マングローブ植林事業を通じた価値共創

2019/11/18
東京海上日動が創立120周年を記念して開始したマングローブ植林事業は、今年で20年を迎えた。
創業以来、東京海上グループにはあらゆる事業を通じて社会課題の解決に貢献する精神が脈々と受け継がれている。マングローブの植林も、地球環境保護に長く資することをしたいという社員の声をもとに開始された。
マングローブには、CO2吸収・固定、防災・減災、生物多様性と湿地の保全などの効果があり、東京海上日動のマングローブ植林事業は持続可能な開発目標(SDGs)の様々な目標にも貢献している。

20年間の植林による様々な成果

東京海上日動がこれまでNGO(オイスカ、マングローブ植林行動計画、国際マングローブ生態系協会)とともに9カ国各地で植林した面積は約10,930ha(2019年3月末累計)に拡がり、生長した木々は自然災害の脅威から人びとの暮らしを守っている。
マングローブの周りは多様な生物の棲み家となり、魚介類をはじめとした収穫物がもたらす恵みは、人々の暮らしにも深く関わっている。
2018年度の植林事業によるCO2吸収・固定量は約15万トンとなり、東京海上日動はカーボンニュートラルを10年連続で達成。
さらに三菱総合研究所の調査では、過去20年間の植林事業が生み出したマングローブ生態系サービスの経済価値は累計1,185億円に達し、その価値は20年後の2038年には累計3,912億円になると予測されている。
また、植林地域と周辺に暮らす約141万人の人々に影響を与え、地域の人々の暮らしの向上や防災、減災などの便益も生み出されている。

多様なステークホルダーと行う植林事業

マングローブ植林は開始10年後の2009年からは「Green Gift」プロジェクトの一環として、保険契約書類の使用量削減額の一部を植林NGOへ寄付することで実施されている。保険代理店、顧客、NGOと連携した取り組みだ。
東京海上グループのCSRの特徴は、全員参加型で課題解決につなげていくところにある。国内外のグループ社員と保険代理店、その家族等は実際に年に一回程度、植林地域を訪れ、現地の植林NGOの指導のもと植林を体験している。
これまでにインドネシア、タイ、フィリピン、ベトナム、マレーシアなどを20回ほど訪問し、500名以上が植林活動に参加した。
慣れない熱帯気候のもと、安定しない足元で行う植林作業には体力を奪われる。
潮が引いた後のドロドロの干潟を歩き、太ももまで海水につかりながら腰をかがめ、マングローブの種を泥の中へ押し込み、足で踏み固める。
「大変な作業ではあるが植林の後には大きな達成感が味わえる」というのが参加した社員の言葉だ。
社員が植えたマングローブが大きく育っている様子は、定期的に現地NGOから写真とともに報告が届く。
現地のNGOからは植林のやり方だけではなく、なぜその地域でマングローブを植えるのか、その意義についても改めて教わる。
近代化や開発により破壊された天然のマングローブを再生するため、豊かな生命を育むため、海面上昇や津波や高潮の被害を軽減するため……場所によってその理由は様々だ。
結果として魚介類の収穫や人々の経済活動にまで寄与することなどを、実際に生活する人たちの声も含めて聞くことができる。

未来を担う子どもたちへ伝える活動

植林作業を行う際には、地元の小学校の子どもたちも一緒に手伝ってくれる。植林の翌日には社員が小学校を訪問し、みんなで植えたマングローブをこれからも守り育ててほしいという思いをこめて「みどりの授業」を行う。
この授業は、2005年より日本国内でも実施しており、植林地だけでなく、日本の子どもたちにも地球の未来を守る大切さを伝える重要な取組みとなっている。

【現地レポート】インドネシアの植林地訪問

NewsPicksでは今回、東京海上日動が植林する9か国のうち最大面積を誇るインドネシア中部ジャワ州の植林地を取材した。
案内をしてくれたのは、オイスカのラフマット氏。1999年から東京海上日動のマングローブ植林に携わり、現在はインドネシア全域で7箇所あるすべての植林現場を取り仕切っている。
ラフマット氏(右から2番目)はじめ、オイスカのメンバーら。

「かつての海岸線は、ここから2キロほど先でした」

 海に沈んでしまった田畑の写真を指しながら、ラフマット氏が解説してくれた。
「1980年代中盤から、ジャワ北海岸でエビの養殖が始まりました。それまでは海岸線にも天然のマングローブ林があり緑が多く茂っていましたが、巨大な養殖場をつくるためほとんどを伐採してしまいました。
エビ養殖はインドネシア政府も推進する一大プロジェクトでしたが、1995年くらいになると下火になってきました。気づけば経済も停滞し、自然もなくなっていました」
防波堤となっていたマングローブ林がなくなれば、海岸線の浸食は進行してしまう。
さらには海面上昇、頻発する洪水、高波による影響で、内陸部への浸水は止まらず、村の人々は移住を余儀なくされた。生態系も破壊されたため魚や貝なども消え、漁師は仕事を失った。
そうした背景のなか、1999年、東京海上日動によるマングローブ植林事業が始まった。

