共創とクレイジーな情熱が、「乾杯」をもっと美味しくする

2019/11/8
発売から1カ月で生産量の半数を売った「コミュニティ」の底力
──プロジェクトから生まれたビールの中から特に評価の高かった3商品が市販されました。その直前に行われた発表会や恵比寿麦酒祭りも含めて、HOPPIN’GARAGEの反響はいかがでしたか。
土代 おかげさまで、9月20日の発売から1カ月も経たない現時点(※取材日は10月16日)で、既に生産量の半数を超える1万5000本も売れています。しかも、弊社ECサイト「KANPAI+」経由での購買を見ても明らかにこれまでの購買層とは異なり、若年層が多い傾向にあります。
1980年大阪生まれ。関西学院大学を卒業後、2003年サッポロビールに入社。人事、営業を経て、2013年よりマーケティング業務に従事。「HOPPIN’GARAGE」のほか、今年からは北海道を舞台に新しいプロジェクトにチャレンジしたい挑戦者とその応援者をつなぐ共創活動「ほっとけないどう」を始めるなど、「つながり」を軸とする企画を多く手がける。
太田 KANPAI+から買う方は、まずサイトに登録しないといけません。そのちょっとしたハードルを越えて買ってくれている方がこれほど多いのは驚きました。
 HOPPIN’GARAGEは商品広告を入れていないし、価格も一般のビールより少し高い。ハードルは多いのに、若い方を中心に売れているところに可能性を感じます。
土代 このことはHOPPIN’GARAGEのコミュニティの力を表していると思います。もともと「コミュニティを拡大して、その中から価値を創り出し、購買も生んでいく」という狙いがありましたので、それが実現できているのだと思います。
太田 コミュニティ作りにイベントは欠かせませんが、その一つ、恵比寿麦酒祭りも盛況でした。飲み比べをしている方もとても多く、飲んでから、「自分のアイデアを応募して、ビールをつくれるんだ」とその場で配布したツールで知って応募してくれた方も。
 つくって終わりではなく、飲んで楽しんでもらうことでまた新しいビールが生まれる。そんな、先へ先へとつながっていく導線設計を目指しました。
1977年宮城県生まれ。デジタルとアナログを繋げた大手企業のブランディング企画や商品開発を多数手がける。また、武蔵野美術大学、専修大学、東北学院大学の非常勤講師を歴任。自身が代表を務めるSteve* inc.では音楽レーベルSteve* Music、空間デザインレーベルSteve* Houseなど、業界の常識を超えた創作活動を展開中。
土代 その場で買って飲んでくれた多くの方々が「美味しい」と言ってくれたり、商品のコンセプトや缶のデザインも高く評価してくれたのも、嬉しかったですね。
山本 僕自身、『もぐもぐして探検するハニー』という商品の企画に携わった身として、目の前で自分が考えたレシピのビールを飲んでいる人がいるというのは、何とも言えない体験でした。
山本氏がアイデアを出した『もぐもぐして探検するハニー』は、数量限定で発売中。350ml 12缶セットで4378円(2019年11月8日現在のAmazon価格)
土代 『もぐもぐ』のファンは多かったですね。でも売れ行きでいえば、3商品とも注文数はほぼ同じだったんです。
 商品企画者は山本さんの他、「Soup Stock Tokyo」などのビジネスを展開する実業家の遠山正道さん、そして一般応募で採用された森本夏実さんの3名でした。
 ひと昔前なら、つくり手の知名度によって売れ行きに差が出そうなものなのに、結果として大きな差はない。時代の変化を感じますね。
左から山本雅也氏、遠山正道氏、森本夏実氏
カルチャーの違う3社が「あうん」の呼吸で突っ走れた理由
──ここに至るまで、イベントを400回行い、参加者数は累計4800人。12種類の試作品を作り、ようやく3品が商品化されました。
土代 振り返ってみると、正直この速さでここまで来られるとは思っていませんでした。弊社にとってまったく初めての取り組みで、立ち上げた当初は自信のある時と不安に襲われる時が繰り返しやってきて、霧の中をとにかく全力で突っ走ってきた感覚です。
山本 でも、土代さんの推進力はすさまじかったです。それに、HOPPIN’GARAGEチームはサッポロビールと弊社と太田さんの会社の十数人くらいのメインメンバーで動いていたんですが、意思疎通は驚くほどスムーズでした。
 カルチャーの違う企業同士がチームを組むと、往々にして細かな確認ばかりが繰り返されます。それが、この3社間ではほとんどなくて「だったらこうした方がいいよね」とサクサク進んだんです。
1985年東京都生まれ。早稲田大学卒業後、博報堂DYメディアパートナーズに入社し、出版×ITを軸にした新規事業やメディアプランニングを担当。退社後、世界中の家の食卓を訪ね食べ歩く。2013年、東京・上野に今の会社を創業。食べることが好きな人とつながる食コミュニティサービスを提供している。
土代 それぞれのチームが強みを発揮してくれたおかげで、クリエイティブな仕事ができましたよね。
太田 いや、正直、僕は1年前にお二人からプロジェクトの話を聞いた時は、何を言っているのか全然分かりませんでしたよ。
山本 そうだったの!?
