日本人は、スポーツが持つ本当の価値を、ほぼ知らない

2019/7/25
2017年の陸上日本選手権で、37歳になった末續慎吾は9年ぶりに大舞台に舞い戻った。
日本記録を保持する200メートル決勝では19歳下のサニブラウンに敗れたが、スタンドの観衆はベテランスプリンターを大きな拍手でたたえた。
しかし直後、インタビューである記者が心ない質問をする。
「いつ、引退するんですか」
その記者は知らなかったのだろう。2008年北京五輪の4×100メートルリレーで銅メダル(相手国の失格で、後に銀メダルに)を手にした後、末續が表舞台から姿を消した理由を──。
周囲からの重圧などで「走っても楽しくない」と感じるようになり、心身に不調をきたし、表舞台からしばらく姿を消していたのだ。
数あるスポーツイベントの中でオリンピックは最もスポットライトが当たる一方、アスリートは壮絶なプレッシャーを感じている。
その両肩にのしかかる重みが一体どれほどか、想像したことはあるだろうか。
39歳になった現在、続々と新星が現れる陸上短距離で東京五輪出場を本気で目指している末續が、スポーツやオリンピックの持つ“本当の価値”を語る。
末續慎吾(すえつぐ・しんご)陸上選手。1980年熊本県生まれ。2003年3月の日本選手権で200メートルの日本記録を樹立。同年の世界陸上では同種目で、日本人男子では短距離のフラットレースで初の銅メダルを獲得した。2008年北京五輪の4×100メートルリレーで銀メダル
(*前編はこちら)
【解説】サニブラウンや小池が出す、9秒台という「時間」の価値
メダルを獲り、夢をなくした
──2008年の北京五輪でメダルを獲得した頃について、「走っても楽しくない。自由がない」と振り返っていました。メダリストがそう感じていたとはショッキングですが、なぜそういう感情が芽生えたのですか。
末續 人には夢をかなえられたタイプと、かなえられなかったタイプの2つあると思います。
僕はかなえちゃったんですよ。メダルを獲っちゃったんです。
そのとき、夢がなくなってしまうことが苦しかった。夢が重要なのではなく、夢を目指している時間が重要だった。
オリンピックでメダルを獲ったのは28歳のときで、「まだ人生、続くんだけどな……」みたいな感じでした。
自分がやりたいことに向かうことが、命のガソリンなんだなって。
夢をかなえるのではなく、夢に向かって本気でやっている状態が、本来、人が幸福な状態なんだなって後になって気づきました。
でも、その頃はどうしたらいいかわからなかったので、聞きました。
「僕、メダルを獲りました。世の中の人が“答え”だと思っていたものを出したけど、どうしたらいいですか?」
「いや、わからない。それはあなたにしかわからないことだから」
そう言われたので自分で考えるしかなく、走ることをいったんやめて、休養してみたりしました。
グラウンドに行かないで、走ることから距離をとったような感じです。生活ではなく、単純に生息していた。
朝起きて、ご飯を食べて、ちょっと活動して、昼寝して。何も夢を持たないで、今の状態を生きるだけという時間をすごしてみました。
それもある種、幸せなんですよね。それが当たり前というのは、すごく幸福です。
でも、それまでの僕はそういう人生を送ってこなかった。そういうのを求めた人生ではなかったと、思い出したんです。
誰もやったことがなくて、自分がしてみたいことに対してエネルギーを使って生きるほうが、僕らしいなって。
それは究極、“自分らしさ”につながっていく。
「“自分らしさ”って何だっけ?」と思ったら、「ん? メダルを目指す夢って、誰かから提案されたものなのか?」と思いました。
自分が競技を本気でやりたいと思ったら、楽しくないとか、思わないよなと。
そうしたら、自分に納得できなかったんです。だから、またやろうと思いました。
──2003年の世界陸上では200メートルで銅メダルを獲得しました。短距離のフラットレースで日本人男子初のメダルは、日本のスポーツ史で語り継がれる偉業です。当時はどう感じていましたか。
あの頃は、23歳のときの自分の意思に忠実に進んでいました。
だから、モチベーションがガクンと下がりましたね。モチベーションというか、それ以上のことをできるのかなって。
あれ以上の結果を目指すという部分に、モチベーションがついていかなかったんです。
2003年世界陸上200メートルのラスト30メートルで末續はカペル、パットンを追い上げ、3位に入った(写真:ロイター/アフロ)
──周りは「3位に入れたなら、世界1位を目指せる」と期待する一方、3位と1位の大きな差を当事者はよくわかりますよね?
「一番を目指す走りじゃなくてもいいかな」と思えたら、その後も違ったかもしれないですね。
だから、北京までの5年はきつかった。周りから求められる水準が高すぎるし、自分もそれを求めていたから。