消費財メーカーが直面する危機。変革を阻む壁、壊すすべ

2019/8/26
日常生活の必需品である、シャンプーや化粧品、食品、飲料などの消費財。いま、これらを取り扱う消費財業界は岐路に立たされている。
ここ数年で一気にデジタル化が進み、消費者は自分に「最適化された」情報を簡単に手にできるようになり、消費者同士がつながることで「シェアリング経済圏」が確立されてきた。
よりパーソナライズされた商品をスピーディーに手に入れたいというニーズも顕在化し、消費者の購買行動は多角化している。
数十年にわたって「均質化されたニーズ」に応えるために大量生産の仕組みを構築してきた消費財メーカーにとって、こうしたダイナミックに変わる顧客のリクエストにクイックに対応するのは並大抵のことではない。
コンシューマー向けプロダクト・サービスの中でも最も商品のライフサイクルが早い消費財メーカーに今、何が起きているのか。それに対して、コンサルティングファームのアクセンチュアはどう変革を起こそうとしているのか。
消費財メーカーを相手に約20年、コンサルティングを手がけるプロ、製造・流通本部マネジング・ディレクターの宮尾大志氏に話を聞いた。

崩壊した既存の産業モデル

宮尾 化粧品や日用雑貨、食品、飲料などを製造・販売する消費財業界は、今もっとも難しい変革を求められています。
2000年までは、単純に大量生産・大量消費の考えで製造して販売すればよかったのが、人口減少と共に市場は縮小し、かつ消費財が満ち足りた成熟市場になったことで “量”より“質”を求められるように
加えて、消費行動の多様化によって、消費財メーカーはいかに消費者のニーズをきめ細かくキャッチできるかが、重要になりました。
同じことは世界規模かつすべての産業で起こり、従来の大量生産モデルは崩壊。多様化したニーズに応えるにはデジタル活用が必要でした。
2000年以降、デジタル活用に乗り遅れた企業の代償は大きく、米国の主要産業を代表する500社で構成される「S&P500」のうち、それまでは圧倒的存在だった大手企業も含めた52%がリストから消滅。
その中に、多くの消費財メーカーが含まれていました。
代わりに、新しい顧客体験を作り上げるプレーヤーや、産業自体をプラットフォーム化するプレーヤーなど、デジタルテクノロジーに強みを持つ新しいプレーヤーが次々と誕生したのです。

日本企業はグローバルで劣後した状態に

こうした大きな変化の中で各産業が早急にすべきことは、やはりビジネスモデルの刷新です。
たとえば自動車業界の場合、自動車というプロダクトを作って売る「売り切りモデル」から、“モビリティサービス”という顧客に体験を提供するモデルにシフトし始めています。
プロダクトの価値そのものも大切ですが、「どう提供するか」という「提供のかたち」もメーカーは考えなければならなくなりました。
たとえば、現在は自動車の売上高世界2位を誇るトヨタ自動車でも、モビリティのサービス市場では圧倒的存在とは言えないでしょう。
化粧品にしても、従来の製造販売モデルなら、日本企業が作る高品質な商品に優位性がありました。
しかし、顧客体験を重視した“パーソナルケアサービス”の観点で比較すると、デジタル化が進んで求められる体験価値を創出できている海外メーカーが圧倒的に強く、日本企業は劣後しています。
これは化粧品領域だけでなく消費財業界全体が直面している課題。
何十年もの間、大量生産・大量消費の「作って売る」仕組みで売り上げを伸ばすことに終始していたため、新たに台頭したサービスモデルには簡単に対応できず、グローバルで後れを取ってしまっているのです。

業界の垣根、崩壊。体験が軸のサービス創造へ

消費者が求めているのは、メーカーが一方的に作るモノではなく、モノを通じた体験です。
昔はマス広告等のマーケティング手法で商品を認知・想起させて購買につなげられていましたが、現在の消費者はSNSや口コミも含めたあらゆる情報から、モノによって得られる体験を吟味して購買しています。
さらに、日常生活がすべてデジタル化して、あらゆるものがコミュニケーションインターフェイスになると、欲しい体験価値を自動的に入手できる世界がやってくるはずです。
たとえばサプリメントなら、睡眠や顔の表情、栄養状態などの蓄積したデータから、その人の状況にあった栄養を自動配合し、量や容器もパーソナライズされた状態で勝手に届けられるフルオートメーションの世界。
そうなったときに、消費財メーカーは何ができるのか。
そのひとつの答えが、リビングサービスというコンセプトで消費者との接点を持つことだと考えています。
家庭、移動、教育、健康、職場、家計など、消費者の生活のあらゆる場面を包括して考えたサービスを提供する。消費者の流動的なニーズにいかに応えていくかがカギとなると考えています。
こうして、従来の「お酒を売ります」「化粧品を売ります」といった“ものづくり起点”から「どんなユーザー体験を提供するか」という“体験起点”に考え方を変えると、次第に業界の垣根はなくなり、主戦場が変わってきます
たとえば、「健康維持」という体験ならスポーツ用品メーカーのナイキも、Apple Watchなどを通じて身体の状態をデータ化しているアップルも同じ市場のプレーヤーになりますし、「決済」ならメガバンクも通信キャリアも同じです。
食品にしても「健康維持・増進」を支援するなら、そのアプローチは食品にとどまりません。提供するのは健康管理サービスなのかフィットネスなのか、それもとヘルスツーリズムなのか。
現在230兆円を超える医療市場も「健康管理」を提供すると捉えると、そこにはスポーツ領域や旅行業界なども加わることになるのです。

