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ご一読を。展示を見て、作品、或いは企画を厳しく批判する、ということは自由だが、展示自体を圧力をかけて潰す、というのは間違ってる。人間から、考える機会を奪うことになる。ゾーニングもされている。
あいちトルエンナーレの問題は文化庁から助成金を貰っている事
展示を中止すれば済むという問題ではない

責任は実行委員長の大村秀章愛知県知事にある
少なくとも文化庁から貰った助成金は返却する必要がある

あいちトルエンナーレ 2019 協賛
https://aichitriennale.jp/sponsor/index.html

津田大介の駄目なところは表現の自由の範囲を自分の都合に合わせて決めているところ

津田大介「一線を越えた差別表現というものは言論の自由の対象ではない」
https://pbs.twimg.com/media/EA_6AJiUYAE68cI?format=jpg

津田大介「こんな僕ですが一応文化庁主催のメディア芸術祭で新人賞なるものをいただいた経験もありまして、その審査した人たちや、芸術監督を選出したあいちトリエンナーレの有識者部会(アート業界の重鎮多し)をみんな敵に回す発言になりますけど、大丈夫ですか?w」
https://pbs.twimg.com/media/EA5Za1TUIAAR6DY?format=jpg
【社会】「表現の不自由展」というネーミングは皮肉が効いていてよいのだけど、それが開催できるということは「表現の不自由」が蔓延りつつも、まだ「表現の自由」が担保されているということもできる。それでもその出展作品に対して権力者が出展を差し控えるように要請することは、津田氏が言っているように権力側が「表現の不自由」を「認める」ことになる。もし同じ出展作品で権力側が展覧会を開催した場合、それは「退廃芸術展」ということになり、1937年にナチスが開催している。
展示を中止にするのは表現の自由がなくなるので、生き難い社会になってしまうことが怖いです。

好むか好まざるかは個々の問題でいいし、好まないことを表明するのも批判するのもそれはそれでよいです。品格とか好みの問題で自由の一つ下の部分で語られるべきことのように感じています。

ただこれを展示できることだけで十分自由があるとも言えて、それはそれで平和なのかもしれないです。