太田 うそうそ(笑)。最初はそれだけ従来の常識にまったくとらわれていないことを本気でやろうとしていることに驚いたという意味です。
 「たった一人の一般消費者が企画したビールを販売する」と聞いて、「どうやってそれを実現するんだろう?」「そもそも知らない人と晩御飯を一緒に食べるサービスって何なの?」と、頭の中は「?」だらけ。
 でも、この二人の熱量が熱苦しくて……(笑)。一晩考え、「イケるだろう」と。
 新しいプロジェクトって、どれだけ緻密に設計しても、結局推進する「人」に熱量が無ければうまくいかないと思うんです。だけど、じっくり話を聞けば聞くほど思春期の中学生のように二人の熱苦しさは増していく。うまくいくイメージしか浮かびませんでした。
山本 僕自身は、最初に構想を聞いた時点ですべて納得しました。絵を描くだけなら誰でもできますが、土代さんは実現するプロセスまできちんと描けていましたから。
 僕もスタートアップとしてずっとやっているので、やっぱ完璧な計画なんてものはないんですよね。でもそれでもいい。大事なのは、個々のメンバーのベクトルが間違っていないこと。角度さえ合っていれば、最終的にたどり着けますし、プロセスは自然とついていきます。
 でも、角度がずれていると最後まで意見がずれたまま。だからこそ、角度合わせだけは、いつも慎重に行っています。
土代 今回はみなベクトルが合っていましたからね。だから話し合いの時も毎回納得できて、その先の提案をスムーズに考えられました。太田さんの提案も素晴らしかった。
 頭の中ではどのようにクリエイティブ作業を進めていたのですか?
太田 僕は何事も、こむずかしく考えたくないんです。だから、他人に対してもこむずかしく伝えたくない。頭の良さそうな表現とか、かっこつけた難しい言葉を並べた表現をいくら盛り込んでも、結局何も伝わらない。
 クリエイティブは「シンプルで柔らかくあるべき」だと思っています。
 今回は、「たった一人のクレイジーな情熱をビール化する」ということがポイントだと思ったので、一人のおじさんの頭の中からビールが飛び出すというロゴをマークにしてみました。
おじさんにひげをつけるかつけないかで議論。「何十種類ものおじさんパターンもつくりましたね。しばらく夢にホッピンおじさんばかり出て来ました」と太田氏
太田 ロゴが決まったあとはコピーでした。頭の中がホッピンおじさんのようにぐちゃぐちゃになるほど悩んで出したコピーは「できたらいいな。を、つくろう。」でした。
 これは、できたらいいな。で終わるのではなく、なんとしてでも「つくろう」という言い切り型にすることで、プロジェクトメンバーに本当にやるぞという「呪い」をかけたんです(笑)。
実現したいのは「ビールの飲み方」の再定義
土代 太田さん率いるSteve* inc.のみなさんは、こちらがやりたいと言ったことに対して、どうしたら形になるか、表現の仕方を突き詰めて考えてくださいました。話したらすぐに分かってくれて。期待以上のアイデアをパッとご提案いただけました。
太田 嬉しいですね。ちなみに、Steve* inc.という社名は、僕がスティーブ・ジョブズを尊敬していたからなのですが、ジョブズはiPodをつくったのではなく「音楽の聞き方」を。iPhoneをつくったのではなく「電話のあり方」を再定義したとも言えます。
 僕らがHOPPIN’GARAGEで実現したいのは、「ビールの飲み方」の再定義。
 例えば、全然美味しいと思えないものをデザインで何とかかっこつけようとしても、どうしてもデザイナーとしては矛盾した気持ちや疑問があります。
