三井物産がインドでも米国でも分散電源に注力する理由

2019/8/30
電力事業といえば、大規模発電所を中心とした「集中電源」をイメージするが、今、世界では、電力を地産地消する「分散電源」の存在感が増している。三井物産も、この流れをいち早くとらえ、次の一手に打って出る。その舞台は、インド、アフリカといった新興国と先進国の米国。バックグラウンドが異なる地域で三井物産が仕掛ける電力事業の最前線を追う。

新興国での分散電源の可能性

世界の非電化地域の人口は約11億人──。
非電化地域は、夜になると真っ暗だ。それでも、住民のほとんどが携帯電話を所有しているという地域も多い。携帯電話を活用したキャッシュレス決済も生活の一部だ。
では、いったいどうやって充電するのか。電気が通じている時間帯をねらって、電化している家や施設に人々が集まって充電しているという。
電気が十分でない地域でも、携帯電話が生活インフラとなっている
「規制が比較的少ないこともあり、実は新興国でも携帯電話でのキャッシュレス決済が普及しているんです。携帯電話を持つことのメリットが大きく、もはや生活インフラとなっていて、バックアップのための電化へのニーズが急速に高まっています」(三井物産プロジェクト本部 山田晃一)
どんな新興国であっても、ある日、携帯電話が普及し始め、決済を担うなど、あっという間に生活の一部になる。今や、データ通信こそ、非電化地域の人々が電気を必要とする大きな理由だ。
水、食料の次に不可欠なインフラである電気が安定的に届けば、携帯電話の使用だけではなく、日没後も収入に直結する仕事ができ、子どもは家で勉強ができる。生活の質や所得の向上は、電化製品を利用するなど、より豊かで便利な暮らしにつながる。
では、広範囲に点在している非電化地域に電力を届けるにはどうするのか。大規模な発電所を造って、送電網を一から作り上げるのは効率的ではない。
そこで力を発揮するのが、「分散」電源。「分散」した小さな地域ごとに太陽光発電で電気をつくり、それをその地域内で使う。いわば、電力の地産地消型モデルだ。
インド ウッタル・プラデーシュ州のOMCサイト。半径2~3km内の村へ電気を届ける

雨が多くても少なくても電気が来ない

2017年の国際エネルギー機関の統計によると、インドでは電力網とつながっていない国民が約2億4000万人。世界で電気が使えない住民のおよそ5人に1人がインド国民という計算だ。
「私の出身地、インド南部のケララ州は主に水力発電で電力が供給されている地域でした。当時は、水量が減る夏に発電量が減るのは日常茶飯事。1日数時間しか供給されないことも珍しくありません。反対に雨が多くなると送電線が切れてしまい、電気が来ないということもよくありました」
そう話すのは、インド北西部で携帯電話基地局を中心に発電事業を行うベンチャー企業、OMC Power(以下OMC)で奮闘する、トーマスアルウィンだ。
アルウィンは、高校、大学と日本に留学し、会話、読み書きも日本人並み。将来的にはインフラ事業でインドに貢献したいという想いで、三井物産に入社した。
三井物産といえば、大規模な発電所の開発、運営に長年の実績がある。次なる一手として、分散電源の将来性に注目し、2017年、OMCに出資した。
入社以来、北米、アフリカのインフラ事業を担当していたアルウィンに白羽の矢が立ち、OMCに日本から出向することになった。まさに、アルウィンが高校生で日本に留学したときの夢を実現するときだ。
OMCに出向しているトーマス・アルウィン(左)、日本と現場を行き来する山田晃一(中)、日本から事業を指揮する古田真崇(右)

電化が進み、暮らしが変わる

OMCのビジネスモデルはこうだ。電力事業の起点として目を付けたのは、携帯電話のデータ通信。基地局に太陽光で発電した安価で安定した電気を送る
OMCの分散電源事業で、周辺地域の様子は大きく変わる。
基地局の周りに建物ができ、学校や病院ができる。病院では電気が必要な医療機器が使えるようになり、例えば出産にも対応できるようになる。店舗の営業時間が長くなり、村に活気がみなぎるーー。これらは、分散電源を導入した地域で実際に起きていることだ。
「日本では信じられないかもしれませんが、ハサミしか使っていなかった床屋で、バリカンも利用できるようになりました。村の人たちからは、 “電気を通してくれてありがとう”という言葉をかけられます。毎日苦労の連続ですが、変化を目の当たりにできるのが、とてもうれしいですね」(アルウィン)
電気がくることで、冷蔵庫などの電化製品が使えるようになり、生活の質も向上
OMCはこれまで約100カ所の基地局に電力を供給する契約を結んできたが、今後1〜2年をめどに段階的に1000カ所への拡大を目指している。
「これまではスタートアップ的な試行錯誤の連続でした。当初は新しい事業を成立させる法制度すらないような状況で、ゼロから事業の必要性を関係者に説明しながら進めてきました。今は一気に1000カ所へのスケールアップの段階で、三井物産の経営資源や知見、ネットワークが大きな役割を果たしています」と日本からこのプロジェクトを指揮する三井物産プロジェクト本部の古田真崇は話す。
太陽光発電だからといって、雨の日に電力が使えないのでは困る。どんな天候でも、必要なとき、必要な場所に電気を届けることがOMCの使命。簡単な道のりではないが、課題を一つずつ解決しながら、信頼を獲得していく日々だ。

