単にデジタルメディアが主流になった段階を超え、いまオンラインとオフラインとが区別されない新しい時代が始まっている。
本連載では、書籍『アフダーデジタル』から、その一部を4回にわたって紹介する。近年、世界の形をがらりと変えてきた中国企業。その核であるUX(ユーザーエクスペリエンス、顧客体験)を競争原理としたビジネスの潮流に日本は取り残されつつある。
アリババや平安保険といった中国企業の戦略事例から学ぶ、私たちが目指すべき指針とは。
#1 世界を変えた中国ビジネスの核心は、「究極のUX」にある
#2 一期一会、だけじゃない。目指すは「寄り添い続けるおもてなし」
#3 アフターデジタル時代の競争原理、「高頻度接点と高付加価値」とは

新時代に変わりゆくビジネス原理、2つめは

先に述べたアフターデジタル時代のビジネス原理はこの2点でした。
(1)高頻度接点による行動データとエクスペリエンス品質のループを回すこと。
(2)最適なタイミングで、最適なコンテンツを、最適なコミュニケーションで提供する
では、ビジネス原理の2つめのポイントを説明します。

(2)ターゲットだけでなく、最適なタイミングで、最適なコンテンツを、最適なコミュニケーション形態で提供すること。

属性やペルソナなどをベースに「最適なターゲットユーザーを設定して把握する」ことは、PC・インターネットの時代から可能でした。アフターデジタル時代においては、常時接続で得られた高頻度での行動データ把握によって、ターゲットにとどまらず、ユーザーが望むタイミングを知ったり予測したりすることが可能になります。
どのようなコンテンツ(商品を含む)が最適なのかを過去の行動と現在の状況から把握でき、その人の性格や特性に適したコミュニケーション方法で提供できるようになります。平安保険の例はまさしくこれに当たります。
サービスを使い続ければ、うれしいタイミングで、欲しいものを、気分の良いコミュニケーションで提供してくれるのですから、これに勝るものはありません。これは、行動データに基づいた「顧客理解」と「即時性」の重要性が高まることを示しています。
その実現には、当然テクノロジーが重要になります。タイミングやニーズを予測するAIのほか、大量に出てくるID別のデータを処理・分類するチップも必要です。できるだけ速くリアルタイムに処理できればできるほど良いのですから、ダイナミックなデータを扱えるようにすることが必須条件になります。
平安保険がリアルタイムに個別化対応したサービスを提供できるのは、サービスを支える仕組みに秘訣があります。顧客との接触履歴を一元的に管理する社内用データプラットフォーム「LCCH」(Life Customer Contact History)があり、顧客ごとに過去に発生した様々なやり取りの記録を収集し、顧客一人ひとりのサービスカルテを作成しているのです。
カルテの中では、これまで提供したサービス、まだ提供していないサービスを管理し、またその顧客がどのようなサービスを好むのかも予測されています。データを集めて顧客のニーズを深く理解できるようになったため、専門的かつ顧客の状況に寄り添ったサービスの提供を可能にしています。
LCCHは大きく3つの機能に分かれています(以下、ビービット翻訳の「平安保険グループの衝撃」から引用)。
タイムライン
時間軸に沿って、様々なチャネルで発生した接触の履歴(例えば、各種手続きの申請、問い合わせ、ウェブサイトの閲覧、営業職員とのやり取りや、その際の顧客体験の詳細など)を記録する機能。サービス提供側はタイムラインを通じて、総合的に顧客との過去の接触状況を確認することができる。
ペルソナ
顧客のペルソナを作成し、LTV(Life Time Value)やニーズ・嗜好を分析することで、顧客のライフステージや、保険商品の保有状況、行動特性や期待されるLTVなど、カギとなる要素についてラベリングを行う機能。特に、現時点での顧客価値と、潜在的な顧客価値の予測を踏まえた「顧客価値ラベル」は、どの顧客に対して重点的にサービスを提供すべきかを決める重要な要素となる。
ティップス
接触履歴の分析に加え、保険契約の状況とその顧客の特徴をひも付けることで、潜在的なニーズを明らかにし、より良いサービスを提供するためのティップスを提供する機能。ティップスは、大きく分けて5つのカテゴリー(顧客フォロー、保険内容のリマインド、適切な商品・サービスのレコメンド、思いやりのある対応、顧客対応上のリスクへの注意喚起)で100種類近くが提供されており、日々のサービス改善に活用されている。
顧客がアプリを使ったり、サイトに訪れたり、リアルで営業員と直接会ったりした場合、それらすべての情報が一括で管理され、グループ会社全体を横串で通した接点データベースとなっています。平安保険グループは、そうした顧客との接点情報からティップスを出せるので、精度の高い提案を顧客に提示することが可能です。
行動データを取ることで把握可能になるタイミング、コンテンツ、コミュニケーションを制することで、顧客に最高の体験を提供できるようになります。そしてこの最高の体験を提供できる先に顧客の行動データが集まるため、その行動データを使って次の最高体験を作る、といったループが生まれます。

