ロジックよりも「エモさ」がチームを強くする理由

2019/9/27
 すべての社員がミッションを深く理解し、自律して行動する。いわゆるティール組織と呼ばれるようなハイコンテクストなチームづくりが注目されているが、その実現においては難しさを感じる方も多いだろう。

 組織論を専門とし、組織内での対話の重要性を感じていた経営学者の宇田川元一氏は、かねてゲーム実況アプリを提供するスタートアップ「ミラティブ」のチームアップに注目していたという。「美徳」と「エモさ」を重んじるという同社のチームアップの狙いとは。

 CEOの赤川隼一氏と宇田川元一氏の対談から、これからの時代のチームづくりの本質に迫る。

「このチームで働く意味」があるのか

宇田川 ミラティブさんはオフィスを移転したばかりなんですよね?
赤川 はい。まだ家具が届いてなくて、ロビーがガラガラなんですけど(笑)。
宇田川 何名くらい在籍しているのですか?
赤川 今、40名くらいですが、どんどん増えていますね。
宇田川 急成長していると組織作りでも工夫が必要だと思うのですが、赤川さんが考える「いいチーム」ってどんな感じですか?
対談は移転したばかりの東京・目黒区にあるミラティブの新オフィスで行われた。
赤川 僕が思う「いいチーム」の条件は、「今ここに集まる理由がある人」がきちんと集まり、ミッションやリーダーシップのもとで「自分はこれをやりたくてやっている」という状況になっていること。そういうチームが作ったモノは本当に強い。
 情報爆発の時代になったことで知識がコモディティ化して、人材の流動性が上がり、人材側にパワーバランスが移っています。
 企業は本当に付加価値を生み出せる人材に対して、「この場所で仕事をする意義」を提供し続けないといけません。その肝となるのがチームだと思います。
宇田川 企業は「働かせてあげている」という立場から、「働いてもらっている」という立場にならざるを得ないですよね。
 しかも、そのほうがいいモノが作れるということに、みんな気づき始めている。仕事で作っているモノは、好きで作っているモノには勝てないですから。
 僕、Evernoteをよく使うんですが、すごく便利じゃないですか。作った人は好きで作っていると思うんですよね。
赤川 たぶん自分用に、欲しい機能を作るところから始まっているでしょうね。
宇田川 そうそう。だから強い。こういう、好きなことの追求を昔の日本企業はわりとできていたと思うんです。でも、ビジネス環境の構造的な変化のせいで結果が出にくくなって、仕事がつまらなくなってきたと。
 そんな中でいい仕事をしている会社というのは、やっぱりみんなが楽しく仕事してますよね。
 FCバルセロナのサッカーみたいに各選手が個性を発揮しながらも、パスがパンパーンとつながって、連携ができている感じ。
赤川 そうですね。でも、FCバルセロナにもルールがある。一定の自由度の中で個人のパフォーマンスを最大化するという考え方ですよね。

「美徳」がバルサ型チームの規律になる

宇田川 FCバルセロナのようなチームをつくるときには、規律が重要ですよね。
 規律というと、ゴリゴリ押しつけられるものというイメージがありますが、どうしても守らなければいけないルールは当然あるわけで。それがあって初めていいチームが生まれるのだと思います。
 自由であるためには確固たる規律がなくてはならない。
赤川 ミラティブでは「規律」というよりも、「美徳」という単語を使いますね。
宇田川 「美徳」。いい表現ですね。
赤川 僕は「この会社はこれを大事にするんだ」という規律は、本来は美徳・美意識であるべきと思っています。
 例えば、ミラティブも会社なので規程があるんです。でも、ガチガチのルールを作るつもりはないという考えをメンバーに伝えたくて、序文を書いたんですよ。
 「あくまでこの規程は、ミッションと行動指針、善い文化がその上段にある前提で、判断に迷う局面で迅速な意思決定ができるように定めている」と。
株式会社ミラティブ規程 -前文より一部抜粋-

私たちは、ルールの存在の前に、組織文化や組織としての美徳・価値観を重視します。

そしてそれらの文化や美徳・価値観は、メンバー個々人の集合体として形作られると認識しています。

規程は、上述の「ミッション」と「行動指針」、集合体により形作られて日々変化し続ける「善い文化」を前提にし、多様な解釈が可能な局面での判断基準を明確化するため、また、起こりうると想定される事態での判断を迅速にするために、組織としての「願い」とともに明文化したものです。

