単にデジタルメディアが主流になった段階を超え、いまオンラインとオフラインとが区別されない新しい時代が始まっている。
本連載では、書籍『アフターデジタル』から、その一部を4回にわたって紹介する。
近年、世界の形をがらりと変えてきた中国企業。その核であるUX(ユーザーエクスペリエンス、顧客体験)を競争原理としたビジネスの潮流に日本は取り残されつつある。
アリババや平安保険といった中国企業の戦略事例から学ぶ、私たちが目指すべき指針とは。

#1 世界を変えた中国ビジネスの核心は、「究極のUX」にある

OMO:リアルとデジタルを分ける時代の終焉

オフラインからオンラインへと生活基盤の移行が進む中、いまビジネスを行う私たちにとって必要なことは何でしょうか。その1つの解として私たちが考えているのが、アフターデジタル時代における成功企業が共通で持っている思考法としての「OMO(Online Merges with Offline、またはOnline-Merge-Offline)」という概念です。これは、オンラインとオフラインが融合し、一体のものとして捉えた上で、これをオンラインにおける戦い方や競争原理として捉える考え方を意味しています。
これまでは「インターネットをどうビジネスに活用するか」という考え方だったと思います。しかし今では、「リアルな場所や行動も常時オンラインに接続している環境」が整っているので、「オフラインが存在しない状態」を前提として、ビジネスをどう展開していくかを考える必要があります。
アフターデジタルという世界観を正しく理解し、行動データや接点を正しく使うことができないと、世界的なデジタル企業に太刀打ちできないという時代になってしまったということです。
中国平安保険を例にOMOを説明します。彼らは従来型の大手保険会社でしたが、その思考法を抜本的に改革することで成功しました。これまで保険という商品は、営業員が属人的に持っている情報に依拠していることが多く、その営業員が辞めたり他社に転職したりすると、ユーザー情報も丸ごとなくなってしまうくらいの損失がありました。
言い方を変えると、たとえ優秀なマーケターであっても、ユーザーが普段ネットでどんな情報を検索して、いま何が不安で、何を求めているのかは、正確には分からず、顧客と接している営業員だけが知りえた情報だったというわけです。
そこで平安保険は、グッドドクターという医療・健康アプリを作りました。これはプラットフォームであり、そこにユーザーを集めて自由に行動してもらうことで行動データを集め、医療に関する興味、関心、不安をデータとして吸い上げる仕掛けを作ったのです。ユーザーの関心が詳しく分かれば、健康に関するペインポイントが浮き彫りになります。
一人ひとりのペインポイントが具体的に分かれば、営業員やマーケターに具体的な指示を出して問題解決をしたり、細やかにニーズに応えたりできます。まずはユーザーの行動データをできる限り収集し、リアルとデジタルをフル活用して連携を取るという施策です。これは、まさにOMOの好例といえます。

OMOの由来、発生条件、言葉の真意

OMOという言葉は、グーグルチャイナの元CEOで、現在シノベーションベンチャーズを率いる李開復(リ・カイフ)が2017年9月ごろ提唱し始めた言葉です。2017年12月のザ・エコノミスト誌にて掲載されたことで、広く知られるようになりました。
李開復は、オンラインとオフラインが融合した社会そのものをOMOと呼び、著書で次のように述べています。
「ソファに座って口頭でフードデリバリーを注文することや、家の冷蔵庫にあるミルクが足りないことを察知してショッピングカートへの追加をサジェストすることは、もはやオンラインでもオフラインでもない。この融合された環境をOMOと言い、ピュアなECからO2Oに変わった世界をさらに進化させた次のステップである」
李開復は、事例としてシェアリング自転車やタクシー配車、デリバリーフードなどを説明し、OMOの発生条件として次の4つを挙げています。
①スマートフォンおよびモバイルネットワークの普及。
:いつでもどこでもデータを取得でき、我々に偏在的な接続性をもたらす。

②モバイル決済浸透率の上昇。
:モバイル決済は少額でもどんな場所でも利用が可能になる。

③幅広い種類のセンサーが高品質で安価に手に入り、偏在する。
:現実世界の動作をリアルタイムでデジタル化し、活用が可能になる。

④自動化されたロボット、人工知能の普及。
:最終的には物流(サプライチェーンプロセス)も自動化することが可能になる。
これら4つの条件が満たされると、「リアルチャネルであってもオンラインで常時接続し、その場でデータが処理されてインタラクションすることが可能になるため、オンラインとオフラインの境界は曖昧になり、融合していく」と述べています。
本書ではOMOを、当初李開復が示した「オンラインとオフラインが融合した社会」から一歩進め、「オンラインとオフラインを融合し一体のものとした上で、これをオンラインにおける戦い方や競争原理と考えるデジタル成功企業の思考法」としています。これには、中国の先進企業と日本企業、双方での議論を重ねて私たちがくみ取った意味合いを含んでいます。
中国ではもはや言う必要がないくらい、デジタル起点でビジネスを考えています。中国では、オフラインがなくなってアフターデジタル社会になると、「オンラインが起点でありベースである」「リアルチャネルは、より深くコミュニケーションできる貴重な場とする」ということは当たり前だと思われています。中国では既にOMOが当たり前になってしまっていているので、2018年の後半には既にあまり使われない言葉になりました。
一方、日本企業では「リアルで顧客と接点があり、たまにオンラインで会える」といったビフォアデジタル的な捉え方にとどまっています。
こうした背景から、中国では単純に「オンラインとオフラインの融合」と表現すれば意味するところは伝わるのですが、ビフォアデジタルから抜け切れていない日本では「デジタル側が土台になっている」という前提条件もなくデジタル接点もまだ少ないため、オンラインとオフラインの融合と言ってしまうと「今あるオフラインを軸に、オンラインをくっつければよい」と考えてしまいます。
だからこそ、OMOは「オンラインとオフラインを融合し一体のものとした上で、これをオンラインにおける戦い方や競争原理と考えるデジタル成功企業の思考法」と捉えることが必要なのです。言い方を少し変えてみると、「オンラインとオフラインは融合してボーダレスになり、どこでもオンライン化した状態になるため、デジタル起点の考え方が必要である」となります。

