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真剣に考えれば考えるほど、悩んでしまう問題だと思いますが、やはり私は広い世界を見せた方が良いと今のところ考えています。

>しかし、夢を抱かせて選択肢を見せるよりも、目の前の現実を乗り越える術を身につけさせることの方が大事なのではないかと思うんだ

ここでいう”目の前の現実”は大人の目に映る現実なんですよね。同じ世界でも見る人によって見え方は大きく違う。子供からすれば、大人の考える”現実”はセンスの悪いお門違いなものかもしれません。大人は子供に対して色んな世界を見せることに注力して、そこで何を感じ、どう行動するかは子供に任せる。こんな関係で良いかなと思っています。
沖縄とは全く関係ない文脈で書きますが、限られた世界で上手くいってちやほやされて、それを引きずったまま狭い世界の中で老いていく人生がいいのか?と疑問です。壁の外に出ようとするエレン、かっこいいじゃないですかー(出所:進撃の巨人)

常にその人なりのフロンティアに挑戦し続けることが美しいと、もし私だったら思います。

ちなみに「その人なりの」というのが個人的にはこだわりがある重要なポイントで、他人との比較ではなく、過去の自分との比較がとても重要だと思っています。
難しい問題ですね。
広い世界だけ見せておいて、経済面や教育水準など自分ではどうにもならない理由でその広い世界には行けないとなることは、たしかに酷で、もしかしたら利より害の方が大きくなる可能性もあるのではないでしょうか。
知らない方が幸せ、ということもあります。

それに、知って、広い世界に飛び込んだからといってよい結果になるわけではない。地方からの東大生が孤立しまったり、自分より優秀な人がゴロゴロいるという現実に直面して燃え尽きてしまうこともあるのは、よく聞く話。

一方で、大人になってから知ることになったらそれはそれで酷。
狭いコミュニティが息苦しい人もいるでしょう。
正解はないと思います。
世界を見ずに現実を追いかけると、気がつかないうとに絶望の淵に追いやられます。世界を広く見ることは必要です。

広い世界を見ると現実を知ることになるので、その意味では残酷です。しかし、世界について知っているか否かは現実を生き抜く術の質に影響します。世界を見ずに現実を生き抜こうとしても、受け身で場当たり的な対応にならざるを得ません。

問題は抱いた夢と現実のギャップにあるので、個人はそのギャップに折り合いつけて納得解を見出だすことが必要になります。折り合いをつけるためには、現実との接点が欠かせません。自分からの発信と他者からのフィードバックの積み重ねがあるから、現実における自分の位置が分かるようになります。
これは自己否定に陥りかねない苦しい過程ですが、真剣に夢と向き合うからこそ、本人が納得できるようになります。先生や大人の役割は、この過程で道を誤らないように見守り、時に支援することです。
先生たち、おそらくこういう境地に至っているということは、相当な経験をしていろいろな不幸なケースを見られているんだろうと思う。諦観すら感じる。

しかし、狭い世界で生き抜く力というのは、例えば、学校の中だけのことだけ考えろ、と言うのとレベル感が異なるけれど同じ論法になる。今ここにいる世界が子ども本人にとって不幸であってもそれを乗り越えなくてはならないのか。逃げて、別の世界に行くことも選択肢だ。選択肢が多くあることは選択できなくなる危惧もあるが、選択肢がないことにされるよりもいいことだ。選択肢がない世界は多様性がない世界であり、多様性を認められない世界だ。

広くいろいろな世界があり、選択肢は存在することを示し、そこから何をどう選び取るかは本人に任せてよい。本人に任せるときには、本人自身や家族、地域なども検討の材料になるはず。大人の恣意的な介入というのは大概いいことを生まないので、控えるべきかと思う。
学習性無力感を育んでしまうような現実の見せ方はよろしくない。それよりも、自己肯定&効力感を育むことが重要ではないか。それがあれば、どんなに現実が過酷でも、どうにかできるんじゃないか、と頑張ることができる。