「WHYの共有」「プロセスの開示」の重要性

宇田川 歴史を重ねた企業だと「なぜこの仕組みになっているかわからないけれど、決まっているからやる」という状況になっているケースがよくあります。
 理由をみんな忘れてしまい、規程が無意味化しているのに誰も変えられない。そうなると、チームのパフォーマンスは低下します。
赤川 僕らの場合は「WHYの共有」を大事にしています。それは突き詰めると納得感につながるんです。納得感を持てないことをするのって、気合が入らないじゃないですか。
 いいパフォーマンスを発揮するチームは、みんなが今やっていることに対して納得感を持っている。
 その納得感のために重要なのが「プロセスの開示」だと思っています。結論だけ言われても納得できないけれど「いくつかの可能性がある中で、こういう理由で選択をしたんだ」というプロセスがわかれば納得できる。
宇田川 そうですね。結論だけ聞くと「それはおかしい」と対立が生まれるケースがあります。これは立場や職業、文化などよって解釈の枠組みに違いがあるから。この解釈の枠組みが、僕が研究している「ナラティヴ」というものです。
赤川 うちの社名、ミラティブはまさにミラーリングとナラティヴを足した僕の造語なんですよね。
 僕らがやっているゲーム実況はナラティヴ的なものだと思っていて。同じゲームでも、どう遊ぶか、誰と語りながら遊ぶかで価値はまったく変わる。
 ナラティヴは物語を語ること、語って共有すること、というのが僕の理解です。
宇田川 ナラティヴはおっしゃるとおり、語りと物語、2つの意味で訳されています。そして、まさにそれぞれの背景にある物語こそが「解釈の枠組み」であり、ナラティヴなんです。
 ナラティヴが異なる人同士だと、同じ内容を話していてもまったく違った意味に受け取られてしまうことがあります。
 だからこそ結果だけを伝えるのではなく、意味やプロセスを共有することが重要。
 ナラティヴの溝に架橋するためには、相手がどういう文化、考えを持っているのかを観察し、対話を通して自分と相手の橋がつながるポイントを見つけることが必要です。
 赤川さんの言う「プロセスの開示」は、まさに架橋するための材料を相手に与えることだと思います。

月1のエモい話がチームの一体感をつくる

赤川 「プロセスの開示」の一環で、ミラティブでは創業からずっと「プレミアムエモイデー」という取り組みを続けています。
 月1で事業状況を僕からシェアする会なんですけど、それに加えて、できるだけ多くのメンバーが最近あったエモい話を皆に共有する、という時間を作っているんです。
宇田川 それ、僕も参加してみたいんです。
赤川 最近仕事をしていてユーザーさんに感動した話とか、好きなものの話とか、プライベートの話題とか。何でもいいんです。
 スベる人がいてもみんなが受け入れてくれるし、エモーショナルな話をしていいんだという雰囲気になって、毎回不思議な一体感に包まれます。
 普段はみんなガチに仕事をしていて厳しいことも言うけれど、お互いがどういう人間かを開示して、共有することで「あいつも人間なんだな」と理解しあうことができる。
 僕らにとって「プレミアムエモイデー」はすごく大事ですね。
宇田川 働き方や価値観が多様になる中で、どうやってチームの一体感を作るかというのは組織の課題ですよね。
 よくある残念なケースは、口にしなくても「たぶん相手もわかっているだろう」と思い込んでいて、結局わかりあえていないケース。
 これは組織の規模の大きさにかかわらず発生します。
 人と人はわかりあえていない。だからこそ、お互いがわかりあう努力をするともっと可能性が開けると思います。
 お互いどういう思いで仕事をしていたのかとか、単に結果だけじゃなくて、その過程を知る場という点で、「プレミアムエモイデー」の大きな意義があると思いますね。
赤川 あとは、失敗談や雑談も大事ですね。
 メールの文章で厳しい指示だけが届くと緊張するけれど、Slackでくだらない会話をして自分の素をさらけ出したり、日頃のコミュニケーションで文脈を共有できたりしていれば、その文章もある側面に過ぎないということがわかる。
 今はいろいろなツールが出てきて、多様なコミュニケーションが取れるようになったわけで、いい時代になったなと思いますね。

