【佐々木紀彦】パラリンピックがもたらす「2つの希望」

2019/8/23

変化の導火線

みなさんは、パラリンピックについてどんな印象を持っていますか?
「名前は知っているけれども、どんな競技があるのか知らない」
「国枝慎吾さんは知っているけれども、他の選手を知らない」
「盛り上げようという雰囲気は感じるけれども、興味がわいてこない」
きっと本音では、こんな思いを抱いている人が多いのではないでしょうか。
実は、私自身そうでした。
今回のパラリンピック特集で取材をするまでは、パラリンピックは遠い存在。自分とはあまり関係のない話だと思っていました。
ただ、取材を進めるうちに、パラリンピックへの興味がふつふつと湧いてきました。
それはきっと「パラリンピックは日本をポジティブに変える導火線になりうる」と直感したからだと思います。

差別はないが、区別がある

まずもって、パラリンピック生誕ヒストリーに心を揺り動かされます(詳しくは、明日公開のインフォグラフィックをご覧ください)。
およそ70年前のイギリス。脊髄損傷を専門とするストーク・マンデビル病院を舞台に、グッドマン博士が繰り出した勇気あるイノベーションは、金メダルものです。
スポーツが身体の回復だけでなく「心のリハビリ」としていかにパワーがあるかがよくわかります。
そして1960年に、ストーク・マンデビル病院を訪れたのが、中村裕医師。彼が「鉄の扉をこじ開けた」ことによって、1964年に東洋初のパラリンピックが東京で開催されます。
世界の中でも、日本においてパラリンピックの認知度が一際高いのは、中村医師の奮闘があってこそです。
そんな日本との縁が深いパラリンピックは、日本に2つの希望をもたらすのではないかと期待しています。
ひとつは、真の意味でのボーダレス化です。
言うまでもなく、物理的なハード面でのボーダーがあります。
東京2020総合チーム クリエイティブ・ディレクターを務める栗栖良依さんは、「障害のある人が、安全に舞台に立てるように全力でサポートすることが、今の私のミッション」と語ります(栗栖さんとの対談は8月29日、30日に掲載予定です)。
東京2020総合チーム クリエイティブ・ディレクターの栗栖良依氏。
「来年の東京では、リハーサルなどで炎天下に長時間いることもあるでしょう。健康な人でも過酷ですが、障害者の中には汗がかきづらい人もいたりして、心身への負担は相当なものになります。それでも、あらゆるアクセシビリティを改善し、彼らが安全に舞台に立てるようにしたい。障害のある人とない人が、一緒に体を動かしてセレモニーを成功させる体験を、1人でも多くの人に味わってほしいんです」
もうひとつは、心のボーダーです。
今の日本には、ダイバシティーという言葉があふれていますが、スローガン先行で実態が付いてきていません。どうも上滑りしています。
「日本には、障害者に対する“差別”はないが、“区別”がある」
これは、日本車いすラグビー連盟の理事長を務める、オイシックス・ラ・大地の高島宏平さんの言葉です。
オイシックス・ラ・大地CEOの高島宏平氏。 
インタビューでこの言葉を聞いたとき、まさにそれが日本のいちばんの問題かもしれない、と痛感しました。
学校でも、仕事場でも、日常生活でも、障害者の存在が遠くなっている。視界になかなか入ってこない。ボーダーがあって、重なり合うシーンが少ない。
このボーダーが崩れて、障碍者と健常者が“区別”なく自然と溶け込んでいく。自分もいつか老いや病気や事故によって、体のどこかが不自由になるかもしれない。そんな想像力を多くの人が持てるようになる。
東京パラリンピックが、そんな思いを抱くきっかけになれば、日本にとっての希望になるのではないかと思います。

挑む姿勢こそ美しい

もうひとつの期待。それは、パラアスリートの言葉と雄姿と生き様から、新たな希望を得る人が増えるのではないかということです。
「すべてのアスリートと観客に対して「人生に不可能はない」ということを証明したいんです」
これはパラ陸上の走り幅跳びで、8メートル48の最高記録を持つマルクス・レーム選手の言葉です。
「人と「同じこと」よりも、「違うこと」を大事にする」
これは2010年のアジアパラ競技大会に当時史上最年少で出場、50m自由形で銀メダルを獲得し、東京大会でもメダル獲得が期待される一ノ瀬メイ選手の言葉です。
パラリンピックアスリートの言葉には、哲学者のような深さと、起業家のような熱さがあります。スポーツという文脈を超えて、困難に挑む人、道に迷う人に、新たな勇気を与えるはずです。
オリンピックでは、どうしても「メダルをとれたか」という結果ばかりに注目してしまうところがあります。
もちろん、パラリンピックでも結果は大事です。ただし、それ以上に、大きなチャレンジを乗り越えるべく、自分ととことん戦い続ける。その姿勢に魅せられるのでしょう。
私は残念ながら、オリンピックのチケットは一枚も当たりませんでしたが、ぜひとも、パラリンピックは会場で存分に楽しみたいと思います。

スポーツピックス始動

本日より1週間に渡ってお届けするパラリンピック特集は、10月に始動する新スポーツメディア「SportsPicks」のプレオープンになります。
新編集長を迎えて編集部を創り、NewsPicksらしいスポーツコンテンツをみなさんにお届けしていきます(スポーツ分野のプロピッカーも加わる予定です。コンテンツを超えた取り組みも視野に入れています)。
私自身、高校時代には、スポーツジャーナリストを目指したほどのスポーツコンテンツ大好き人間です。そんなスポーツおたくの一人として、近年の、スポーツジャーナリズムの衰退に危機感を抱いています。
科学や知識の進歩などにより、スポーツそのものは進化していますが、スポーツメディアは昔より元気がなくなっているように感じるのです。
その背景には、スポーツジャーナリストの減少、スポーツメディアのビジネスモデルの弱体化、選手・監督・フロント・協会とメディアの緊張感の乏しさなど、複合的な事情があります。
そうした現状を少しでも好転させて、新しいモデルを提示し、スポーツ界の発展に少しでも貢献できるよう、メンバー一同、旺盛にチャレンジしていきたいと思っています。
みなさんが取り上げてほしいと思うスポーツ関連のテーマ、「SportsPicks」で取り組んでほしいアイディアがございましたら、ぜひコメント欄で教えていただければ幸いです。