【星﨑尚彦】三井物産でシェアナンバーワンを獲得した仕事術

2020/1/8
プロ経営者と呼ばれる人たちがいる。職業=社長業。業種や規模に関係なく、経営の手腕を発揮する。メガネスーパー社長の星﨑尚彦氏はそんな1人だ。

三井物産、スイスのビジネススクールIMDを経て、初めて経営に携わったのは33歳のとき。すでに社長歴は21年になる。フラー・ジャコージャパン、ブルーノマリジャパンなど外資系企業のトップを務めたほか、2011年からはアパレルメーカー、クレッジの経営再建に力を尽くした。そして13年7月、メガネスーパー社長に就任。8年連続赤字で倒産寸前だった同社を奇跡的なV字回復へと導いた。

いじめられっ子だった少年時代、将来何をやりたいか分からなかった青春時代を経て、いかにプロ経営者という職業にたどり着いたのか。星﨑氏のこれまでを振り返りつつ、その哲学に迫る。(全7回)

やりたいことが見つからない

大人はみんな「高校生になれば、将来やりたいことが分かってくるよ」と言うわけですよ。でも僕の場合、高校3年生になっても全く分からない、やりたいことが出てこなかった。
早稲田大学法学部に入ったのも潰しが利くと思ったから。間違って弁護士になってもいいぐらいに思っていたのですよ。
早稲田大学にはいくつか法曹界を目指す学生が集まる大学公認の法律サークルがあります。そこをのぞいたときに「星﨑君、1万時間は勉強しないと弁護士になれないよ」と言われ、「そんなことできるわけがない」とすぐに挫折しました。
うちは祖父も父も母も伯父も三井物産出身。ただ、僕自身は三井物産に行こうとは思っていませんでした。父親のコネと言われるだろうし、うちの親父からも「三井物産はやめたら」と言われていました。
僕が就職活動していたのは1988年で、バブル真っただ中。超売り手市場で、どこでも入れます。僕は大学4年になっても、残念ながらやりたいことが見つかっていませんでした。「大人は本当に嘘をつくな。それともおれがバカなのかな」と思いながら、就職活動を始めました。

業界ナンバーワンを狙う

そこでどうしたか。