 ところが、製品開発の段階から一緒に参加して、商品を理解して好きになると、何とかしてその価値を伝えたいというモチベーションが湧いてきます。
山本 忙しい中マメに顔を出して、ずっと一緒に並走してくれましたからね。
太田 結局、ストーリーが大事ですから。例えば、「かつおだしのあっさりした塩分少なめの味噌汁のパッケージ」と言われて作るのと、「昔ばあちゃんが、毎日畑仕事の後、すごく疲れているのに野菜をとってきて、それを味噌汁に入れてくれた。あの味噌汁、美味しかったな」と言われて作るパッケージって、全然違う形に仕上がると思うんですよね。
土代 森本さんの『佐世保スイングエール』は、森本さんが「縁もゆかりもない佐世保の街にフラリと旅したとき、夜中に楽しそうな音と光が漏れているお店を見つけた。そこで勇気を出して扉を開けて入ったら、すごく楽しい世界があった」というストーリーでしたね。
太田 そうですね。だからパッケージも「勇気を出して扉を開ければ楽しい世界がある」というデザインになっています。
森本氏について「とにかく情熱がすごかった。自分の熱量でしっかりコミュニティを作って、そこから消費が生まれるという成功モデルを作ってくれましたね」(太田氏)、「今は一般の方でもSNSなどを通じて自分でプロモーションできる時代。そんな熱量ある方と、どんどんタッグを組んでいきたい」(土代氏)
飲み会に台本はない。オフラインの「乾杯」が貴重な理由
土代 僕はこのプロジェクトは、「楽しい」や「つながる」がキーワードだと思っています。それは僕のなかでこの2つがビールの持つ根源的な価値だと思っているからです。そのために、コミュニティづくりのきっかけとなるイベントの機会をたくさん提供してきたつもりです。
山本 そのイベントも含め、プロジェクトの中身のすべてがつながっているんですよね。まず、商品化されたビールは、味が美味しい。そして味の前後にストーリーが楽しめる。楽しんだ後は、今度は自分がアイデアを応募して「与える側」にまわることができる。
 こんなふうに、受け取る側から与える側にまわれるという点が、すごく奥の深いサービスです。1つのプランの中で、こんなにシンプル、かつシームレスにつながる体験を提供できるサービスは、なかなかありません。
土代 その過程で、リアルの場で人と人が乾杯してきたことは大きなポイントですね。
山本 僕もそこにはすごくこだわってきました。今はオンラインで何でもできる世の中。そんな中、オフラインで人と会い、人と杯を交わすことって、より価値が高まってきていると思うんです。
 実際、リアルで飲んでいると、どんどん会話が繰り広げられていく。飲み会に台本なんてない。それがすごく楽しい。その結果、何かすごいアイデアが生まれるんです。
太田 時々現場を覗きに行くと、参加している人たちがマジでめっちゃ楽しそうでした。僕自身も、もはや仕事なのかどうか、よくわからないほど楽しかった。
山本 やっている僕らももちろん、運営サイドも楽しい。その楽しそうな感じが伝播したのか、ユーザーさん側も本当に楽しそうなのが嬉しいですね。彼らの表情は、僕らが頑張れる原動力になりますから。
土代 「乾杯!」と言ってグラスとグラスがくっつく瞬間が、僕には人と人がつながった瞬間に思えます。そこを求めている方も多いはず。実際、集まる方は回を重ねるごとに増え、現時点ではのべ4800人に。
 これはやはり、人と人が会って乾杯する“体験”を求めている証だと思うんです。
太田 「飲みに行こうか」という言葉は最強。それだけで年代の壁、国の壁を越えられると思います。
 「ビールを楽しむ場」の既存の概念を壊し、再定義することで新しい発見が生まれる環境をつくっていきたい。HOPPIN’GARAGEと言いながらも、ガレージを壊していきたいですね。
