大企業パーソンよ、自らの「タグ」を再考せよ

2019/7/30
テクノロジーの進化により激変する金融業界。メガバンクが次の戦略提示を求められるなか、三井住友フィナンシャルグループ(以下、SMBCグループ)は本格的な自己変革に取り組み始めた。

「挑戦者を増やす」をキーワードに開催された社内限定イベントには、社員のおよそ500人が自主参加したという。

はたして大企業は、そして大企業パーソンは変われるのか? そのために必要なマインドセットについて、改革の旗手である取締役執行役専務兼グループCDIOの谷崎勝教氏と、同イベントに登壇した澤円氏に聞いた。

「健全な危機感」を持つ大企業パーソン

──SMBCグループは先日、「挑戦者を増やす」をコンセプトにした社内限定カンファレンス「hoops link FES」を実施されました。日曜午後の開催にもかかわらず、社員500人が自主的に参加するのはまれなことかと思います。
谷崎 いま、金融業界は激変の時期にあります。
 「AIによって金融に従事する人の仕事はなくなる」「銀行の機能は必要だが銀行自体は不要」と言われるようになり、社内にはモヤモヤが充満しています。
 自分たちはどうなるのか、業界の未来はどうなるのかと。
 そういう閉塞感のある状態では内にこもるのではなく、外部からの刺激を受けることが必要です。
「金融のバリューを再考せよ」として、外部有識者が複数人登壇した社内向けカンファレンス「hoops link FES」を開催。社員およそ500人が自発的に参加した。
 このイベントに社員500人が参加してくれたことは、率直に手応えを感じます。彼らが「健全な危機感」を持ち、挑戦のマインドを持ってくれたら、改革の一歩目を踏み出せたといえるでしょう
 私も登壇させていただきましたが、メガバンクがあのコンセプトで大規模イベントを実施したこと自体が驚きでした。参加者の年代も幅広く、熱量を感じました。
 私は講演などでさまざまな企業のイベントに登壇していますが、参加者は2パターンに分かれます。
 会社の指示で仕方なく参加した人、自らモチベーションを持って参加した人。イベント後の反応は両極端です。
 後者は「明日から挑戦します」と言ってくれる。前者の人は「そうは言うけど、うちの会社はね」と言い訳を始める。
──できない理由を作ってしまう。
 そう、できない理由を僕に説明する(笑)。だから日曜日の社内カンファレンスに社員500人が自ら集まるというのはすごいことですよ。
 参加者それぞれがインフルエンサーとなって社内で発信していけば、グループ全体への影響は相当に大きいでしょう。

大企業には、変化の “しきい値”がある

──とはいえ、大企業の変革は一朝一夕にはいかないのでは。
谷崎 時間はかかると思います。ただ、ある“しきい値”を超えたら指数関数的な加速で大きな動きになるのも、大企業の特徴です。
 例えば、グループ内の三井住友銀行では7月から本部全職員の「ドレスコードフリー」を導入しました。Tシャツにジーンズで仕事をすることもOK。こうした地道な変化から、少しずつ意識は変わっていくと思います。
三井住友銀行は7月から8月末まで試験的に「ドレスコードフリー」を導入。(写真はイメージ。iStock/Tzido)
 外部からの反応で、自分たちの変化に気づくこともありますよね。三井住友銀行のドレスコードフリーは、むしろ外部の人たちが驚いているのではないでしょうか。
 ちなみに、大企業だから組織が硬直化するというのは誤解です。スタートアップは挑戦的で変化のスピードが速いといわれますが、実は硬直するのも速いのがスタートアップですよ。
 組織がある程度大きくなって階層ができると、マネジャー層が創業者の“翻訳家”になり始める。「それはそのまま社長に言えない」「自分を通さないと上に話は通らない」と言い出したら、組織が硬直したサインです。
 また、メンバーが部長職などの「肩書」にこだわり始めたスタートアップも危険ですね。スタートアップが、内に向いた価値を重視してマーケットに向き合わなくなるなんて、本末転倒です。
──そういう意味では、今回のイベントの参加者はマーケットに向き合おうとしている。
谷崎 少なくとも、金融業界やSMBCグループを変えたいという気持ちがないと参加しないでしょう。大きな組織なので、やりたいことができないフラストレーションを抱えている人もいるでしょう。そのエネルギーを変革に使ってほしい。
 今、グループ全体で「カラ(殻)を破ろう」というスローガンを打ち出しています。「挑戦できる会社」に変えていきたい。
 そのためにも、我々はこうしたイベントや取り組みを何回もやり続けたい。
 実際のところ、トップ層や実務を手がける若手層は危機感を持っているので、この間をつなぐ中間層に変化の兆しが見えてくることに期待しています。