ロジックだけではナラティヴの溝は埋まらない

宇田川 人が集まっている組織はナラティヴの溝がたくさんあります。みんな違うバックグラウンドを持っているし、世代間のギャップも大きい。
 そうした中で、表に出てきたものだけで判断すると対立してしまうから、文脈の理解が重要です。
 でも「君はそういう考え方で、僕は違うけど、まあお互いそれはそれで」というようなあしき相対主義に陥ってしまうのはよくない。
 結局、「君は君のやり方で、僕は僕のやり方で」となると何もクリエイトすることができなくなってしまいます。そうならないようにすることが、チームづくりでは重要な点ですね。
赤川 そうですね。優秀でどこの企業でも欲しがるような人に「このチームで一緒にやりたい」と思ってもらうためには、理由、プロセス、ナラティヴを深く共有して、エモーショナルな瞬間をつくることが、より必要になってくると思いますね。
宇田川 「やりたい」と思えるかどうかって、重要ですよね。
 こんな話を聞いたことがあります。新規事業コンテストをしたところ、2年目は募集が全然集まらなかったと。なぜかというと、1年目のときに出たアイデアにダメ出しがたくさんあったそうなんです。
 上の立場の人は自分の責任として「指導しないといけない」と思ってやったけれど、提案する側からしたら、「忙しい中提案したのにボロクソに言われるなんて……」と不満を抱いてしまう。
 これでは、ナラティヴの溝は深まるばかりです。
赤川 僕はロジックって極めて安易な納得感醸成ツールで、便利だけど危険だと思っています 。
 会社の場合、ロジックが整理された事業計画のほうが評価されがちですが、一方で事業計画だけでやりたい気持ちが伴わないものはナラティヴの溝を深めてしまう気がします。
 それよりは、やりたい理由が明確で、強い意志がある企画のほうが、結果的にうまくいく、ということが現実では起こるんですよね。
宇田川 組織の中で、お互いがそれぞれのナラティヴの上にロジックが成り立っていることをよく理解しておくことは大切なことだと思います。
 かみ合わないのは、ナラティヴの違いであって、ロジックでそれを埋めようとしても限界がありますから。
赤川 当然、会社都合の話をしなければいけないときはありますが、主語が全部「会社」になってしまうとそこに溝・ギャップが生まれます。
 「君はうちの社員なんだから会社のために頑張れよ」というような「頑張るのが当たり前」というコミュニケーションは、昭和の発想かなと。
 今の時代に必要なのは、会社がやりたいことに、個人がやりたいことをどうすりあわせていくか。その溝を埋める努力を会社側はしていかなければいけないんです。
宇田川 確かに。会社のナラティヴと個人のナラティヴをうまく架橋できたら、すごくオリジナリティのあるモノができると思います。

チームにとっての「本物のエンゲージメント」を追求する

宇田川 最近、エンゲージメントを可視化するツールが流行しています。
 それらのツールの価値はうまくいっていると思い込んでいたところに「あれ? そうじゃないかもしれない」という気づきを与えてくれるところでしょう。
 ネガティブな状況のときにポジティブな評価を与えられると「これはどういうことだろう?」とみんなが考えはじめて、新しい意味を生成します。
 もちろん、ポジティブな状況のときにネガティブな評価を与えられるという逆のパターンもあります。
 つまり、評価や数値は新しい意味を生成する役割を持っていて、「なぜこの評価なのか」と考えるきっかけを提供してくれるんです。
 大切なのはポジティブかネガティブかじゃなくて、ジェネレイティブ(生成的)であることですね。
赤川 得た評価や数値を入り口に、会社を成長させるために何が必要かを本気で考え続けることが大事だと思いますね。ツールはあくまでツール。数値はただのデータですから。
 得た評価をきっかけに組織をよくするための改善を続けて、本当の意味でのエンゲージメントを高めていくことでしか、良い組織は維持できないと思っています。
宇田川 調査結果が悪かったときに、あえて「どうやったら数値をもっと悪くできるか」と考えてみるのも、逆に新しい発見がある気がします。
 「離職を防ぐには」と考えてしまうと、付け焼き刃の対策になりやすい。でも「もっと離職者を増やすためにどうすればいいか」と考えたら、離職者のナラティヴを理解する必要が出てくるし、背景が見えてくるかもしれません。
 いずれにしても、得た結果をもとに対話を深めていくと、もっと発見がたくさんあると思うし、自分たちにやりようがあることがわかると思うんです。
 チームワークがいいというのは一見良さそうに見えるけど、その結果よりも、チームワークがよくなったプロセスのほうが大事ですよね。
赤川 別になれ合いたいわけじゃないですしね。得意分野が違うことでケンカしつつも、ミッションを達成するためにベストな方法を考えつづけられるチームが結局一番強いと信じて、今後も数値を改善のきっかけにしていこうと思います。
(構成:村上佳代、編集:野垣映ニ、中島洋一、写真:田中由起子、デザイン:久喜洋介)