再生したマングローブの力強さを体感

東京海上日動の植林事業が始まって今年で20年。この期間で、どれだけのマングローブ林が再生、成長したのか。
「さっそく見に行きましょう」にこやかに言うラフマットさんに連れられて、7人乗りのエンジン付きボートに乗り込んだ。屋根や遮蔽物などない。炎天下、海水の蒸気と湿気にどっと汗が吹き出る。
河口に並ぶ船。このあたりから乗船し、マングローブ林へ。
ボートに乗って約20分。マングローブ林のなかに入っていくと、しなやかな枝と青々しい葉をたくわえた木々が、鬱蒼と茂っていた。
マングローブ林の入り口付近。東京海上日動の看板が。
マングローブ植林について、ラフマット氏が案内しながら教えてくれた。
「マングローブ植林は、だいたい毎年7月から8月のあいだ、干潮を見計らって作業をします。熱帯の地域とはいえ、1日のあいだで気温差があるので、干潮時の早朝や夕方などは寒いんですよ。
冷たい海に胸まで浸かり、泥で足を取られながらの作業なので、体力を使います。とても疲れます」

マングローブに守られる村

 船に乗って2時間ほどすると、マングローブで囲まれた全長2キロほどのモンドリコ村が見えてきた。
 村の周囲には、家々を守るかのようにマングローブが生えていた。ここは以前、度重なる洪水と浸水に悩まされていたが、2010年に海沿いにマングローブを植えて以降、被害が減ってきているという。
モンドリコ村だけではなく、出発地点のベドノ村も、マングローブのおかげで海水による侵食が緩やかになり、洪水の被害も減少した。
以前はベドノ村のさらに内陸の県道沿いまで海水の影響が及び、塩水によって木々が枯れ果ててしまっていたが、今は街中にも緑が復活し、植物の種類まで増えているという。
ドローン撮影。防波堤のように植林することで、内陸地に近い村への波の影響が軽減される。

生態系は戻り、漁業も復活

マングローブ植林は、地元の経済活動にも影響を及ぼしている。植林によって崩れていた生態系が復活し、エビや貝類、魚類などが新たな種も含めて再び海に現れ始めた。特にここ3〜4年で漁獲量は増加し、釣れた魚を道端で販売する漁師も増えた。
ベドノ村民の多くは漁業で生計を立てているが「生活水準が上がってきたようです」とラフマットさんは言う。
道端で貝や魚を売る地元の漁師。
また、植林活動を始めたばかりと今では、村の人たちとの関係性も変わってきているという。
「活動開始の当時は、私たちに対して『何をやっているのかわからない』と静観している人たちばかりでした。
ですが、人々の意識が大きく変わるきっかけがありました」

「スマトラ島沖地震」が人々の意識を変えた

「決定的だったのは、2004年のスマトラ島沖地震です。ジャワ州も大きな被害を蒙りましたが、マングローブのある地域では、地震による津波から建物や人々の命を守られた例が報告されました。
経済的な効果が現れ始めたことや地震、津波から守られた経験により村の人たちとの協力体制もでき、今はとてもいい関係で仕事ができています。
たった3haから初めたベドノ村地域のマングローブ植林が現在は380haに成長しました。これからも東京海上日動と地元ボランティアの人たちと協力し、もっともっと広げていきたいと思います」
ベドノ村で取られ調理された魚料理。飲食業も盛んになってきた
地域環境や住民の生活に多様な成果をもたらすマングローブ植林だが、自然相手の取り組みであり、思うようにいかないことも多いと言う。
改めて、ラフマットさんたちが植林を推進する原動力を聞いた。
「私たちがこうして活動をするのは、すべて『地域の人々の暮らし』や『地球環境保全』のためです。この恩恵は、持続的な未来に繋がっているのです。私たちはこれからも、この意義のある活動に誇りをもって取り組んでいきます」

マングローブ20周年シンポジウムを開催

東京海上日動は、2019年10月8日(火)に記念シンポジウム「東京海上日動創立140年・マングローブ植林20周年記念 地球の未来にかける保険『マングローブ植林』を通じた社会価値創出」を開催。
国連総会議長並びにラムサール条約事務局長からの祝辞に続き、これまでに各地でもたらされた成果を東京海上日動とNGOが発表し、有識者による「サステナブルな未来づくり」についてのパネルディスカッションが行われた。
(登壇者左から)東北大学災害科学国際研究所 所長・教授 今村 文彦 氏、国際自然保護連合 日本リエゾンオフィスコーディネーター 古田 尚也 氏、東京海上日動 経営企画部部長兼CSR室長 小森 純子氏
東京海上日動 取締役社長 広瀬 伸一氏
東京海上日動の広瀬社長より、このシンポジウムを機に未来に向けた取り組みとして、「SDGsの目標14の達成に向けた海洋行動コミュニティ」に参画すること、「マングローブ価値共創100年宣言」が発表された。
東京海上日動は、これからも「マングローブを基盤としたさまざまな課題の解決策の提供」を通じて、地域社会や様々なステークホルダーとともに、人・地球・社会のサステナブルな未来づくりを目指していく。
(取材・執筆:川口あい、撮影:渥美奈津子/スタンディヤノ、デザイン:九喜洋介)