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理由?至極単純です。自然が40億年かかって作り上げた最高傑作がどれだけ精緻で複雑かの、認識が足りなかっただけです。俺はサッカーが町で一番上手だぜといきがっていた少年が、3年後にまだプロ選手になれてないだけです。

そうはいった上で、車の運転に必要なのは人間の認知機能のごく一部。人間より安全な完全自動運転は、来年は無理かもしれませんが5 - 10年内に完成するでしょう。先の少年も、10年頑張ればプロになれるかもしれません。大事なのは、浮ついたメディアやアナリストの言葉に煽られることなく、長期間にわたって忍耐強く開発努力を続けることです。

では、人間の認知機能全てをコンピューターが超える日は?何百年、何千年、もしかしたら40億年かかるかもしれません。傲慢になってはいけません。思い上がってはいけません。技術者たるもの、自然と自然が作ったものへの畏敬の念を忘れてはいけません。

イーロン・マスクの「XXX年までにできる」は、「少なくともXXX年以降になる」と読み替えておくと、有用な未来予測になると思います。

追記
鈴木さん、AIも、機械学習だと「忘れ」ます!エピソード記憶じゃないので。
よく言われる「パレートの法則」が自動運転にも当てはまるかもしれませんね。

「80%の完成度を実現するためには20%の時間で可能だが、残りの20%を完成させるためには、80%の時間が必要となる」ということです。

ただ、イーロン・マスクなどは「80%でゴール」という考え方なので、あのような発言になっていると思います。

そう考えると「ゴール設定次第」と言えます。

自動運転開発狂想曲は、白熱していますが、「ゴール」の設定は、しっかりできている人は、多くありません。

「何のためにやるのか?誰の、どんなペインポイントのために実現するのか?」

そのゴール設定ができていない人に聞くと

「まだまだかかる、そんな簡単に実現できるものじゃない!」

となりますし、80%をゴールにしている(?)イーロン・マスクに聞けば

「あぁ、来年には実現するよ」

となるわけです。

※個人的な意見であり、所属する会社、組織とは一切関係ありません
完全自動運転は手段であって目的ではないかと考えます。何の為に自動運転をするのか?運転者を守る守護者であり、運転が難しくなった人に移動の手段を提供するのが、自動運転が本来目指すべき場所ではないでしょうか?
最後のまとめにつきるかと。

「今考えるべきは、現段階で自動運転のテクノロジーをどのように利用できるかということ」だとマレクは言う。「とにかく、できることから始めなくてはならない」

新しい技術は楽観を持って過大評価され、その後、悲観に変わる。実際に社会で使われる頃には人々は忘れてることもある。

ただ、現時点でのレベルでもかなりのことは出来る。Waymoなどは完全主義的に進めているようだが、人を補完する形での利用を進めれば良い。それでも様々な社会変革が起きるだろう。

また、記事では、中国が遅れると予測しているが、私はそうは思わない。国主導でなんでも出来る国なので、特区的にある地域を自動運転車を優先させることも可能だろう。全体最適がなされてる前提での自動運転の方が楽であろう。
常に、日本の自動車会社の幹部の多くの方々は
完全自動運転の実現性に、懐疑的であった。
ほら言っただろうと、言いたい人は多くいると思う。

問題は次の展開かと思う。
インフラとの連携は、一つの方法だと思う。
例えば今の信号システムは、お世辞にも
スマートとは言えない。
自動車が一台も通ってなくても、信号を定期的に
変えている。やれる事は、色々ある。
技術の進歩で不可能なことも可能になる。数年前オートパイロットなど誰も想像できなかった。克服できないことはない。完全自動運転もいずれは当たり前になる。
テスラのオートパイロットで人が死ぬのは技術的にクソだからです。来年にフル自動運転なんて夢のまた夢。ジオフェンスされた限定地域なら数年で可能かもしれないが、いつでもどこでも行ける自動運転はWaymoやCruiseでも完全自動運転は10年以上先でしょう。

Cruiseは先月Cruiseに出資しているホンダの八郷社長を乗せた実験中にソフトウェアが勝手にオフになり、再起動も出来ないというとんでもハプニング起こしたばかり
とりあえず高速だけでも自動運転が実現するといいですね。完全自動運転はインフラ整備と連動させるのが現実的?
完全に代替するのはしばらくかかるでしょうが、かなりの部分で使えるようになるだろうなと思ってます。記事にある通り、一部の限られたシチュエーションで実用化していくのだと思います。

Deep Learninng的な手法でやれば、それぞれの物体がシチュエーションごとにとりうる動きも覚えさせられるでしょう。

一喜一憂しすぎですね。
特定の状況での社会実装はすでに可能。日本でも特定の状況でe-Palletが来年の東京五輪でお台場を走ることまでは既定路線。本記事はいきなり完全なことは困難という当たり前のことを言っているだけ。ミスリーディングでよくある記事のパターン。日本企業はもっと危機感を持つべきだろう。