インドからアフリカへ

そして今、OMCは三井物産と連携することで、ビジネスのフィールドをインドからアフリカにも拡大しようとしている。下の図は夜間の明るさを示した世界地図だが、非電化地域はインド洋を中心に広がっている。特にアフリカは、ほぼ真っ暗だ。
夜間の明るさを示した世界地図 (iStock/Morrison1977)
また、アフリカにはインド系の移民も多い。インドで事業展開してきたOMCにとって強みを発揮できる環境ともいえる。
インドより電化が遅れているアフリカだが、キャッシュレス化は早い地域もある。アフリカには住所を持たない人々も多く、銀行の利用はあまり進んでいない。そんな事情もあり、携帯電話を使ったキャッシュレス決済が一気に広がっている。
「アフリカの非電化地域では、教育、衛生、そして物流ネットワークという問題があります。これらの解決に電化が大きな役割を果たすのです。分散電源は、そういう社会課題への解決策となっていくもの。そこに大きなやりがいと魅力を感じています」(古田)

米国ではクリーンな電力をコミュニティ規模で

新興国が、生活の質の向上や利便性を追求して分散電源に注力する一方で、先進国である米国では全く異なる視点で分散電源が注目を集めている。
電力供給の強靭(きょうじん)性(Resiliency)だ。例えば、異常気象が増える中、分散電源なら災害で送電線が切れても影響は少ない。
加えて、米国では、企業でも個人でも、クリーンな電力へのニーズが高い。自治体として取り組んでいるところも多く、特にカリフォルニア州は、2045年までにすべての電力をクリーンな電力にすると宣言している。
クリーン電力の代表格である太陽光発電は、広大な土地にメガソーラーを設置して、大量に発電し送電線を通じて送る集中電源がメインだった。しかし、近年、技術革新が大きく進み、「太陽光」かつ「分散電源」でもコスト競争力が飛躍的に高まった。そのことで一気に、強靭性クリーンな電力、という両方のニーズに応えられるようになったのだ。
グラフ作成:NewsPicks Brand Design
三井物産が、米国で分散電源事業に乗り出したのはそんな背景があってのことだ。
2017年1月、世界最大手の太陽光発電デベロッパーの一社として知られていたサンエジソンから分散電源部門を買収し、フォアフロントパワー(以下、FFP)を設立した。2018年5月からこのFFPでCo-CEOとして手腕を振るうのが、三井物産から出向している溝口剛だ。「世の中のニーズに応えて、クリーンな電力を届ける」が溝口の信念だ。
発電設備を導入した学校のセレモニーであいさつする米国フォアフロントパワー Co-CEOの溝口剛

2つのビジネスモデルで展開

FFPのビジネスモデルは大きく分けて2つある。
ひとつは、オンサイトソーラーと呼ばれるモデル。企業などの顧客が所有する土地や屋根にソーラーパネルを設置して発電した電気を土地の所有者が自家消費する。クリーンな電力を使いたいと、学校などの公共施設、大企業の倉庫や工場などで導入されている。
もうひとつが、FFPとして新たに立ち上げたコミュニティソーラーだ。広い場所を確保し太陽光で発電、複数の顧客に売電する。ソーラーパネルを自分の敷地内に設置できなくても、まるでそれがあるかのようにクリーンな電力を購入できる。企業だけでなく、個人も対象だ。

時代の先端で勝負する醍醐味

分散電源の全体的な発電量は伸びており、FFPでも導入実績を着実に伸ばしている。
「特にコミュニティソーラーはこれから大きく伸びていくはず。米国では、州によってコミュニティソーラーの制度が異なり導入状況はさまざまですが、これまで太陽光エネルギーの設置が難しかった住民でも検討が可能となり、顧客の裾野が広がる大きな可能性を持っています。また、オンサイトソーラーでは太陽光と同時に蓄電池も導入したい、というニーズもあります。パートナー企業の蓄電システムと組み合わせることで、より価格競争力のある提案ができます」(溝口)
米国フォアフロントパワーが開発、運営する分散型太陽光発電事業
時代の動きの最先端のビジネスの現場にいる──。溝口は、何度も「分散化は時代の流れ」という言葉を繰り返す。
「クリーンな電力を使いたい」という一般消費者の声に、直接応える、それがこの仕事をしている醍醐味だ。
振り返れば、事業規模拡大に伴い、100件、200件と同時進行するプロジェクト管理の複雑化、大雪で想定通りに工事が進まないなどの大小さまざまなトラブル、米国流の仕事の進め方との大きな隔たりなど、目の前には多くの難題があった。それでも、「スピーディな環境の変化に合わせて、さまざまな創意工夫を重ね、業界のリーディングプレーヤーになりたい」(溝口)という意思は揺らがない。そんな想いを抱えながら、新しいチャレンジを重ねている。

貧困、環境という社会課題の解決に挑む

新興国では非電化地域をなくすため、先進国ではより強靭でクリーンな電力供給という、2つの方向で分散電源事業に取り組む三井物産。新興国モデルではインドからアフリカに、先進国モデルでは米国からブラジルへと地理的にも拡大している。
これまで世界中で電力事業の開発・運営を行ってきた同社には、長年積み上げてきた実績がある。2019年3月末現在の持ち分発電容量(ネット)は10.4GWにのぼる。
集中電源から分散電源への流れにいち早く目を向けたのも、これまでに得てきた知見やネットワークがあってこそだ。世界各国・地域の制度、固有の文化や課題に真摯(しんし)に向き合いながら、さまざまな困難を乗り越えていこうとしている。
「一言でいうと“電化”ということになりますが、我々が見据えているのはその先の未来。貧困や環境という世界が抱える課題を、ビジネスを通じて解決したい。そのために、持てる力を最大限生かし、新たな未来を切り拓(ひら)いていきます」(古田)
(執筆:久川桃子 人物撮影:北山宏一 デザイン:九喜洋介)