「栗」で四万十を活性化した男が描く、「道の駅」の成功法則

2019/9/19
大事にすべき「3つの大事」
今から30年前のこと。当時26歳だった畦地履正(あぜち・りしょう)さんは、四万十川に架かる沈下橋を渡っていた。その橋を渡らなければ行けない対岸の民家に住む人に会うためだった。
高知県北西部の愛媛県境近くにある十和村(現・四万十町十和)。四万十川の中流が切り立った谷間をゆっくりと蛇行しながら滔々と流れる。
鮎や鰻など川の恵みと椎茸栽培、林業などで生きる中山間地の村だ。畦地さんが生まれ育った地でもある。
当時、農協の職員だった畦地さんが、担当の預金獲得を理由に訪ねたのは、梅原真(うめばら・まこと)さん。高知を拠点に活躍していたデザイナーだ。高知県馬路村のポン酢醤油のラベルをデザインし、大ヒットさせていた有名人だった。