つながる世界での私たちのポテンシャル

アフターデジタル型に世の中が変わることで、ビジネスもOMO(Online Merges with Offline、またはOnline-Merge-Offline)に変わります。顧客に提供する体験がよくなり、行動データが取得でき、接点に返すというループが回り、エクスペリエンスの競争社会となります。
エクスペリエンス型競争社会では、エクスペリエンス×行動データの変革を行うことが重要になるため、それを行うためのビジネスモデルとしてOMO型バリュージャーニーのビジネスに変える必要があります。日本におけるこの活動の肝は、「グロースチームによってUXグロースハックとUXイノベーションを行うというボトムアップ型アプローチである」というのが私たちの主張です。
中国を中心に世界で起きていることを基に、これから私たちが考えるべきことが何なのかをお伝えしてきました。日本がとても遅れていて、追いつき追い越すにはハードルが高過ぎるように感じてしまう方がいるかもしれませんが、日本企業は立脚点を間違える、つまりビフォアデジタルで考えてしまいがちなだけで、非常に高いポテンシャルを持っていると思っていますし、これまでやってきたことが無駄になるわけではないと思います。
OMOを実践するには、デジタルテクノロジーと人や場所というリアル接点の融合を考える必要があります。中国の得意な「体験」は、デジタルサービスにおける利便性およびインセンティブ、つまり「便利、お得」に寄っていて、これは接点頻度を重視しているからと考えられます。14億も人がいるので、なるべく裾野に広がることを考えていて、結果、分かりやすくて便利、分かりやすくて得なほうに皆ついていくわけです。
一方で日本の得意な「体験」は、人による個別対応です。これはカスタマーサクセスでいうハイタッチを指していますが、ハイタッチはせっかく人が個別対応できる接点なので、「信頼、感動」が必要です。思いやる、もったいない、せっかくの機会といった、英語にしにくいような日本的な言葉が示すように、対面での心遣いの品質はどう考えても日本のほうが高いと思います。
ハイタッチ:一人ひとりの顧客に個別対応できる時は、特定の人に対応できるからこその感動や、信頼を得られるような徹底した対応を提供する。

ロータッチ
:ワークショップやイベントなどの「場」では、リアルだからこその心地よさや得難い密度の情報を提供する。

テックタッチ
:オンラインサービスやオンラインサロンでは、プロセスが短くて便利で、さらに高頻度で使うと得をするというインセンティブを提供する。
拡大したテックタッチは、顧客にとっての「最適なタイミング、コンテンツ、コミュニケーション」を捉えられるようになり、最適なタイミングに接点を持てるその即時性はとてつもなく高い価値を生みます。
これで一気に発展したのは中国ですが、仮にそれで得られた最適なタイミングで、ユーザーに対して日本らしい「人の手厚い個別対応や心遣い」を補うことができれば、私たちは「世界最高の良い体験」を提供できるようになるでしょう。
この実現において最も重要なのは、アフターデジタルへの視点転換です。だからこそ、本書のタイトルを「アフターデジタル」にしています。日本でもアフターデジタルやOMOという言葉を当たり前になる時が早く来ることを、切に願っています。
※本連載は今回が最終回です
(バナーデザイン:大橋智子、写真:Rawpixel/iStock)

本記事は藤井保文・尾原和啓『アフターデジタル – オフラインのない時代に生き残る』(藤井保文・尾原和啓〔著〕、日経BP)の転載である。

藤井 保文(ふじい やすふみ)株式会社ビービット東アジア営業責任者/エクスペリエンスデザイナー1984年生まれ。東京大学大学院学際情報学府情報学環修士課程修了。2011年ビービットに コンサルタントとして入社、2017年上海支社に勤務し、モノ指向企業からエクスペリエンス企業への変革を支援する「エクスペリエンス・デザイン ・コンサルティング」を行っている。
尾原 和啓(おばら かずひろ)IT批評家、藤原投資顧問 書生1970年生まれ。京都大学大学院工学研究科応用人工知能論講座修了。マッキンゼー・アン ド・カンパニーを経て、NTTドコモのiモード事業立ち上げ支援、Google、楽天(執行役員)など数多くの事業企画や投資、新規事業に従事。経済産業省対外通商政策委員、産業総合研究所人工知能センターア ドバイザーなどを歴任。