なぜオンライン企業がオフライン店舗を持つのか

私(藤井)がOMOという言葉を初めて聞いたのは2017年12月でした。ある日系自動車メーカーの方と一緒に視察チームを作り、中国で有数の自動車業界向けオンライン媒体「ビットオート」(易車)を会社訪問したときのことです。
訪問する前は、ビットオートをオンライン・カーメディアだと思っており、日本のメディア「カーセンサー」に代表されるような、新車、ドライブ、改造情報などを掲載しているサービスの運営会社だろうと思っていたのです。ところが実際に訪問すると、まるで違いました。
ビットオートの戦略部門の方が自社の紹介をしてくださった際、こんなことを語ったのです。
「免許を取る、車を買う、車を使う、車を売る、そしてまた買うプロセスに戻る、これを我々は顧客中心の『カーライフサイクル』と呼んでいます。我々の使命はこのすべてをデータで明らかにし、より顧客中心のカーライフを提供することです。そのために、様々な企業に投資したり提携したりしています」
ビットオートは、カーライフにまつわるエコシステムを作っているプラットフォームプレイヤーだったというわけです。例えば、洗車やパーキング、車の保険、ユーザーのドライブ歴を記録するアプリや免許に関するサービスなどに投資や提携をしています。そして、様々なサービスから得られたデータをサービス開発やコンサルティングに活用し、ビットオートの子会社であるデータコンサルティング会社は、既に約7割のカーメーカーが頼る企業に成長していると言います。

顧客体験は1回限りの「接客」ではない

日本でこうした話をすると「おもてなしの接客が大事ですよね」と理解されがちです。日本は現場における接客レベルは高いのですが、目の前にお客様がいるときの「一期一会のみ」に偏り過ぎる傾向にあるのではないでしょうか。
例えば、日本のあるラグジュアリーホテルにこんな話があります。私の知り合いにそのホテルが大好きな人がいて、しょっちゅう家族で泊まっています。その方には障がいを持つ子どもがいて、配慮された遊びやすい場所があり、接客が丁寧でとても快適なので、好きになってよく利用していたそうです。
でも、「前回は夏にいらっしゃいましたが、当ホテルは秋も快適ですよ」とおすすめされることもなければ、毎回、宿泊をするたびに「障がいを持つ子がいるので、こういうものが必要です、こうした場所には行けません」と同じ説明を繰り返さなくてはならなかったそうです。結局、その知り合いは説明の手間と心理的な負荷もあって、別のホテルに乗り変えたそうです。
この事例は、まさしくビフォアデジタル的と言わざるを得ないでしょう。商品やサービスを受ける接点のみを考えている状態で、アフターデジタルの「常時接続」「いつもデジタル上で会える」という考え方をしていません。
顧客の体験を1回のみの単一接点で終わらせず、ずっと継続し、高速で改善できる時代になったのです。「顧客に接する」部署だけでなく、1回限りの接点を超えて、連携して顧客体験を生み出していくことが重要です。「モノからコトへ」ではなく、「モノから寄り添いへ」といった意識に変えたほうがよいのではないかと思います。
これからキャッシュレスや5Gの導入が進めば、ますます顧客の行動データが取得できるようになるので、「データをフル活用したおもてなし」が当たり前にできるようになります。その時、商品やサービスを高速改善して磨けるような「アフターデジタル的な機能性」をいかに持ち、「おもてなし2.0」へと変化させていくのか。私たち日本人には、ミスティーク的な「慮る力」「先回りする力」という文化的な強みがあるはずなので、視点をアフターデジタルに切り替えて動くことができれば、きっとその力が最大化されると信じています。
※本連載は全4回続きます
(バナーデザイン:大橋智子、写真:Rawpixel/iStock)

本記事は藤井保文・尾原和啓『アフターデジタル – オフラインのない時代に生き残る』(藤井保文・尾原和啓〔著〕、日経BP)の転載である。

藤井 保文(ふじい やすふみ)
株式会社ビービット東アジア営業責任者/エクスペリエンスデザイナー
1984年生まれ。東京大学大学院学際情報学府情報学環修士課程修了。2011年ビービットに コンサルタントとして入社、2017年上海支社に勤務し、モノ指向企業からエクスペリエンス企業への変革を支援する「エクスペリエンス・デザイン ・コンサルティング」を行っている。
尾原 和啓(おばら かずひろ)
IT批評家、藤原投資顧問 書生1970年生まれ。京都大学大学院工学研究科応用人工知能論講座修了。マッキンゼー・アン ド・カンパニーを経て、NTTドコモのiモード事業立ち上げ支援、Google、楽天(執行役員)など数多くの事業企画や投資、新規事業に従事。経済産業省対外通商政策委員、産業総合研究所人工知能センターア ドバイザーなどを歴任。