ビールをツールに「何かを一緒に創り出す」
──2年目を迎えましたが、今後HOPPIN’GARAGEをどう展開させていきたいですか。
山本 HOPPIN’GARAGEの理念に共感してくださったユーザーさんに「体験」サービスを提供するため、一緒にいろんな企画を立てて、一緒にビアバー巡りをしたり、3種のビールを飲み比べる会を開いたりしてきました。
 「明日は予定がないから、ちょっとビール好きで集まって乾杯してみよう」という気分で参加できるような企画を、今後も強化していきたいですね。
 また、「みんなで美味しく食べよう」「ちょい飲みスタンドで販売したい」といった、ビールコミュニティにかける“熱”がみんなに伝わるように設計していきたいですね。
太田 「私も行っていいんだ」「良いビールのアイデアを思いついたから聞いて!」と気軽な感じで来ていただきたいですね。HOPPIN’GARAGEには、「プロじゃないと発言できない」という空気はありませんから。
山本 写真やレビューにその熱を放出するだけでなく、次のビール企画のアイデア出しにつなげていくんです。熱量を可視化して、その可視化した熱量を形にするところまで実現したい。
太田 可視化しましょう!
土代 こうした取り組みをサステナブルにするためにはやはりキャッシュを生んでいく必要があると思っています。
 ただ、今回発売したビールを量産化して販売する、といったこれまでのビジネスの延長だけではなく、HOPPIN’GARAGEが大切にしている「楽しさ」「つながる」といった価値観をより具現化できる方法も考えたいと思っています。
 「ビールをつくって、売る」がゴールではなくて、ビールを一つのツールと捉えて、その上にある何かを追い求めていくイメージです。
 「つながる」に関しては、既にビール好き同士あるいはビール好きとお店のマッチングは取り組んでいますが、それ以外にも地方自治体やファンコミュニティの活性化支援、あるいはコミュニティが集うリアルスペースの企画運営も考えています。
 また、既に商品化が決まっているカードゲームのように「楽しい」をテーマにしたエンタメやカルチャー分野もチャレンジする領域だと思っています。
 モノからサービス、その次はコミュニティ。さらにそこから先は、何かを一緒に作り出す“共創”がテーマです。「何かを一緒に創り出す」、そのプロセスこそがエンターテインメントだと思っています。
山本 これはユーザーさんがいないと始まらない。引き続き「HOPPIN’GARAGEのコミュニティに参加する人を増やしつつ、人とのつながり、ビールや人との出会いのストーリーをどんどん作っていきましょう。
土代 おっしゃるとおり。これから副業や兼業、プロボノなど、会社の枠にとらわれない活動が増えてくると思っています。
 一人ひとりのビジネスパーソンの頭の中にはとんでもないアイデアが眠っていると思っていて、会社の会議室で発言しても「?」と言われてしまうようなアイデアを、ぜひHOPPIN’GARAGEにぶつけてほしい。
 そこで我々が「面白い!」と思えば、そこから新しいサービスが生まれるかもしれません。実際、この1年でHOPPIN’GARAGEが生み出してきたものは、当社メンバーだけで会議室で議論しても実現できなかったものばかりです。
 NewsPicks読者の方で、私たちと“共創”したい方がいらっしゃれば、ぜひ連絡ください。お待ちしています!
※本記事の「ビール」表記には、「ビール」以外の「発泡酒」「新ジャンル」を含みます。
(構成:桜田容子 編集:奈良岡崇子 写真:北山宏一 デザイン:月森恭助)