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むしろ、高校や大学では海外の大学や大学院に進学する人のために世界基準に則った評価をしておかないとGPAを算出できなくて困るという事態も発生しえます。

例えば「全員頑張ったから全員100点!」とかはNG。

アメリカの大学に留学する時、必要になるGPAとは?
https://english-innovations.com/3884/
子どもたちの励みになることを最優先。

学期を振り返り、学んでやる気を出す。子どもたちの自発性を引き出し、挑戦する意欲を上手に引き出してあげたいですね。

法的根拠があるからとか、通知表は作るものだからとか、そういう本末転倒な思考から脱却しましょう。ICTやAI、もちろん通知表も手段です。
通知表は要らない。中間・期末テストも、宿題も、運動会も遠足も、要らない。だけど要ると思ってやってきて、仕事がどんどん積み重なり、先生は疲弊している。学校や先生がどうしてもやらなければいけないことを一度総ざらいしてみるといい。超教育協会では今「やらなくてもいいリスト」作成の作業をしていまして、近く世に問いかける予定です。
学校の当たり前は実は当たり前でないという記事。
私自身は、評価は必要でなくて、フィードバックがあれば良いと思ってます。現状多くの学校では逆なんですが。

子どもが成長すれば良いのであって、評価というのはあくまで手段。でも、学校や教育委員会と仕事するとよく言われるのは「評価のやり方が決まらないとできない」と。そんなこと本当はないのに。というか、ルーブリック方式とか考えれば、評価できないなんてこともない。評価のやり方自体が古いまま。

目的化して思考停止に陥ってしまっている評価、そして内申書の悪用など子どもたちの人権を抑圧している評価は、百害あって一利なしです。即廃止してほしいです。
結局、通知表も相対評価であり、絶対評価でもないので帰ってきたところで、あまり見るべきところもないかなあ、と思う(うちの子はよくない方の部類)。とはいえ、参考になるのは定性的な情報であり、手書きのコメント欄だ(手書きでなくてもいいと思うのでICT化賛成)。ここは、普段見ることのできない学校での姿を垣間見れるところでもあるので。

大学の成績というのは、昨今はシステムで参照するので、ICT化が進んでいるといえる。しかし、自分の勉強についての定性的な評価などは全くないわけで(一部科目ではあるかもしれない)、最近のe-ポートフォリオシステムの動きというのは納得感はある。自分の講義でもポートフォリオシステム使っているけど、講師と学生間のコミュニケーションというのは、学生にはポジティブに働いている印象がある。

もっと話を広げて、企業での評価というものも、評価そのものにはあまり本人にとっては価値がなく、適切なフィードバックというものが伴っていなければ画餅感あふれるわけで。やはり人間、適切なフィードバック、それも数値ではなく人の血の通った自分に対して個別に作られたもの、自分がちゃんと見られているという証が必要なんだなあ、と思う。
仮に自分の学校が通知表なしのノーレーティングになった場合、入試の際の内申点はどうなるのか気になりました。
驚きました通知表って公的なものじゃなかったんですね...
しかし、この膨大な作業量。もっと効率化をしてほしいなと思います。