」

記事中のこの部分はその通りで目先の勝敗だけではなく、キャリアを通じて考えることで、目先の利益に左右されずに最終的な利益を考えて行動できるし、勝敗に一喜一憂はするけれども、投げ出す可能性は低くなります。
過去の経験則を元に意思決定するのが「判断」で、想いの強さで判断するのが「決断」と。しっくりくる解釈だと思います。ただ、実際のところは切っても切り離せない関係だと思います。判断要素の無い決断はメンバーが付いてこないし、経営層を気持ちよく頷かせることができない。過去の経験則、現状の分析、未来の予測を引っくるめて考えると大抵全てが肯定されることなんてない。それでも”絶対にやるんだ”と言い切ることこと「決断」なのかと思います。
「正解のない世界」では、「判断」が正しいか否かは、随分後になってからしかわかりませんし、仮の、後で「正しい」と思っても、その後で「誤り」であることが判明するかもしれません。

つまり「人生すべて塞翁が馬」という言葉どおりで、その「判断」の正誤は、死ぬ時に初めて分かるといった感じのものです。

従って、我々の日常の生活や仕事では「正しいか否かは別として、とにかく決めること」が非常に重要になります。

それが「決断」です。

一番問題なのは「決められない人」です。
「判断」と「決断」の違いはwillがあるかないか、のような気がしました。
これまでの人生で決断したことあるかなと振り返ったら、まあまあありました。みなさん如何なのだろう...
Anti-Trustが広がる今こそ、

「同僚・部下・仲間・上司・すべての人を信頼する」”決断”

こそが必要だと思います。

100%の信頼と最小のレビューで、チーム・組織は成長します!

STAY GOLD!!