「ありたい自分」にタグを付ける

──大企業に属していても「一生安泰」とはいえない時代ですが、澤さんはどうお考えですか?
 解雇規制の問題もあるので一概には言えませんが、むしろ多くの大企業パーソンにとっての不安要素は、「ポストが限られているので昇進できないまま終わってしまうこと」ではないでしょうか。
 昇進を考えれば、レガシーな大企業は究極のレッドオーシャンです。そこで競うのはもっともコスパが悪く、報われづらい。
 ただ、私は出世や昇給よりも「ありたい自分」を追求することのほうが大事だと思います。何をするかではなく、自分はどうありたいかに興味が移っているのは、世界的なムーブメントです。
 肩書は組織が変わればなくなりますが、「ありたい自分」は一回見つけてしまえば変わることはありません
 あとは「ありたい自分」に近づくために、「こんな仕事をしたい」「こんな貢献をしたい」と発信することです。
 これを、私は「自分にタグを付ける」と言っています。SNSの投稿のように、自分の特性を表す「タグ」を付ける。
 そうやって周囲に認知してもらうことで、少しでも「ありたい自分」に近づけるチャンスを引き寄せていくべきです。

アウトプットすることで世界は変わる

──大企業パーソンが「挑戦」をしていくうえで、どんな意識や行動を心がけるべきでしょうか。
谷崎 大企業といっても一枚岩ではありません。部署ごとにいろんなセクションがあり、さらにいろんなユニットに分かれているから、結局のところ数人単位の狭い世界で仕事をしているんですね。
 その数人単位をスタートアップだと考えて、それぞれがスピード感のある行動をしたら、全体を変えていく大きな力になる可能性が高い。
 全員に根回しをしていると時間がかかるので、上司は「自分で動いていいんだよ」と言い続けることが大切だと思っています。
 大切なのは、「先にアウトプットする」を習慣付けることです。アウトプットをするとフィードバックを得られるわけですが、それは個人にカスタマイズされたとても良質な情報です。
 たとえば、イベントやセミナーに参加したら、何でもいいから質問をしたほうがいい。
 単に講演内容をメモするのではなく、聞きながら自分が引っかかる点や違うと思うことをメモして質問をする。すると自分が求めていた情報が得られる。そこから行動が生まれます。
──先ほど「自分にタグを付ける」とお話しされていましたが、アウトプットはタグ付けにもつながりそうです。
 そうですね。発言がタグになるし、「〜できる」という能力や「〜したい」という希望もタグになります。
 そのタグを発信し続けていたら、あるとき「あの人がやりたいと言っていた」と話が舞い込むかもしれない。
谷崎 タグを発信できずに「やらされ感」がある状態は不健康ですね。そんな窮屈な環境でアイデアが浮かぶとも思えない。
 従業員が夢中になる仕事ができたら、変なモヤモヤ感はなくなるはずなので、トップ層も意識を変えないといけないですね。

大企業を使い倒す思考を持つ

──やらされるのではなく、組織の中で自分のやりたいことをやる。大企業を生かすには、どんなマインドが必要でしょうか。
谷崎 大企業には法務部、経営企画部、財務部などプロ集団が集まっています。つまり、アセットの塊。「活用すればやりたいことができる」と考えると、見え方はずいぶん変わると思います。
 間違いないですね。当たり前と思っていることが実は当たり前じゃありません。
 スタートアップはトイレ掃除も自分たちでします。大企業で当たり前のことは誰かがやってくれているからで、それに感謝しつつ思いきり活用すべきです。
──AIなどテクノロジーの発展で、大企業に所属していることを不安視する人も増えています。
 金融業界に限らず、これからはすべての産業が「テクノロジーカンパニー」になる必要があります。
 全員がテクノロジーを扱えないといけないのではなく、テクノロジーが必要不可欠であるという認識を持つことが大事。
 よく「AIによって仕事が奪われるのではないか」といわれますが、嫌な仕事を全部AIに任せて自分のやりたい仕事に集中しようという考え方もできます。
 ただ、テクノロジーがどう自分たちに役に立つのかを言語化できてないと、この発想には至りません。
 テクノロジーを使いこなせる必要もなければ、ましてや開発をする必要もない。ただ、「何ができるか」を理解すれば役割分担ができるようになります。
 これからの世の中では「私はIT音痴です」という発言はイコール「私は無能です」と言っているのと同じ。自覚していたとしても発言しないようにしましょう。
──逆タグですね。
 まさに。自分はテクノロジーを使う側であり、世の中がどれだけ変わっても共存できると考えることが大事です。変化の度合いが大きいテクノロジーと、うまく付き合ってほしいですね。
谷崎 私は、今こそ銀行やファイナンスの世界が面白いとよく話しています。
 AIやテクノロジーによって面倒な仕事がなくなれば、「自分はこうなりたい」「金融業はこうあってほしい」という新しい設計図を描けるようになるんです。
 その設計図をテクノロジーの力で実現させていくという、こんなに面白いターニングポイントはないでしょう。
 仮にフィンテックでアンバンドリングされるとしても、私たちはデジタルの力で総合金融サービスを描いていけばいい。金融は、これからが本当に面白くなると思っています。
──今まで固くて変わらない業界だったのが、いきなり刺激的な領域に変化した。
谷崎 その通りで、これまではどの銀行も同じサービスを提供していました。でも規制緩和によって新しいことができるのだから、本当にチャンスなんです。
 想像力をふくらませてアイデアを形にできる。どこよりも挑戦しがいのある業界になると思っています。
(取材:呉琢磨 構成:田村朋美 撮影:岡村大輔、デザイン:國弘朋佳)