変革の足かせは、レガシーな既存の仕組み

では、消費財メーカーはこれから何に取り組むべきか。
重要なのは、既存ビジネスで従来の収益を上げながら、既存ビジネスとはまったく異なるサービスの創出を並行して進めること。
つまり、今まで重視されていた商品の機能性や情緒ではなく、データを基軸に消費者を分析して新しい体験を生み出す新サービス、いわばイノベーションを起こすことです。
イノベーションを起こすには、さまざまな仮説を立てて顧客体験をサービス化し、マーケットで試してインサイトを拾い、次の体験につなげていく。
この超高速PDCAを回す必要があるのですが、残念ながら従来のオペレーションとそれを支えるシステムでは実現できないんですね。
なぜなら、消費財メーカーに、商品を購入した顧客の行動や趣味嗜好(しこう)を知るためのデータがないからです。
仮にデータがあったとしても、サプライチェーンの仕組みが大量生産のオペレーティングモデルですし、生産・販売・供給の計画を一元管理できていないケースが多く、高速PDCAを回せる仕組みがない
最終的にはオペレーティングモデルを変え、既存の工場や物流の仕組み、仕事の仕方やデータ分析のあり方も変える必要がありますが、売り上げを作るためにも今すぐに手放すことができない既存の古いITシステムが、消費財業界変革の足かせになっているのです。

変革を促すグローバルの混成チーム

この状況でアクセンチュアに求められるのは、単なる戦略立案やシステム構築などの一部分ではありません。
イノベーションを生み出す新たなアイデアがどんなに秀逸でも、それを回すためのプロセスや組織、ITシステムがそれに対応していないと実現できません。
本質的に価値を生み出して変革を起こすには、それらすべてを見直して変えていかないといけない
だから戦略だけ、システムだけ、プロセスだけという部分的な改革ではなく、バックオフィスやサプライチェーンはもちろん、業務改革や組織改革に至るまで、包括的に見直します。
その上で、データベースを整備して分析し、顧客体験を設計して具体的なサービスに落とし込んでいく。
アクセンチュアにそれができるのは、日常的にグローバルでコラボレーションするカルチャーと、戦略・テクノロジー・BPOすべての工程を持っているから。
新しいビジネスを設計し、一日でも早く実行するために、グローバルの知見を集結させたアクセンチュアの混成チームがタッグを組んで取り組んでいるところです。
5年前は、グローバル企業も含めた消費財業界に、顧客体験起点でオペレーションを見直す動きはありませんでした。
でもこれからこの動きはより激しくなるはずなので、いち早く日本の消費財企業がイニシアチブを取れるよう、進めていきたいです。

すべては日本の未来のために

この消費財業界の非常に大きな変革を成し遂げるには、まだまだ仲間が足りていません。求めている素養は2つあり、1つはいろんな人を巻き込んでコラボレーションができること。
自分一人でできることは限られていますし、答えは自分の中にだけあるとは限りません。
世界中のサービスを見ながら仮説を立て、言語や文化の壁を越えた多様な人とのコラボレーションができる。そういった動きができる人は活躍できると思います。
もうひとつは、自分の経験に固執せず、多様なものを素直に受け入れて素早く試せること。
たとえば、自分がいいと思うソリューションしか使わないという思考ではなく、日々進化するあらゆるソリューションを受け入れて試せる。そういう方に来てほしいですね。
コンサルタントというと、ベースとなるロジカルシンキングや語学力が必要と思われがちですが、これらは最初から持っていなくても問題ありません。
入社後に学んでもらえばいいですし、苦手だったとしても社内に補完できる人はたくさんいますから。
ここ数年で一気にデジタル化は進み、さまざまな業界で従来のビジネスモデルが立ち行かなくなりました。
消費財業界で従来モデルが崩壊した要因の一つに挙げられるのは、消費者との距離が遠く、消費者のインサイトを知らない状態で商品を作ってきたこと。
消費者不在だった業界で、消費者のことを考えながらビジネスモデルや組織、事業を構築し直すのは簡単なことではありません。だけど手付かずだった分、変革の余地が大きいのは事実。
何より、地球上で暮らす誰もが必要とする消費財の未来を作り、将来の子どもたちのために、価値あるサービスを創出できます。
新しい産業、新しいビジネスモデルを確立させ、流動的な顧客ニーズに応えていく。このダイナミックな経験は、アクセンチュアでしか味わえないはずです。
(構成:田村朋美、編集:木村剛士、写真:北山宏一、デザイン:堤香奈)